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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ
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大陸西部へ

 山越えをした旅芸人一座はディストの町で3日間休養した後、次の町を目指して出発した。いつもの通り商売人の荷馬車に紛れて街道を進む。ここから先は高原地帯から平地へと向かうため視界が良い。


 先へと進むに従って視界は低くなり、それに伴い下り坂の傾斜も緩やかになっていく。3日目の昼頃にはついに地面は平らになった。この瞬間、旅芸人一座はモーテリア大陸西部へと本格的に入ったのだ。


 それはユウとトリスタンも同様だった。特にユウは故郷を出て以来の大陸西部である。実際には同じ西部でも正反対の場所なのでまだまだ先は長い。しかも同じ西部でも西方辺境はまた別地方扱いだ。それでも同じ西と付く地域にやって来たことにユウはうっすらと特別な何かを感じる。


 一方、初めて大陸西部にやって来たトリスタンはいつも通りだ。当人にとっては初めての場所であり、今まで訪れた場所との差異はない。ただ、仲間の故郷に一歩近づいたという認識はあるようで、平地に入ってからユウへと声をかける。


「いよいよユウの故郷に近づいて来たな」


「そうだね。高原を通り抜けた後だから特にそう感じるよ」


「ユウが旅を始めてどのくらいになるんだっけ?」


「17歳の新年に町を出たから、もうすぐ5年になるのかな。このまま進んで帰れたら5年ぶりの帰郷になるはず」


「微妙だな。長いと言えば長いが、それほどでもないように思える」


「たぶん何かしら変わっているとは思うけど、そこまで大きく変化はしていないように思うんだよね。みんなどうしているかなぁ」


「そうなると、俺が旅を始めてそろそろ3年になろうとしているわけか。結構あちこち回っているんだな」


「僕の5年は微妙だって言ったくせに、自分の3年は長そうに感じるんだね」


「自分の3年は思い返すことが色々あるからな。他人の5年は見えている部分が限られているから大した長さには感じないんだよ」


 肩をすくめるトリスタンにユウは不満そうに目を向けた。しかし、何も言わない。確かにその通りだからだ。


 2人で今までの旅のことを振り返っていると、話を聞きつけたアデラが加わってくる。


「そういえば、2人って大陸の端を回ってきたんだっけ。3年や5年で行けるものなの?」


「たまにひとつの町で長く滞在することがあるから、単に回るだけだったらもっと短い時間で済むよ。そうなると路銀が不安になるから余裕のない旅になりそうだけれど」


「そうよねぇ。でも、前にも聞いたけど、そんなにいろんな所を巡って楽しい?」


「僕は楽しいかな。世の中のいろんな所を見て回りたかったから」


 興味があるようなないような今ひとつの反応を見せるアデラにユウは苦笑いをした。大抵の人が見せる反応と同じだからだ。同意してもらえることが少ないことに少し寂しさを覚える。


 ベッテと話を始めたトリスタンの隣からエドウィンがユウに顔を向けてきた。興味ありげに質問を投げかけてくる。


「それで、我らが大陸北部はどうだったかな?」


「面白かったよ。街道を行くときはどこも同じかなと思ったけれど、雪が降ると全然別世界になって歩くだけでも大変だった。初めて雪靴(スノーシュー)なんて使ったけれど、歩きにくいよね、あれ。他にも、サルート島に渡って魔塩の山脈に行って塩の山を見て驚いたし、冬の森で発見された遺跡に入って探検できたのも面白かったな」


「ほう、あの塩の島に行ってきたのかい。本当にいろんな所へ行ったんだね。それじゃ、大凍の砂漠は?」


「そこは知らない。行ったことはないよ」


「全部じゃないのか。それでも、色々と回っているようだね」


 何やら満足そうにうなずくとエドウィンは笑顔を見せた。地元を観光してもらって喜んでいるようだ。実際には命懸けの場面が多々あったのでのんきに巡っていたわけではないため、ユウは苦笑を返した。


 更にフィンも交えてユウはしゃべりながら街道を進む。そうして数日後、ついにプラウンの町へと到着した。




 夕方、街道を進む旅芸人一座の荷馬車は町の郊外に差しかかった。周囲の原っぱには他の荷馬車が点在している。町の中央にある程度まで近づくと旅芸人一座も原っぱに乗り込んだ。しばらく進んで停車する。


 御者台から降りてきた座長のカールが芸人たちの前にやって来た。全員の顔を見ると口を開く。


「みんな、よくここまでついてきてくれたね。今回は特に大変だったけど、全員無事に大陸西部までたどり着けて私は嬉しい。ユウ、トリスタン、今までありがとう。きみたち2人がいなかったら、私たちはここまでたどり着けなかった。改めて礼を言うよ」


 全員が注目する中、ユウとトリスタンは座長のカールにうなずいた。報酬の特殊さに驚いた2人だったが、依頼を完遂できたことで笑顔を浮かべている。


「さて、この町での滞在は3日間で興行はしないよ。次の町でやる予定だから、今のうちにしっかりと羽を伸ばしておいてもらいたい。ユウとトリスタンとはここでお別れだ。アデラとベッテは今日1日2人についていってくれ」


「いいわよ! さぁ、ユウ、行くわよ!」


 座長の言葉に元気よく反応したアデラがユウの手を引っぱった。


 そんな楽しげなアデラにユウが少し困った表情を向ける。


「先に荷物を取りに行かないと。ちょっと待ってて」


「しょうがないわね。早く戻って来てよ」


 手を離してもらったユウはトリスタンと共に荷馬車の裏手に回った。荷台から背嚢(はいのう)を引っ張り出すと背負う。


 そのままアデラの元へ向かおうとすると他の芸人から別れの挨拶を受けた。道中の護衛や興行中の警備について礼を述べられ、組み手の披露についても褒められる。


 芸人全員と挨拶を交わした2人はアデラとベッテの元に戻ってきた。そこでようやく4人揃って歓楽街へと向かう。このとき、アデラがユウの腕に自分の腕を絡めてきた。


 戸惑うユウにアデラが笑顔を向ける。


「最後なんだからいいでしょ。恋人同士みたいで」


「ああ、うん」


「ほーら、また照れてる。戦ってるときと違って、こっちは本当に全然よねぇ。かわいい」


「嬉しくないなぁ」


「嫌だったらもっと堂々としなさいよ」


 意地悪な笑みを浮かべたアデラにいじられたユウが情けない表情を顔に浮かべた。反論したいがうまくできないでいる。同じようにベッテと腕を組んでいるトリスタンが何でもなさそうにしているのとは対照的だった。


 歓楽街に差しかかるとベッテが以前入ったことのある酒場へと4人で入る。ほとんどの席に客が座っていたが、テーブル席がひとつだけ空いていたのでそこに座った。


 給仕女に注文を終えると全員一息つく。料理と酒を待っている間も雑談は続いた。


 テーブルに両肘をついたアデラがため息をつく。


「2人に護衛されながらの旅もついに終わりなのよねぇ。なんだかあっという間だったわ」


「振り返ってみると色々あったわよね」


「ホント! こんなに長く1人の人の専属になるなんて初めてだったわ!」


 笑顔を向けられたユウは何とも言えない表情を浮かべた。どう反応すれば良いのかわからない。ちらりと相棒に目を向けると曖昧な笑みを浮かべていた。


 料理と酒が運ばれてくると4人ともまずはそれに手を伸ばす。今回は最後ということでユウとトリスタンが女性陣2人をごちそうしたので、アデラとベッテは上機嫌だ。


 ある程度食べて食欲が落ち着くと、ベッテがトリスタンに問いかける。


「私たちはこれから更に西へ行くけど、そっちも同じなのよね?」


「最終的には西の果てに行く予定なんだが、まっすぐ行くかはまだ決めていないな」


「あらそうなの?」


「ここから西は魔物があんまり出ない地域だから冒険者の仕事が少ないはずなんだ。そうなると路銀を稼ぎながら進めなくなってしまう。だから、ちょっと考えているんだ」


「冒険者も大変ね」


「ユウ、実際のところどうするか考えているか?」


「この酒場に来るまでに獣人を見かけたでしょ。あれで、この町の北西にある野獣の森に行ってみようかなって考えているんだ」


「なんでまた?」


「高原で狼の獣人と戦ったことに思うところがあってね」


 多少面食らった様子の相棒にユウは言葉を返した。


 そんなユウを見てアデラが口を開く。


「そっかぁ、それじゃ、ユウたちとは本当にここでお別れなのね。道が同じなら一緒に行こうと思ってたのに、残念」


「またいつかどこかで会えるかもしれないよ」


「そうね! それじゃ、今夜は最後だから、たっぷりとかわいがってあげるわ!」


「僕のセリフだよね、それ」


「ふふん、やれるもんならやってみなさいよ!」


 挑戦的な表情のアデラにユウは半目で返した。男の威厳などあったものではない。


 その後も4人は夕食をいつも通り楽しんだ。そして、今まで通り連れ込み宿へと向かう。


 こうしてユウたちは最後の夜を過ごした。

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― 新着の感想 ―
たぶん最後もかわいがられたんでしょうなあ。 大凍の砂漠、気になりますね! ユウがいろんなところ巡りをこの先まだまだ何年も続けるなら、行くこともあるかもしれないですねえ。
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