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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ

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獣人の平原

 滞在する人間がやや増えたプラブの町での休暇が終わった。ユウとトリスタンは日の出までにグラントリー率いる荷馬車の集団に合流する。


 現在は11月の終わりなので日照時間が短い。大陸北部ほどではないものの、日中のほぼすべてを移動に費やさないと予定通り進めないくらいである。そのため、町からの出発も日の出直前と夏よりせっかちだ。


 まだ薄暗い中を荷馬車が動く。原っぱから街道へと移るとわずかに速度が速くなった。何もなければこれから当分はこのままだ。


 荷台に乗るユウは後方で外を眺めていた。先程までいた町が少しずつ小さくなってゆく。風が吹くと幌の内側でも寒い。全身を覆える外套で身を包んで寒さをしのいだ。


 プラブの町からは久しぶりに徒歩の集団が離れた場所で歩いている。乗っている荷馬車は集団の半ばなので今はその姿が見えないが、町を出る直前、原っぱから街道へと移るときに様子を窺っていた者たちがいたので間違いない。ユウには自分も経験があるので何となくわかったのだ。


 どこの街道であっても徒歩の集団には厳しいが、このプラブの町からコンティの町に関してはまだましである。何しろこの辺り一帯は平地に住む獣人の生活範囲内なので、人間の盗賊は活動できないからだ。いても短期間で叩き出されるだけである。


 そんな平原で警戒するべきは獣や魔物だ。在地の獣人は自分の家畜が襲われない限り必要以上に獣や魔物を駆除しようとはしない。そのため、平原には一定の危険な生き物が徘徊している。よって、この辺りでも篝火(かがりび)は必須だ。獣は警戒し、魔物も一部を除いてあまり突撃はしてこなくなる。


 グラントリー率いる荷馬車の集団がその日の野営地を決めて準備を始めた。ユウとトリスタンも他の人足と同じように働く。日が暮れつつある今は何よりもまず篝火(かがりび)の設置だ。それが終わって他の作業を始める。


 馬の世話や食事の用意が並行して行われ、1日の作業がひとつずつ片付けられていった。やがて最後に食事だけが残り、護衛や人足が順次スープを腹に収めていく。それも終わると護衛は夜の見張り番、人足は調理器具と食器の後片付けへと移っていった。


 すっかり日が暮れた中、ユウは篝火(かがりび)の明かりを頼りに調理器具を荷馬車に片付けていた。荷台の上で待っているハワードにひとつずつ手渡してゆく。


「これで最後だよ」


「よし、終わった! 今日の仕事はすべて完了! やっと寝られるぜ」


「疲れた。最近は寒くなってきたから、洗ったり拭いたりするのも冷たくてかなわないなぁ」


「まったくだ。夜中に外で立ちっぱなしよりかはましだけどな」


「そうだね。朝までずっと寝られるのは良いよね」


「そういうこと。早く寝ようぜ。明日も早いんだからさ」


「わかったよ。ん?」


 荷台に上がろうとしたユウは何かが聞こえたような気がしたので立ち止まった。しばらく耳を澄ませると獣の鳴き声や人の悲鳴が聞こえてくる。


 ハワードも気付いたらしく周囲を伺っていた。その様子を見ながらユウが声をかける。


「誰かが襲われている? 動物の声がするということは、獣か魔物に?」


「この辺りには盗賊は出ないからな。獣人だって襲ってこないし」


「新月の時期だから何も見えないや」


 月明かりがないためユウがいくら目を凝らしても遠くまで見渡せなかった。それでも音や声だけ聞こえるので嫌な感じがする。


 尚もその場でじっとしているとトリスタンが戻って来た。しかめっ面をしながらユウに声をかけてくる。


「ユウ、あの悲鳴が聞こえるか? 徒歩の集団が襲われているらしい」


「明かりを点けていないからね。そんな余裕がないのはわかるんだけれども」


「何に襲われてるかわかるか?」


「狼らしい。さっきジョンに聞いた。あいつら、声だけで大体どの動物かわかるらしい」


 荷台の上から尋ねてきたハワードにトリスタンが顔を向けて返答した。それから後ろを振り向いて暗闇へと目を向ける。


「トリスタン、徒歩の集団からこっちに逃げてくる人っていたのかな?」


「さっきまではいなかったらしいが、助かりたいなら一縷の望みを期待してやって来るだろうな。こっちは追い返さなきゃいけないんだが」


 気乗りしない様子で話をしていた内容は現実のものとなった。野営地の東側で騒ぎが起こったのだ。警備をしている獣人とやって来た何者かが言い争っている。


 3人はじっとその声を聞いていたが、やがて言い争いの声が悲鳴に変わった。獣人に暴力を振るわれたのか、それとも追いかけてきた狼に噛みつかれたのかはわからない。ただ、その悲鳴の数は増えていった。どうやら獣人が手を出し始めたようである。


 騒ぎが収まるまで、ユウたち3人はその場でじっと様子を窺っていた。




 嫌な事件があった翌日以降は平穏な旅を続けられた。ある程度の人数で固まって必要な対策をしている限り、この辺りは比較的安全である。集団に所属していて良かったと思えるときだ。


 次の町までの道のりも半分以上過ぎた頃、昼休憩を取っていると前方から何台もの荷馬車が連なって向かってきた。こういう荷馬車の集団同士のすれ違いはたまにあることだ。


 原っぱに荷馬車を止めていたグラントリーの集団の脇までやって来ると、相手の集団は停車した。そうして商売人らしき者たちがこちらへと近づいて来る。一方、グラントリーたちも商売人たちが近寄っていった。お互いに握手を交わすと親しげに話を始める。


 干し肉と黒パンを囓りながらユウが耳をそばだてていると、雑談をしているようだ。すぐにこの近辺の街道のこと、プラブの町のこと、コンティの町のことなどが話題に上る。特に徒歩の集団が狼に襲われた話は真剣な表情で相手に受け止められた。


 更に、護衛の獣人たちも相手の荷馬車を護衛する獣人たちと交流している。こちらは商売人たちほど深刻な話はしておらず、肉と戦いの話が中心だ。


 隣にやって来たトリスタンにユウは声をかけられる。


「ユウ、あれって何をやっているんだ?」


「たぶん、商売人は情報交換をしているんだと思う。街道の話とか町の話をしているみたいだし。獣人の方は単に会って雑談をしているっぽい」


「なるほどなぁ。徒歩の集団を襲った狼はまだあの辺りをうろついているだろうから、知っておいた方がいいだろうな」


「あっちの隊商の後ろには、ああ、やっぱり徒歩の集団がいる。危ないなぁ」


 プラブの町へと向かう荷馬車の集団に所属する者たちはこれから狼の話を知らされるだろう。しかし、徒歩の集団は何も知らないまま危険な場所に向かうことになる。狼が味を占めて再び襲って来ないことを祈るばかりだ。


 やがて話し終えた両者が別れると、相手の集団は先頭から順次動き始めた。それに続いて徒歩の集団が歩いて行く。そして東の地平線の彼方へとその姿を消した。


 グラントリー側の荷馬車の集団もそろそろ昼休みが終わろうかという頃、ユウはふとした疑問を思い付く。周囲を見ると近くに猫の獣人のカイルがいた。なので、近づいて質問してみる。


「カイル、さっきの隊商のことを思い出したときに気付いたんだけれど、プラウンの町からこっちまで獣人の商売人を見かけたことがないんだ。獣人って荷馬車を使った商売ってしないの?」


「あーそれなー。実は商売人になった仲間はオレも見たことがないんだ。たぶん向いてねーんだと思う。駆け引きや計算ができないわけじゃないが、苦手なのは確かだからな。だから、森の中やプラブの町で簡単な商売をするヤツはいても、人間みたいにあっちこっちいって手広くしようってのはいないんじゃねーかな。まぁ、殴って解決って方がオレたちには合ってるからな、はっはっは!」


 胸を張って笑うカイルにユウは何ともいえない表情を向けた。確かに商売人向きの種族とは思えない。


「外に出ていきたいときは傭兵として出て行ったら何かしら食えるからよ、別に無理して商売する必要もねーだろ。ジョンもそう思うよな?」


「いきなり何の話をしてるんだ?」


「へへ、商売をするよりも傭兵になる方が手っ取り早いって話だよ」


「なんだそれは?」


 怪訝な表情を浮かべたジョンがカイルに近づいて詳しい話を求めた。しかし、面倒がったカイルがユウに丸投げをする。そのため、ユウがいちから説明することになってしまった。それに対してジョンがカイルに呆れる。


 しかし、説明している最中にグラントリーから出発の号令がかかった。それを耳にしたユウたちは急いで荷馬車に戻る。


 ユウが慌てて荷台に乗り込むと、先に乗っていたトリスタンとハワードが笑って出迎えてくれた。何をしていたのか2人に話し始めたところで荷馬車が動き出す。


 原っぱに停まっていた荷馬車の集団はゆっくりと進み、街道へと乗り込むとコンティの町へと向かった。

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