再びやって来た港町
10日の旅を経て、グラントリー率いる荷馬車の集団はコンティの町に到着した。周辺は潮の香りが強い。
野獣の街道の終着点であるコンティの町はモーテリア大陸北部からやって来た船が立ち寄る港町でもある。獣人たちから買い取られた品々を海路で運ぶ拠点としても有名だ。
夕方、そんな町の郊外に荷馬車の集団は差しかかった。商売人たちはこの辺りで思い思いの場所に向かい、自然解散となる。
グラントリーの荷馬車5台は町に近い原っぱで停車した。すると、人足たちが荷台から降りて作業を始める。この風景はいつもと変わらない。
一方、ユウとトリスタンは自分の荷物を引っぱり出して荷馬車から降りた。きちんと背負えたことを確認すると2人揃って雇い主の元へと向かう。
「ユウ、トリスタン、じゃぁな。頑張れよ」
「ありがとう。ハワードも元気で」
途中、ハワードとすれ違ったときにユウは挨拶を交わした。荷馬車の中で別れは済ませていたので、ここでは簡単に済ませる。
報酬をもらうべくグラントリーに近づくと、いつものように護衛の獣人たちが先に革袋を受け取っていた。先に受領を済ませた獣人たちが次々と歓楽街へと向かってゆく。
その中にはジョンとカイルもいた。ユウとトリスタンに気付くとその足を止める。
「そういえば、お前らとはここまでだったな。船に乗るのか?」
「そのつもりだよ。すぐに乗れるかはわからないけれどね」
「海の上に行くなんてオレには考えられないな。まぁ、落ちて沈むんじゃないぞ」
「ありがとう。ジョンも元気で」
狼の獣人から別れの挨拶にユウが言葉を返した。それを受けたジョンが大きくうなずく。
一方、トリスタンもカイルと最後の会話をしていた。こちらはわずかに騒がしい。
「トリスタン、ここにゃ人間用の賭場と娼館がちゃんとあるから良かったな!」
「さすがに前の町みたいなのはもう勘弁だから、今度はちゃんとしたところに行くぜ!」
「そうしとけ。金を突っ込みすぎるなよ」
「わかっているって。じゃぁな、カイル」
お互いに別れを済ませると、ジョンとカイルは1度手を振ってから町の歓楽街へと去って行った。
ようやく報酬を受け取る番になったユウがグラントリーの前に立つ。
「グラントリーさん、今までありがとうございました」
「こっちこそ世話になったな。おかげで人足に犠牲が出ずに済んだよ。これが報酬だ」
「ありがとうございます。確かにありますね」
「それじゃ、元気でな」
2人の報酬の確認が終わるとグラントリーは踵を返した。そうしてすぐに人足へと指示を飛ばす。
報酬を懐に入れたユウとトリスタンは歓楽街へと足を向けた。まずは夕食だ。
賑わう路地を歩きながら目移りした結果、2人は少し狭い酒場へと入った。割と混んでいたがカウンター席で連なる空席を見つけたのでそこへ座る。トリスタンが給仕女を呼ぶと順番に料理と酒を注文した。
それから2人は顔を見合わせる。
「やっと港町に着いたね」
「着いたな。えらく苦労したが」
「結果論だけれども、船で進んだ方が早かったよね。うーん、失敗したかなぁ」
「別にそうでもないだろう。特にお前は」
「どうして?」
「アデラと散々やっていたじゃないか」
にやにやと笑うトリスタンに指摘されたユウは顔を赤くした。そのために危険を冒したわけではないと反論しようとしたが、護衛の報酬として受け取ったことを思い出して飲み込む。いや、そもそも初めてしたきっかけは、暴漢からあの踊り子たちを助けたからだ。その返礼としてである。やはり違うと主張したい。
頭の中で議論が堂々巡りになった頃、給仕女が料理と酒を持ってきた。とりあえず食べようと相棒に勧められてそのまま食べる。
まさかあの話が出てくるとは思わなかったユウはどうしたものかと困り果てた。話そうとしていたことが全部吹き飛んでしまう。こういうところもまだまだなんだろうなと思いつつも目の前の料理を食べ続けた。
ある程度腹を満たすとユウは自ら話題を切り出す。
「これからの話なんだけれどね」
「お、さっきの続きじゃないのか」
「もう終わった話はいいでしょ。それよりもこれからだよ。それで、ここから船に乗って西に行こうとしているじゃない」
「そうだな。とりあえずは明日冒険者ギルドに行って仕事があるか確認だな」
「うん。たぶんあるはずなんだよ。だってここから西に行く船がないと大陸北部からの荷物が運べないから」
「問題は、西の果てに直接船で行けるかなんだよな。西方辺境だったっけ」
「そう。一気に行けたら言うことはないんだけれど、実際はどうなんだろう」
「この大陸西部の沿岸がどの程度広いかによるだろうな。ただ、俺はいくつか船を乗り継がないといけない気がするんだ」
「どうして?」
「大陸北部から運んできたにせよ、このコンティの町から運ぶにせよ、都会に全部運ぶために船で輸送しているはずなんだ。消費しているのはそこなんだから。そうなると、ここから西方辺境に直接商品を持って行くことってないと思うんだよ」
「あー」
「まったくないとは言わないが、船の数はずっと少ないと思う」
「そうなると、何度か船を乗り換える感じになるのかな」
「たぶんな。どのみち、冒険者ギルドで聞いてみないとわからないことだが」
根拠を聞いたユウは黙った。船を乗り継いで進むことに抵抗感はないものの、都会の地域で果たして簡単に次の船の仕事が見つかるのかが不安なのだ。もしかしたら隊商や荷馬車の護衛のように傭兵の仕事になっているかもしれない。
この点も明日冒険者ギルドで聞いてみようとユウは思った。
翌日、ユウとトリスタンはコンティの町の冒険者ギルド城外支所へと足を運んだ。石造りの古い建物の中に入る。屋内には多数の冒険者が往来していることから盛況であることが窺えた。
受付カウンターの前の列に並んでまつことしばし、順番がやって来ると2人は受付係の前に立つ。
「昨日この町に来た冒険者のユウとトリスタンです。船で西へと向かいたいんですけれど、船の仕事ってありますか?」
「西? ああ、中央に行きたいのか。ここからだと南に向かうことになるぞ」
「西じゃないんですか」
「地形的な問題で、中央の地域は南にあるんだよ。ここから西に向かったら海の果てに行っちまうぞ」
受付カウンターに簡単な地図を置いた受付係が現在位置から真西に指を動かした。すると、陸地に触れることなく地図の端まで届いてしまう。次いで、コンティの町から南へと指を動かすと湾のような沿岸部に到達した。
その地図を見ながらユウは中央の地域と呼ばれる場所から更に西へと目を向ける。
「この町からその中央の地域を経て更に西へと向かう船の仕事はありますか?」
「さすがにそれはないな。ここから中央に向かう船は遠くても大抵はロウィグ市までしか行かない。それより先は基本的に用がないからな。たまに別の船に荷物を積み替えて行くことはあるようだが」
昨晩のトリスタンの主張通りの返答を聞いたユウは肩を落とした。やはりそううまくはいかないらしい。
気を取り直してユウは次の質問に移る。
「でしたら、僕のような冒険者がそのロウィグ市で別の船の仕事を受けることはできますか? 護衛兼船員補助の仕事なんかを」
「できるはずだぞ。中央でも船の補助の仕事は冒険者のものってのが一般的な認識だからな。大体、傭兵は船員補助の仕事をしたがらないから、こういう仕事は引き受けないんだ」
「傭兵が船に乗るときは純粋な護衛の仕事のときですか」
「そうだ。それだけ危ない海域となると、今度は船の方が通りたくないだろうがな」
受付係の話を聞いたユウはかつての戦いを思い出した。船上で一騎打ちした傭兵はなぜ乗り込むことになったのかと思いを巡らせる。
ユウが黙ったのを見たトリスタンが受付カウンターに手を突いた。それから口を開く。
「それで、ここから最も遠くへ行ける船の仕事を引き受けたら、どこの町まで行けるんだ?」
「今だと、そうだなぁ。ああ、ロウィグ市の仕事があったぞ。ダンタット市経由で向かうやつだ。4日後に出港予定とある」
「俺たち2人でもその仕事は引き受けられるんだよな」
「もちろんだ。でなきゃ紹介なんてしないよ。これを引き受けるのか?」
「ユウ、どうする?」
相棒から問われたユウは受付係から依頼書を見せてもらった。書いてある条件に問題はない。西の果てに向かうために都会へ行く必要があるのならば、選択の余地はないだろう。
「これの紹介状を書いてください」
「よしきた。ちょっと待ってろ」
依頼を引き受ける旨を受付係に伝えたユウはトリスタンを見た。すると、口元に笑みを浮かべた相棒に小さくうなずかれる。
紹介状を受け取ったユウはトリスタンと共に建物の外に出た。




