次に向かう場所
プラウンの町に到着した翌日、ユウとトリスタンは酒場にいた。昼時なので周囲が騒がしい中、腹を満たすべく肉や黒パンを口に放り込んでゆく。
「それにしても、野獣の森かぁ。昨晩聞いたが、本当にそっちへ行くつもりなのか?」
「うん、獣人がどんな人たちなのか知りたいっていうのもあるしね」
「先の高原での戦いがそんなに気になっていたのか」
「悪臭玉を使って何とか勝てたけれど、あれがなかったらやられていたと思うんだ。それがどうしても気になってね」
「あの身体能力の差はどうしようもないんじゃないのか?」
「そこをどうにかできないか気にしているんだよ」
「なるほどなぁ」
トリスタンはユウの理由にあまり興味がない様子だった。世の中すべてのことに対応などできないのだから、無理なものは無理と割り切るという態度だ。
そういう考えにユウも理解を示すものの、ユウとしては何とかしたいと考えている。色々と試して駄目なら諦めるが、それまではやれるだけやってみたいというわけだ。
牛肉の切れ端を摘まんで口に入れたトリスタンがユウに尋ねる。
「で、昼からはどうするんだ?」
「とりあえず冒険者ギルドに行ってみようと思うんだ」
「それで獣人のことを聞くと」
「獣人そのものについては前にある程度聞いているから、今回は敵対的な野獣の山脈の獣人以外、野獣の森の獣人について尋ねようと思っているんだ。それと、町で見かける獣人なんかについてもね」
「町にいる連中は傭兵になった獣人だったか。前にそんな話を聞いたな」
「それもまとめて冒険者ギルドで聞いてみるんだ」
「わかった。それじゃ昼からはそうしようぜ。どうせ俺たちみたいな冒険者は田舎道を進まないと旅をできないんだ。森の方に行くのもいいかもしれん」
自分の相棒が今日の方針に賛意を示してくれたことをユウは喜んだ。
食事を終えると2人は酒場を出てプラウンの町にある冒険者ギルド城外支所へと向かう。途中、人に道を聞きながら進んでいると獣人の姿をたまに見かけた。先日の高原での戦いを思い出してしまうが何でもない態度を装う。
石造りの無骨な建物を見つけると2人は中に入った。室内には冒険者がちらほらといるが獣人の姿はない。屋内を眺め終わると、ユウはトリスタンを伴って受付カウンターの前に立った。そうして受付係に話しかける。
「昨日、野獣の山脈を越えてこの町にやって来た冒険者のユウです。いくつか聞きたいことがあるんで質問したいんですが、良いですか?」
「何を知りたいんです?」
「最初に、荷馬車か隊商の護衛の仕事について聞きたいです」
「この町からだと、冒険者に回せる護衛の仕事は野獣の山脈方面に向かう依頼だけですね。あちら側だと獣や魔物が多いから依頼には困らないんですよ。反対側の豊水の川へ向かう隊商や荷馬車の護衛の仕事は傭兵が担当していますから、冒険者にはありません。それと、野獣の森へと向かう隊商や荷馬車の護衛については原則として獣人が担当しますから、人間の護衛はほぼいませんね」
「森の方は獣人が担当するんですか」
「そうです。襲ってくる中にはたまに獣人もいますから、人間だと対処が難しいんですよ」
「だったら、どうして野獣の山脈方面の依頼が人間の冒険者に回ってくるんだ?」
「獣人たちがあまり行きたがらないからですよ。野獣の森やその周辺の平原からあまり離れたがらないんです。中には引き受けてくれる獣人もいますが」
横から口を挟んできたトリスタンの質問にも受付係は丁寧に答えた。それを聞いたトリスタンが小さくうなずく。この町から北で獣人の姿をほとんど見かけない理由がわかった。
ユウは質問を続ける。
「山脈にいる獣人は人間に敵対的で、それ以外は友好的だって聞いたんですけれど、本当なんですか?」
「森と平地の獣人は昔から人間と付き合いがあるから慣れているというのが大きいですね。あと人間は取引相手だという認識が強いです。商売相手といいますか」
「ということは、利益にならないと敵対的になるんですか?」
「そこまで極端ではありませんよ。相手にされないくらいです。ただ、野獣の森は獣人の縄張りですから、あの中で下手なことをすると生きて出られません」
「あれ? そうなると、傭兵になっている獣人はなんのために外へ出ているんですか?」
「出稼ぎですよ。人間と付き合うようになって金と物のやり取りを始めて以来、あっちにも貨幣が浸透してきてるんです。その結果、必要な物を買うためにね。それが軟弱だと言って嫌う獣人もいるのは確かですが」
「ああ、山脈に住む獣人は人間が貧弱だって嫌っていると聞いたことがありますけれど、あれもそういうことですか」
「そうです。山側に住む獣人は特にその傾向が強いですね」
前に聞いた話と重なる部分があってユウは安心した。他にも獣人について聞けるだけ聞き出す。前に聞いた話であっても素直に耳を傾けた。
次いでユウは再び仕事の話に戻す。
「僕たちここから西方辺境へ行きたいんですけれど、このまま西に進むと都会の地域になって冒険者の仕事が少なくなりますよね。ですから、冒険者でも仕事をしながら西に行く方法があったら教えてもらえますか?」
「西方辺境? ここからですか? それはちょっと。ああでも、このまま豊水の川方面に向かっても冒険者の仕事が減るのは確かですね。行くとしたら、ここから北西に向かって野獣の森を抜けてコンティの町で船に乗るか、南にある大鳥の湖経由で竜鱗の山脈沿いに西へ向かうかでしょうね」
「え? ここから南に竜鱗の山脈があるんですか?」
「かなり遠いですよ? ここからだと何ヵ月もかかりますからね。それを考えると、一旦海に出る方が現実的かもしれません」
懐かしい地名を聞いたユウが思わず目を見開くが、受付係のお勧めは反対方向だった。それでも気になっている野獣の森へと入れるのならばむしろ願ったりだ。
若干顔を明るくしたユウは更に尋ねる。
「野獣の森方面の護衛は獣人が引き受けているんですよね。でしたら、護衛兼人足か人足の仕事はどうですか?」
「護衛兼人足の仕事でしたらあるかもしれませんね。ちょっと探してみます」
断りを入れた受付係が受付カウンターから離れた。その背中を見送るとユウはトリスタンへと顔を向ける。
「話の流れが良い感じになってきたね」
「まったくだ。まっすぐ西に行けないのは残念だが、仕事がないのなら仕方ないさ」
「ところで、今僕たちが使っているルゼンドの硬貨ってどこまで使えるのか聞かないといけないよね。この町ではまだ使えるけれども」
「そうだよな。野獣の森から先は使えないってことになると困る。そうなると、ここから先の報酬はこの辺りの通貨でもらわないといけないな」
今のところうまく使い切っている各国の通貨だが、今は大陸北部の通貨を多めに持っている状態だ。これから先の状況によっては何とか交換する必要があった。
そんなことを2人で相談していると受付係が戻ってくる。
「何件か依頼がありましたのでお伝えしましょう」
「あ、僕たち文字が読めるのでその書類を見せてもらえば選びますよ?」
「読み書きができるのですか。珍しいですね。それではどうぞ」
意外そうな顔をした受付係からユウは何枚かの羊皮紙を受け取った。それをすぐにトリスタンへと手渡し、自分は受付係に向き直る。
「ひとつ質問が増えたんで質問させてください。僕たちは今ルゼンド帝国の硬貨を持っているんですが、これって野獣の森でも使えますか?」
「ルゼンド帝国の通貨が使えるのは豊水の川辺りの町までですね。野獣の森では使えません。ただ、その奥にあるコンティの町でなら確か使えたはずですよ」
「え、コンティの町では使えるんですか?」
「あそこの港町は大陸北部の港町と交易していますから使えるはずです。ルゼンド帝国にも港があったはずですから」
「はい、確かにありましたよ。僕たちその港のひとつに行ったことがありますから」
「そうですか。そのまま船で西に向かわなかったんですね」
「まぁ色々ありまして」
結果論になるが、受付係の指摘する通り海路で西に向かった方が確かにずっと早かった。しかし、あのときにはあのときの事情があったのでユウとしては仕方がないと思っている。その事情を周囲の人々が聞いて納得してくれるかはわからないが。
ともかく、コンティの町に行けば手持ちの通貨は再び使えることが判明した。それならば道中は現地通貨で報酬をもらいつつ旅を続ければ良い。金銭の都合はこれで何とかつきそうだ。
不安が解消されたユウはトリスタンの手に持つ依頼票へ目を向けた。後はどの仕事を引き受けるか選ぶだけだ。
ここからしばらく、2人は羊皮紙を見ながら話し合った。




