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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ
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獣人の町

 野獣の森に入って6日間、獣や魔物に襲われつつも荷馬車の集団は森の中の町にたどり着いた。ビフォの町と呼ばれるそこは建物がすべて天幕だ。住人が人間ならばどこかから避難してきたかのように思える。しかし、ここの住人はすべて獣人なのだ。


 そう、周りすべての動く人物は誰もが獣人なのである。ここでは人間の方が少数派だった。荷台から見る外の風景は本当に別世界だ。


 荷馬車が空き地で停まるとユウは荷台から降りる。大陸を巡ってきた身としてはよそ者であることには慣れていたが、この町ではその感じがより一層強い。見知らぬ場所に行くと心細くなるという話は良く聞くが、これがそれかと今になって知った。


 同じく荷台から降りたトリスタンにユウは声をかけられる。


「獣人ばっかりだな」


「そうだね。こういう町もあるんだ」


「獣人の町って言うだけあって、こう、獣の臭いが強いな」


「それは仕方がないと思う。それに、これだったらまだ我慢できるし」


「2人ともどいてくれよ。こっちは仕事があるんだから」


 背後の荷台の上から声をかけてきたハワードにユウは振りかえった。すぐに横へと逸れて場所を空ける。


 地面に降りたハワードが自分に声をかけて去って行ったのを見送ったユウはトリスタンと共に歩き始めた。向かう先は雇い主の元だ。


 護衛の獣人に囲まれたグラントリーを見つけた2人は小走りで駆け寄った。獣人たちは仕事の報酬を受け取っているのが見える。


 最後の獣人が報酬を受け取った後、ユウはトリスタンと一緒に雇い主の前に立った。そうして話しかける。


「グラントリーさん、報酬をもらいに来ました」


「ユウにトリスタンか。お前たちもプラウン銅貨で良かったな。これだ」


「はい、確かに受け取りました。ありがとうございます」


「2人ともこれから3日間は休みになる。しっかり羽を伸ばしておいてくれよ!」


 明るく言葉をかけてくれたグラントリーにユウは笑顔を向けた。また、買い物は銅貨単位で鉄貨はないことも教えてもらう。礼を述べると踵を返した。


 3日間の休暇を得た2人は早速酒場に行こうとして立ち止まる。獣人の町のことをろくに知らないのだ。人足たちは未だに仕事をしているので声をかけるわけにはいかない。


 どうしたものかと2人で悩んでいるとカイルが声をかけてくる。


「2人とも、どうしたんだ?」


「これから3日間休みなんだけれど、獣人の町は初めてだからどうしようかと」


「ああ! だったらオレとジョンが案内してやるぜ! おい、いいだろ?」


「そうだな。ここだと人間は珍しいからオレたちがいた方がいい」


「ありがとう! 助かったよ」


 地元の案内人を得たユウは肩の力を抜いた。これで安心して食事ができると喜ぶ。


 2人は狼の獣人と猫の獣人の後に続いた。たくさんある天幕の間を通り抜けてゆく。


「この町の歓楽街はこっちにあるんだぜ。入口の前にジョッキの絵が描いてある看板が酒場なんだ」


「そこは人間のお店と同じなんだね」


「たぶん、人間の使ってる絵をそのまま使ったんだと思うなー」


 ちょっとした話をしながら4人は町の中を歩いた。やがて、天幕の周りにテーブル席がいくつもあり、そこで獣人たちが飲み食いしている一帯を目にする。看板で見分ける必要もなく、そこが酒場であることは明らかだった。


 ジョンとカイルに連れられてユウとトリスタンが酒場に近づくと、人間2人に気付いた先客に次々と目を向けられる。しかし、その大半は狼の獣人と猫の獣人の知り合いだと気付いて興味をなくした。


 注目されて緊張した2人は視線が外れたことに安心する。食べるときも注目されてはたまらない。


 空いているテーブル席に4人で座ると、ジョンとカイルは給仕の獣人に料理と酒を注文した。ユウとトリスタンもそれに続く。後は品が運ばれてくるのを待つだけだ。


 すっかり寛いでいるカイルがトリスタンに話しかける。


「お前ら、エールを2つも頼んだんだな。あれがそんなに好きなのか?」


「好きっていうのもあるが、1杯はあんたらに奢ろうかと思ってね。今まで色々教えてくれた礼と、これからも教えてもらう謝礼としてね」


「はは、なるほど! だったら早速教えてやるが、オレたち獣人に奢るなら肉の方が喜ばれるぜ!」


「わかった。今度からそうするよ」


 楽しそうに笑うカイルを見たトリスタンが力なく肩をすくめた。早速のご教授である。


 そうやって話をしながら時間を潰していると給仕の獣人が料理と酒を運んで来た。肉の盛り合わせは羊が中心なのが特徴的だ。


 肉を中心に食べ、エールを流し込み、そしてとりとめのない話をする。何とも緩やかな時間が過ぎていった。


 いくつかの話題の後、周囲を見て疑問に思ったことをユウがジョンに問いかける。


「ジョン、獣人って部族単位で生活しているんだよね? なのにこんな町みたいな所に住んでいるのはどうしてなの?」


「元は人間と商売するために拠点が必要だったのが始まりだって聞いたことがある。人間からすると、森のどこにどんな部族がいるかわからんし、会いに行くのも大変だからお願いされて作ったそうだぞ」


「そうなんだ。ということは、この町に住んでいる獣人はみんな商売の関係者なのかな」


「今は町生まれの町育ちの獣人も増えてきてる。だから必ずしもそうとは限らん。ただ、商売のために一時的に住んで、終わったら出て行く連中も多い」


「ということは、まだ定住している人は少ないんだね」


「思ったほど多くはないのは確かだろう。何しろ何となくやって来て住みついたと思ったら、いつの間にかいなくなってる奴もいるしな」


 想像以上に自由な住人の実態にユウは驚いた。城壁で周囲を囲んで人の出入りを厳しく制限する人間の町とは随分と違う。また、閉鎖的な村とも異なる獣人の在り方に興味を引かれた。


 食事は更に進む。腹が満たされてくると口数が多くなった。話題は更に変わり、ユウとトリスタンの旅の話へと移る。そして、獣人2人が最も食い付いたのが戦いに関する話だ。平原で、森で、山で、そして遺跡で様々な敵と戦うユウたちの様子にジョンとカイルは夢中になる。その中でもやはり獣人と戦った話はひときわ反応があった。


 一通り話を聞いたカイルがトリスタンに目を向ける。


「トリスタン、野獣の山脈で戦った狼の連中は手強かったって話だが、こっちの森で戦った奴とどっちが強かった?」


「同じくらいとしか言い様がないな。相手の実力を推し量れるほど余裕もなかったし」


「ふーむ、そうか」


「山脈側と森側で何かあるのか?」


「山の連中はオレたちのことを人間と妥協した軟弱な奴っていうんだよ。だから、本当にそうなのか気になったんだ」


「大陸北部から来た冒険者や傭兵に毎回そんなことをきいているのか?」


「いや、さすがにそういうことはしてねぇよ。それにそもそも、山の向こうから来た連中は大抵人間の都市の方へ行くから、こっち側にゃ来ねぇし」


「道は繋がっているから誰かしら来ると思っていたんだが、違うのか」


「こっちに来る人間は大体決まった奴らだからな、むしろお前ら2人が来たことが珍しいぜ」


 意外なことを聞いたトリスタンが少し目を見開いた。驚いたのはユウも同じである。もっと活発に交流があると思ったからだ。


 そんなユウに対してジョンが自分の疑問をぶつけてくる。


「森に入って最初の夜に獣人の襲撃を受けたとき、ユウは1人で犬の獣人と戦っていたよな。オレが助けに来たときにあいつは顔を押さえていたが、鼻先が弱いってことを知っていたのか?」


「あれは苦肉の策だよ。動きが速いから普通だと攻撃は当たらないでしょ、でも、狙ってくるのは大体首回りの急所だっていうのがわかったから当たりを付けて殴ったんだ」


「狙いが単純だったからそこを突いたわけか」


「そうだよ。でも、体を殴っても平気そうなのに、鼻面のあたりは駄目なんだね。あんなに怯むとは思わなかったよ」


「鼻の周りは弱点のひとつなんだ。やられると誰でも怯むぞ」


 興味深い話を聞いたユウは目を輝かせた。これを機にジョンとカイルに色々と質問を投げかけてみる。それにより、獣人の噛み付き攻撃のときは鼻面を殴ればとりあえず怯ませることができることを知った。更には、身体能力は高いものの、武器を使わない獣人の攻撃は噛み付きと前足による引っ掻きの2種類のみであることが大半だとも教えてもらう。ただし、背後から迫ると蹴りが飛んでくることがあると忠告もされた。


 獣人との戦いに行き詰まりを感じていたユウは光明を見出せて喜ぶ。身体能力はどうやっても覆せないが、対策できるのならばまだ何とかなる。


 ただし、悪臭玉については使わないように念を押された。あの臭いは駄目らしい。特にユウは使わないことを約束させられた。

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