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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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ロウィグ市の状況

 中継の港を出港した『青き大鷲』号はイーテイン海の沿岸を南へと進んだ。この辺りは海賊も多くない。何事もなく約3週間ほどかけて目的地であるロウィグ市にたどり着く。桟橋の横で船が停泊すると作業の終わった船員たちから給金を受け取って町へと繰り出して行った。


 契約を完了したユウとトリスタンも報酬をもらうべくダレル船長の前に立つ。


「船長、報酬をもらいに来ました」


「よくやってくれた。とても助かったぞ。そっちの目的がなければ専属で雇いたいくらいだな。これが報酬だ」


「ありがとうございます。確かに受け取りました」


「今、この都市は厄介なことになっているようだから気を付けるんだぞ」


「はい。最悪陸路で西に向かいますから何とかなると思います」


「元々2人は(おか)の人間だったな。だったらそういう選択肢もあるか」


 楽しげに笑いながら話をしたユウは一礼するとトリスタンと共に下船した。桟橋から港に移り、歓楽街へと向かう。


 ロウィグ市の周囲は少々複雑だ。イーテイン海に面したこの都市は北側に港があり、東側に流れる大流の川に面した場所に河川用の船着き場がある。一方、街道と繋がる南側には城外に大きな歓楽街が広がり、半海の湿地という湿地帯のある西側には貧民街があった。


 そのため、北の港から南の歓楽街へと向かう場合、安全を考えると東側を通るのが一般的だ。貧民が集まる場所は西側にあるので懐が寂しい場合は貧民の市場を利用するのも一手だが、そうでなければ基本的に足を向けることはない一帯である。


 年末も近くなって来た13月の後半の風を身に受けながら2人は都市の東側経由で歓楽街に向かった。その間、周囲の風景を目にする。


「ユウ、さすが大きな町といった感じはするんだが、何て言うか、何となく重苦しいな?」


「そうだね。活気はあるんだけれど、同時に何となく冴えない気がする」


 何とも言えない雰囲気にユウとトリスタンは戸惑った。理由は推測できるので不思議には思わない。ただ、この大きな都市に息苦しさを感じさせるような影響を与えていることにどちらも少し驚いていた。


 都市に関するそんな抱きながら2人は歓楽街に足を踏み入れた。こちらも似たような感じである。気にしても仕方がないと考えを改めて酒場を探す。


 年季の入った石造りの酒場の中は多くの客で賑わっていた。さすがに大きな都市だと2人とも感心する。気になる点があるとすれば冒険者の数が思った以上に多い点だ。もしかしたら海洋の魔物を討伐するために集まったのではと想像した。


 ともかく、2人はまず自分たちの食欲を満たすことにする。注文した料理が届くとどちらもすぐにかぶりついた。




 翌朝、ユウとトリスタンは三の刻の鐘が鳴った後に冒険者ギルド城外支所へと向かった。田舎町にある建物は違って造りも見た目もしっかりとしている。出入りする冒険者の数も思った以上だ。都会でも冒険者の需要がありそうなことがわかり2人は安心する。


 ところが、室内に入ると様子がおかしいことにすぐ気付いた。人が多いのはともかく、雰囲気が悪いのだ。冒険者は基本的に貧民の仕事なので品性や知性とは縁遠い。しかし、これはそうではなく、いらついていたり不満があったりするときのものである。


 原因がわからない2人は様子を窺いながら受付カウンターの前に立った。何ともやる気のなさそうに見える職員にユウが声をかける。


「昨日この町にやってきた冒険者のユウとトリスタンです。仕事のことを聞こうと思ったんですけれど、その前にこのギルド内の雰囲気について教えてもらえませんか?」


「なに? 隣の都市から来たのに知らない?」


「え? 隣の都市? ああ、僕たち、護衛兼船員補助の仕事で船で乗り込んでこの町にやって来たんです。ですから、隣の町には行ったことがありません」


「なるほど。どうりで何も知らないわけだ」


 面倒そうにため息をついた受付係を見てユウは一瞬呆れたが、すぐに故郷のとある人物を思い出した。そういえばあの人もこんな感じだったと懐かしむ。


 苦笑いをしたユウを見たトリスタンは不思議そうにしていた。そんな2人の様子など気にすることもなく受付係は説明を始める。


「この都市の西隣にはやたらと広い湿地帯がある。半海の湿地と言って塩気の多い水で泥濘(ぬかる)んでる場所だ。そんな所だから草木はほとんど生えてないし、埋め立てて使うわけにもいかない。そこに今から2ヵ月ほど前に難破船が漂着したという報告があったそうだ。(マスト)が折れててぼろぼろの状態だったらしいから、嵐に巻き込まれてそのまま漂流したんだろうと難破船を見た船乗りたちは言ってる」


「半海の湿地のどの辺りなんです?」


「確かここから3日あたりの海との境で座礁してるっていう話だ。その辺りだと隣のベテア市との距離も変わらんだろうから、大体都市間の中間くらいの位置だな。あの辺りは気付いたら浅瀬になってるような所らしいから、船乗りはあまり近寄りたがらないと聞く」


 海の中で浅瀬に座礁して動けなくなってしまう恐ろしさはユウとトリスタンも船乗りから聞いたことがあった。なので真剣な表情でうなずく。


「で、それだけならただ難破船が漂着したっていう話で終わるんだが、厄介なのがここからだ。その幽霊船のような難破船があの辺りの半海の湿地に引っかかってから、この都市の西側の近海で船の被害が急に増えたんだ。何とか難を逃れた船乗りたちに聞いたところ、やたらと海の魔物に襲われるようになったらしい」


「その難破船と何か関係あるんですか?」


「そうなんじゃないかってみんな考えてる。あの難破船が漂着するまではあの辺りに海の魔物なんてほとんど出てこなかったから。確証はないが。ただ、その襲ってきた海の魔物の動きがどうもおかしいらしい」


 襲ってくるという表現から殺しにかかってくると想像したユウは首を傾げた。おかしいと言われても想像できない。


 わからなかったのはトリスタンも同じらしく、ユウに代わって受付係に尋ねる。


「人間を殺そうとするんじゃないのか?」


「海の魔物の全部が全部そういうわけではないそうだ。襲ってくる半漁人(マーフォーク)は人間を殺すよりも海に引きずり込もうとするらしい」


「結局溺れ死にさせようってわけじゃないのか?」


「いやそれが、連れ去れた水夫を目撃した船員の話だと、海の中に沈めるんじゃなく、生かしたまま水上を泳いで半海の湿地方面の水平線に消えたらしい。他にも、船の操舵輪をやたらと動かそうとする半漁人(マーフォーク)もいたそうだ」


 質問に答えてもらったトリスタンに難しい顔を向けられたユウは首を横に振った。何がやりたいのかさっぱりわからない。


 そんなユウたち2人を見ながら受付係が話を続ける。


「ということで、今現在、ロウィグ市から西側の諸都市と海路での交易が難しい状態だ。かなり沖合いに出てから進路を西に向けたら一応行けるそうだが、運賃がやたらとかかって面倒なことになってる」


「この町の状況はわかりましたけど、それで、どうしてギルド内の冒険者の雰囲気が悪いんですか?」


「本題はここからだ。今そんな状態だから、大損こいている商人ギルドが海の魔物を討伐するよう領主に嘆願したらしい。そこで、魔物討伐の専門家の集団である冒険者ギルドに討伐命令が下ったわけだ。更に海の魔物の数が多いから頭数を揃える必要があるということで、冒険者が町の外へ移動することも今は禁止されている」


「え、僕たちもですか!?」


「そりゃもちろん。お前たちも冒険者だからな。ああ、よそ者だからっていう言い訳は聞かないぞ。すべての冒険者が対象だからな」


 反論しようとしたユウとトリスタンは絶句した。そんな2人に受付係は更に付け加える。


「ちなみに、同じリセア王国内である隣の2つの市には既にこのことは通達されている。検問所も街道上に設置されてるから、見つかり次第こっちに送り返されるぞ。船の方の護衛兼船員補助の仕事も当面は受付停止だ。残念だったな」


 まさかの話に2人とも黙ったままだった。ダンタット市ではそこまで聞いていなかったので移動に関しては楽観視していたが、とてもそんなのんきな状態ではなかったのだ。


 ちなみに、この海洋の魔物の被害を受ける範囲は次第に広がっているため、いつこの都市を襲ってくるかわからない状態とのことである。そのため、都市の防衛戦力はいくらあっても困らないことから対魔物要員として拘束されているという側面もあるとのことだ。


 話を聞き終えたユウとトリスタンは呆然としながら城外支所の建物を出た。室内の冒険者たちの雰囲気が悪いはずである。実際、2人も先程から気分は悪い。


 2人はどうしたものかと悩む。しかし、声には出さずにじっと黙ったまま考え込んでいた。

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