獣人の平原
グラントリーの隊商がコンティの町へ出発するときがやって来る。当日は二の刻過ぎに隊商の元へやって来るようユウとトリスタンは指示されていた。
10月も半ばになると日の出は二の刻よりも後になるため、2人が宿を出たときはまだ暗いままだ。それでも労働者や旅人、それに隊商関係者に交じって町の北門側の郊外を目指す。
2人が隊商にたどり着くとグラントリーの指示で人足として働き始めた。荷物を荷台に押し込んでから人足のハワードに仕事の段取りを教えてもらう。
周囲が明るくなると、グラントリーが集めた他の商売人の荷馬車と共に出発だ。ユウとトリスタンも荷馬車に乗り込んでそのときを待つ。
そんな出発直前になって、数人の獣人たちが隊商の荷馬車に近づいて来た。猪、鹿、犬、猫など種類はばらばらだ。
気になったユウは同乗しているハワードに尋ねる。
「ハワード、あの近づいて来る獣人たちも隊商の関係者なの?」
「いや、たぶん野獣の森に一緒に帰るんだと思う。ああ、旦那が乗ってる荷馬車に行ったな。やっぱりそうだ」
「人間の徒歩の集団は相手にしないのに、獣人はするんだね」
「獣人同士に緩い仲間意識があるから断れないんだよ。それが同族だと最悪護衛の獣人が怒って契約を破棄することもあるし。だったら雇わないけど同行を許す方がましだろ? それに、襲撃されたら一緒に戦ってくれるからいてくれた方がむしろいいんだ」
「なるほど、無料で護衛をしてくれるような扱いなんだね」
「そういうこと。獣人たちの仲間意識をうまく活用するわけさ」
まるで自分が発案したかのような口調でハワードが自慢したことにユウは苦笑いした。しかし、聞いた内容は確かに合理的である。
知りたいことを知ったユウは満足して黙った。しかし、次いでトリスタンがハワードに疑問をぶつける。
「飯はどうするんだ? 隊商関係者じゃないとなると別々に食べるわけか?」
「こっち側に余裕があるときはそいつらの分も作ることになってるんだ。ただ、獣人の方は薪拾いを手伝ったり食材をいくらかこっちに提供するっていう習慣はあるけど」
「そうなると半ば関係者だよな。雇う金が浮く分都合がいいわけだ」
「ただし、契約はしてないから戦いの途中でその場を離れても文句を言えないけどね」
「獣人同士は仲間意識があるんじゃないのか?」
「例えば、護衛の獣人が全員やられたときなんかだね。こうなると単に集まってきた獣人に戦う理由はなくなっちまうから」
そんな場合もあることを指摘されたトリスタンは目を見開いて黙った。確かにその場合だと雇われていない獣人は戦う理由がなくなる。
雑談をしているうちに荷馬車が動き始めた。揺れる荷台の上でユウたち3人は黙る。ひときわ大きく揺れると揺れが幾分かましになった。街道に入ったのだ。
この街道は野獣の街道と呼ばれる道で、森の向こう側にあるコンティの町まで続いている。今回はこの街道をひたすらまっすぐ進むのだ。
グラントリーの隊商が中心になって集まる荷馬車の集団は一路北に向かって移動した。そうして丸1日北上すると街道は北西へと曲がってゆく。
ひたすら続く平原は背丈の低い草が広がる中、木が点在していた。普通ならば後は野生の動物をたまに見かけるくらいだが、この地域では更に獣人が放牧している姿が時折目に入る。大抵は羊や馬だ。柵もなしによく逃げないものだとユウなどは感心する。
「ユウ、トリスタン、あの放牧してるのが平地に住む獣人だよ。連中はああやって育てた羊や馬をオレたち人間に売って生計を立ててるんだ」
「その辺りは人間と同じなんだね」
「まぁね。ただ、獣人は家畜を操るのがうまいから、人間よりも上等な羊や馬を売ってくるんだ。この辺りじゃ獣人印の羊毛や羊肉、それに軍馬は有名なんだぞ」
「家畜を操るのがうまいのと、毛や肉が良いのと関係あるの?」
「連中って家畜の考えてることがわかるらしいんだ。だから、家畜の体調の良し悪しや何をしてほしがってるのかすぐに気付けるから、どの家畜も調子がいいんだ」
「へぇ、まるで言葉がわかるみたいだね」
「実際は感じ取るらしいぞ。前にカイルが言ってた」
意外な蘊蓄を聞いたユウが感心した。トリスタンもハワードを見る目が少し変わっている。
こんな獣人関係の話を主にしながら荷馬車の集団の旅は続いた。
昼間は荷馬車に揺られながら街道を進み、日が傾いてくると街道から外れて野営をすることになる。今回は護衛兼人足として雇われているユウとトリスタンは、他の人足に混じって作業を始めた。
基本的にハワードの指示に従って夕食の準備や篝火の設置、それに荷物の点検などをしていく。ただ、隊商での人足仕事を知っている2人はすぐに戦力になった。専属の人足ではないので雑用の類いを幅広く任される。
そんな2人だが、用意する食事が一部他と違うことに最初の頃は驚いた。肉食系の獣人のために肉を焼くのだ。人間だけなら鍋に具材と水を入れて調味料で味を調えてスープを作るが、肉食系の獣人はそういったものを好まないので別途料理する必要があるのだった。
人間と雑食の獣人のための食事をユウたちが準備する横で、別の人足が肉を焼いている。この焼ける匂いがまたなかなか暴力的でたまらない。思わず目を向けてしまうが人間は食べられないのだ。
食事ができあがり、まずは雇い主であるグラントリーと護衛の獣人、それに同行している獣人が手を付ける。人足たちはその後だ。
目の前の風景を見ながらユウがハワードに小声で話しかける。
「食べる順番はともかく、肉の匂いがつらいよね」
「そこは考えないようにするしかないね。どうせ食べられないんだから」
「少しくらい残らないかなぁ」
「獣人の食欲は旺盛だから期待できないな。むしろ足りないって言われるくらいだから」
自分たちも旅の途中では満腹まで食べることは普通ないのでユウとしては納得の回答だった。それだけに肩を落とす。
そんなユウの元へ肉を食べながらカイルがやって来た。実に幸せそうである。
「よう、お勤めごくろーさん! やっぱ肉はうまいよなぁ」
「普通に聞いていたら嫌味だよ、それ」
「すまんすまん。でも、荷馬車に持ち込める食材に限りがあるからしょーがねーんだよな。狩りができたらちったぁ分けられるんだけどな」
「狩り? 隊商の護衛中にするの?」
「そうだぞ。たまにだけどな。そんときはいつものに加えて更に肉が食えるから楽しみなんだけどなぁ」
「その狩りってカイルたち獣人だけでするの?」
「ああ。オレたちは慣れてるからな!」
「こらカイル、話しかけるなら肉を食い終わってからにしろと言っただろう。人間は肉を食うのを我慢してるんだから」
肉を食べながら話をしているカイルの背後にジョンが現れた。呆れた様子で猫の獣人を見ている。
そんな2人の様子を見たユウはくすりと笑った。それから話題を変える。
「夜の見張り番はそっちに全部任せるからいいよ。ここじゃ襲撃されない限り僕は人足だからね」
「へへ、任せろ! 大抵の気配は感じ取ってやるぜ!」
「人間よりもオレたち獣人の方が五感は優れているからな。適役だ」
「ちなみに、野生の動物と獣人ってどっちの感覚の方が鋭いのかな?」
何も考えずに発言したユウだったが、その疑問を聞いたジョンとカイルは顔を見合わせた。しばらく返答がない。
「どっちだろうな」
「考えたこともねーなー」
「ユウ、どうしてそんなことを聞いたんだ?」
「この辺りで夜の見張り番をするときに警戒するべきは獣や魔物、それに盗賊でしょ。だから、感覚の鋭い野生の動物相手にどっちが先手を取れるのかなと思ったんだ」
「なるほどな。五感に関してはどちらが鋭いかわからんが、こっちは知恵が回るからな。狩りのときは大抵勝てるぞ」
「そーそー! あんまり逃がすってことぁないよなぁ」
獣人2人に返答してもらったユウは曖昧にうなずいた。的確に答えてもらえたわけではないが、結局わからずじまいになりそうなのでそのままにしておく。
「それとユウ、この辺りに人間の盗賊はいないぞ」
「え? そうなの?」
「おいおい、この辺りの平地は俺たち獣人の縄張りなんだぜ。そんな得体の知れない人間なんぞをそのままにしておくわけがないだろうがよ!」
「森の中も同じだぞ。というより、森の中だと更にありえん」
「だから、この辺りで警戒するべきなのは獣や魔物だけってことなるなー」
思わぬ話を聞いたユウは言葉を返せなかった。そういえば野獣の山脈と高尊の森に挟まれた高原にも盗賊はいなかったことを思い出す。確かに獣人に怯えながら盗賊稼業は厳しそうだ。
やがて獣人たちの食事が終わると人足の番が回ってくる。
ユウやトリスタンたちは自分たちの食事をすすった。




