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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船

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現状の確認

 冒険者ギルドの受付係の言葉を信じるならば、リセア王国国内では検問所を設置してまでロウィグ市から冒険者を逃がさないようにしているらしい。


 それならば街道を逸れて移動すればとユウなどは考えたが、国がその辺りを考えていないとは思えなかった。そもそもロウィグ市は東を大流の川、西を半海の湿地に挟まれているため、陸路で出るには南へと進むしかない。大流の街道と動脈の街道が合流する辺りで見張られたら外に出られないのだ。


 念のためにユウはトリスタンと共に1度街道に沿って南に進んでみた。すると、予想通り街道が分岐する辺りに検問所があった。大流の川と半海の湿地の幅は結構あるが、騎兵で巡回しているようなので逃げられそうにない。


 この様子を見たトリスタンは呆れた口調でぼやく。


「よっぽど俺たちに海の魔物を討伐させたいようだ」


「大流の川は泳いで渡れる川幅じゃないし、半海の湿地に逃げ込むのは自殺行為だよね」


 逃げるのは無理そうだと悟ったユウとトリスタンは肩を落として踵を返した。


 このまま冒険者ギルド、ひいては領主の言いなりになるのは面白くないと2人は考え、何とかしたいとあがいてみる。そのためには現在の都市の状況がどうなのかを知る必要があった。とりあえず貧民街について調べ始める。


 貧民街はロウィグ市の西側の城壁外にあり、都市の規模に見合った活気があった。しかも、他の地区と違って重苦しさがなく明るい。この都市に来たばかりの2人にこの貧民街の普通がどんなものかはわからないが、少なくともおかしな点は見当たらなかった。


 また、貧民街の西の端に足を運んで半海の湿地を窺う。一面泥濘地帯で草木がほぼ生えておらず、沼地か池のような場所が点在しており、それを繋ぐ川らしきものもあった。湿地帯の境目あたりは乾燥していて白い結晶や粉のようなものも見える。塩だ。


 そんな湿地帯を眺めながらユウがつぶやく。


「魔物は見当たらないよね」


「この町から3日先の場所だから見えるわけないよな。逆に見えたらまずいわけだが」


 思い付く場所を見て回ったユウとトリスタンは平穏な都市の姿に戸惑いを覚えた。見た限りでは冒険者を片っ端から足止めする理由は見当たらない。


 とはいえ、その判断を下したのは領主なので2人にはどうしようもなかった。それに、海洋の魔物の脅威も話に聞いただけなのでどちらにも危機感はほとんどない。


 見て回るほどに足止めされる理由がわからなくなる2人だった。




 何とも言えない調査結果を得たユウとトリスタンは貧民街の西の端から歓楽街へと向かっていた。現在は貧民の市場の中を歩いている。さすがに大きな都市の市場だけあって人が多い。現在は昼下がりなのでこれでもましになった方なのだろうとユウなどは想像した。


 検問所と貧民街の確認をしていたこともあって2人はまだ昼食を食べていない。この時間に酒場で肉を大量に食べると夕食に影響があるので避ける必要があった。


 歩きながらユウがトリスタンに話しかける。


「お昼どうする? 軽めにしようかなって思っているんだけれど」


「そうだよな。ということは、この市場の屋台にでも行くか?」


「串焼きを買って空腹を誤魔化そうかな。夜にしっかりと食べたいしね」


「いいね。おっと」


「ごめんよ! あっ!?」


 話をしているユウとトリスタンの間を少年が背後から前へと縫うように通り抜けようとした。多少ぶつかったトリスタンが外側に体を避ける。


 一方、ユウは自分の懐に伸ばされた手を掴んだ。そのまま走り去ろうとしていた少年は突然引っぱられて生意気そうな顔を驚愕の色に染め上げる。


 小柄な少年だ。ユウが商売人に売られた頃の年齢を思わせる。癖の強い髪はぼさぼさで服も薄汚れている上によく見れば裸足だった。


 ユウが掴んだ少年の左手は空だが、反対の右手には革袋が掴まれている。


「トリスタン、その革袋」


「え? あ! お前!」


「クソ、離せよ! おっさん! いだだだだ! おい、クソ!」


 暴れようとする少年の腕を後ろ手に極めたユウが少しひねり上げた。目配せしてトリスタンに自分の財布を取り戻させ、そのまま路地の端に寄る。


「はぁ、くっそ。油断したなぁ。警戒しているつもりだったんだが」


「痛い痛いって! おっさん離せよ!」


「静かにしないと代行役人に突き出すよ。僕は冒険者だから呼べばいつでも会ってくれるだろうしね」


「クソ、あんな連中の手先なのかよ。冒険者なんだから魔物でも狩ってりゃいいだろ」


「もちろんいつもは魔物と戦っているよ。でも、代行役人に捕まったら大変だろうね。僕の住んでいた町だと窃盗は右手首の切断だったかな。魔物を解体処理したばかりの汚れた鉈で派手に切り落とされるんだ。冒険者になるときに初心者講習に参加したんだけれど、そのとき見せられたんだよね。悪さをするとみんなこうなるぞって」


 後ろ手に極められたまま話を聞いていた少年は静かになった。振り向いてユウへと目を向ける。


「嘘だ。大体、冒険者ギルドが魔物を解体処理するなんて聞いたことないぜ?」


「僕の町の冒険者ギルドにはあるんだよ。この町のギルドはそんなことしていないかもしれないけれどね。ただ、あの代行役人が罪人を連行してただで帰すわけないのは知っているんじゃない?」


 どこの冒険者ギルドにも代行役人はいるが、共通して貧民には評判が悪い。税の取り立て方も犯罪者の捕縛のやり方も荒っぽいことが多いからだ。そして、それはこのロウィグ市にも当てはまったようである。


 先程まで威勢の良かった少年の顔が心なしか青くなっているのをユウは見た。そろそろ頃合いかと本題に入る。


「さて、僕たちは昨日この町に来たばかりで、まだこの町について詳しくないんだ。だから、色々と教えてくれないかな。ちょうど屋台で何か買おうと思っていたから何か食べながらね」


「何でオレがそんなこと」


「駄目ならこのまま代行役人に突き出すよ?」


 ユウが言葉を重ねると少年は黙った。胡散臭い話だが、現実的な対応をされるとひどい目に遭うのは確実だ。


 事実上、少年に選択肢はなかった。




 貧民の市場でも飲食の屋台がある一角にユウとトリスタンはいた。手には買った肉の串焼きを持っている。それをゆっくりと食べていた。


 一方、2人に対してもう1人、例のスリの少年ハリーも串焼きを食べている。これで3本目だがその勢いは衰えない。


 その一心不乱な様子にトリスタンは少し感心した様子である。


「よく食べるな」


「食えるときに食っとかないとな! こんなのがタダで食えるなんて普通ないし」


「で、そろそろ質問してもいいか?」


「おう、いいぞ!」


 きれいに食べきった串を串入れに入れたハリーが機嫌良くトリスタンに返事をした。


 それならばとユウが尋ねる。


「しばらく前から海に魔物がたくさん出てきて船の商売がやりにくくなったって聞いたことがあるんだけれど、貧民街でそんな話はないかな?」


「その話は知ってるぞ。海に魔物が出てきて船乗りのにーちゃんたちの稼ぎが悪くなってんだろ。そのせいでこの辺りの市場の景気が前よりも悪くなってるって店のおっちゃんたちがこぼしてるのをよく聞くぜ」


「やっぱり悪くなっているんだ」


「この都市には港があるからな。当然だぞ。南門の方も似たようなもんらしいぜ。ただ、都市の中はそうでもないらしいけどよ」


「え? 町の中は景気が悪くないの?」


「町の中で働くおっちゃんたちはそう言ってる。少なくとも、クビになる話や給金が減る話はないらしいんだ」


 ハリーの話を聞いたユウとトリスタンは顔を見合わせた。大損をした商人ギルドが領主を動かしたという冒険者ギルドでの話と食い違っている。ただ、この辺りはユウたちが関われる話ではないのでとりあえずは無視だ。


 次いでトリスタンが質問する。


「他には何かあるか? 冒険者関係の話があれば嬉しいが」


「最近見かけない冒険者の数が増えてきてるぞ。何でも、冒険者ギルドからこの都市に足止めされてて、安い仕事ばっかり回されてるって不満を言ってたっけ。それがイヤで逃げるヤツもいるみたいだけど、都市から出たところに検問所があるから出られないらしいな。原っぱの方から逃げようとしても騎兵隊に捕まるらしいし、どうにもならないって嘆いてたぞ」


「やっぱりそうなのか」


「兵隊も騎士様も、普段は全然動かないくせに、こういうときはしっかり働くんだよな」


 愚痴るハリーの独り言を聞きながらユウはため息をついた。更に詳しく尋ねたが、今のところ成功した話は聞かないらしい。もっとも、成功した場合は都市に戻って来ないので成功事例を聞くことはできないが。


 ともかく、ユウとトリスタンはそのうち有用な情報が得られることを期待して、ハリーと今後も会う約束をした。

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