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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ

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もうひとつの町

 アストの町で3日間の休暇となったユウとトリスタンは町に到着した直後、2人で酒場に向かう。ビフォの町と同様に建物は天幕で、その周りにあるテーブル席では獣人たちが飲み食いしていた。


 その中に人間2人が入ると当然目立つ。空いたテーブル席に向かう途中で多数の獣人からの視線を集めた。


 内心落ち着かないユウだったが挙動不審になると更に注目を集めそうなので堂々と振る舞う。トリスタンも同様らしく、当たり前という様子で給仕の獣人を呼んだ。


 給仕の興味深げな視線を受けながら注文を済ませた2人は顔を突き合わせて話をする。


「前はジョンとカイルがいたからすぐにみんな見なくなったけれど、今回はずっと見る人が多いね」


「勘ぐられているのかもしれないぞ。こっちは単に飯を食いに来ただけなんだがな」


「みんな早く飽きてくれないかな」


 どうにも居心地が悪いユウは少し尻の収まりが悪かった。いつまでも見られているようならばさっさと食べて宿に行った方が良いと考える。ただ、宿の中の獣臭がひときわきついのでそれがちょっとした問題だった。


 少し待つと給仕の獣人が注文した料理と酒がテーブルに並べられると2人は食事を始める。羊の肉の癖が少し強いが気になるのはそれくらいだ。エールやスープで流せる程度なのでそのまま食べた。


 ある程度食べると食欲が満たされて手を動かす頻度が鈍る。いつもならそこから会話が弾むのだが今回はそうもいかない。やって来た当初よりも注目されなくなってきているものの、ユウたちを見ながら話をしている獣人はまだ何人もいる。


 これはさっさと席を立った方が良いとユウは思い始めたが、ここで思わぬことに出くわした。見知らぬ猪の獣人が木製のジョッキを片手に声をかけてきたのである。


「よう! 元気にやってるか!」


「え!?」


「ちょいと座るぜ!」


 反応する前に同じテーブルの空いている席に座った猪の獣人をユウは呆然と眺めた。隣のトリスタンも声を上げられないでいる。


 よく見なくても猪の獣人は酔っ払っていた。手にした木製のジョッキを傾けて大きく息を吐き出した後、ユウに顔を向ける。


「お前さん、この辺りじゃ見ない顔だな?」


「ええ、通りすがりの冒険者ですから。さっきこの町に着いたばかりなんです」


「冒険者? ああ、人間の中でも魔物狩りを専門にしてるって連中のことか」


「そんな感じです。今は隊商の荷馬車の護衛兼人足の仕事をしていますが」


「ほう、何でまたそんなことをしてるんだ?」


「ここから西にあるコンティの町に行くためですよ」


「ああ、あの港町ってところだな。ワシも行ったことがあるぞ」


 そこから猪の獣人の傭兵としての話が始まった。若い頃に外へと出て人間の町をいくつも回ったという。高い身体能力を活かした傭兵稼業をしていたそうだ。


 猪の獣人の話が一段落着くと今度はユウの話をせがまれた。そこで故郷を出発してモーテリア大陸の外周をぐるりと巡っていることを話す。これは獣人の(さが)なのか、戦いの話への食いつきが特に良かった。


 お互いの話が大体終わる頃には3人ともかなり打ち解けて笑顔で酒を酌み交わす。いきなりの乱入に驚いたが、1人酒は寂しいので静かだったユウたちの席に立ち寄ったらしい。


 そんな猪の獣人にトリスタンが何気なく尋ねる。


「友達と一緒に飲めばいいじゃないか」


「傭兵時代の知り合いは死ぬか自分の部族のところへ帰っていっちまったんだよ。ワシはこの町で生まれ育ったんだが、引退して帰ってきたときにはどこかに移動していなくなってて、以来、ちょこちょこと他の連中の仕事を手伝いながら生きてるってわけさ」


「それは大変だな」


「まぁ、自分で選んだ道だ。しょうがねぇよ。それより、お前たちも引退してからのことを考えておけよ。それは早い方がいい。ワシみたいに引退してからってのはそのときの状況によっちゃかなりまずいことになるからな」


「え、ああ」


「人間の見た目から年齢(とし)を予想するのはワシには無理だが、もしまだ当分冒険者ってのを続けられるんなら今から考えておけよ」


 突然真面目な話が始まったことにトリスタンだけでなくユウも目を丸くした。そして、後悔していることがあることに同情する。ユウにだっていくつかあるのだから、それより長生きしていそうな猪の獣人にはもっとたくさんあって当然だと思った。


 少し間が空いた後、猪の獣人が唐突に大きな声を出す。


「酒の席でシケた話をしちまったな! はは、まぁお前らはまだ先があるんだ。気長にやるといいぜ! それより、遺跡で遭ったゴーレムってやつのことを詳しく教えてくれよ」


 突然話題を変えてきた猪の獣人にユウとトリスタンは少々面食らった。しかし、すぐにそのまま付き合って当時のことを話す。


 その後も杯を重ねながら3人は昔話に花を咲かせた。いきなり現れた猪の獣人には2人とも驚いたが、これはこれで悪くないと思うようになる。


 解散したのは結構時間が過ぎた後だった。




 町での滞在期間は3日間だったので、ユウはトリスタンと共にアストの町を巡った。とはいうものの、前に滞在したビフォの町と代わり映えはしなかったのでざっと流す程度で終わる。歩き回るのに時間がかかった観光だった。


 休日初日の夕方、2人は酒場の天幕が集まる場所へと向かう。森の中の日暮れは平原よりも早いので今の時間は篝火(かがりび)がないと歩きづらかった。なので町巡りは終わらせたのだ。


 炎の揺らめきと共に変化する風景を見ながらトリスタンがユウに話しかける。


「ユウ、明日からどうする? まだ2日間あるぞ」


「宿でごろごろするっていうのも考えたんだけれど、あの臭いがね」


「町はもうあらかた見て回ったし、賭場も娼館もないし、どうしたものかな」


「鍛錬でもする?」


「そうだなぁ。ジョンとカイルを探して付き合ってもらうか」


「あの2人、どこで何をしているんだろう。町を巡ったのに見かけなかったから不思議だな」


「そういえばそうだな。お?」


 しゃべりながら歩いていた2人は酒場の天幕が集まる場所に差しかかった。すると、その一角が騒がしいことに気付く。


 昨日行った酒場に足を向けると、人の輪、ではなく獣人の輪ができていた。その中央では2人の獣人が殴り合っている。一方は熊の獣人でもう一方は猪の獣人だ。


 それを見て2人は唖然とする。


「あの猪の人、昨日一緒だった人だよね?」


「見間違いや記憶違いじゃなければな。なんで喧嘩なんてやっているんだ?」


「わからないよ、そんなこと」


「いやでもこれ、結構な迫力だよな」


 目の前で繰り広げられる真正面からの肉弾戦とも形容できる喧嘩にユウとトリスタンは圧倒された。雄叫びを上げて両者は全力でぶつかり、噛み合い、殴り合う。相手が人間だとどれかひとつでも致命傷になりかねない攻撃ばかりだ。


 知り合いの猪の獣人は既に何ヵ所か傷付いていた。明らかに劣勢だが引き下がる様子はない。怪我などしていないとばかりに相手へと突っ込んでゆく。そうして熊の獣人に思いきり横っ面を殴られて吹き飛んだ。


 地面に倒れてそれっきりの猪の獣人を見た熊の獣人は両手を挙げて勝利の雄叫びを上げる。周りの観客もそれに応えて賞賛した。


 いかにも獣人という場面を見せつけられた2人はその様子を呆然と眺める。その間に観客は散り始め、熊の獣人は気分良く立ち去った。


 後に残ったのは倒れた猪の獣人だけだ。その姿を目にしたユウは我に返って近づく。


「あの、起きられますか?」


「ああ? ああ、昨日の人間か。見てたのか」


「途中からですけれど」


「情けねぇところを見せちまったな。派手に負けたよ」


「怪我がひどそうですね」


「人間にとっちゃそうなんだろうが、ワシたちからするとそうでもねぇよ。うっ」


 明らかに無理をしているのはユウも一目見てわかったが、それ以上は口に出さなかった。


 次いでトリスタンが声をかける。


「何でまた喧嘩なんてしたんだ?」


「すれ違うときに肩がぶつかったから謝れって言ったのがはじまりだ。そうしたらあいつがキレて襲いかかってきたのさ」


「恐ろしく短気な奴だな」


「なぁに、若くてイキがってる奴なんてそんなもんだ」


「今までの話からすると、あんた若くないんだろう? 張り合うなよ」


「わかっちゃいるんだけどな、どうしてもこう、つい」


 とても年輪を重ねた人物とは思えない返答にトリスタンが呆れた表情を浮かべた。しかし、獣人は大体みんなそんなものだと言われて口を閉ざす。


 立ち上がった猪の獣人を最初は労っていたユウとトリスタンだが、話をしているうちに再び一緒に飲むことになった。昨日と同じく一緒にテーブル席を占めると肉を食い、エールを飲む。話題の中心は先程の喧嘩についてだ。


 この日も前日同様に2人は猪の獣人と遅くまで飲み明かした。

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