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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ
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獣との違い

 度重なる獣や魔物の襲撃で損害を受けた山越えの一行だったが、今までの脅威は外からのものばかりだった。外敵から身を守るために集まったのだから当然だろう。


 しかし、2台目の荷馬車を失ったところで集団内に問題が発生した。5日目の野営地で馬をやられて荷馬車を放棄した商売人が、逆に馬だけ残った商売人に馬を貸してくれるよう話を持ちかけたのだ。一旦戻って馬を繋げれば再び荷馬車を動かすことができるので、利益を折半することで損失を補おうというわけである。


 馬だけ手元に残った商売人はこの話に飛びついた。ほぼ全損を被らないといけないところをある程度取り戻せるのだ。この魅力に逆らうのは難しい。


 問題はもちろんある。現在は5日目の野営地から半日進んだ場所にいるため、荷馬車を取りに行くとなると集団から離れる必要がった。つい先程魔物の襲撃を受けたところだけに危険なのは明白だ。更にはこの商売人の2人は護衛を1人ずつ未だに雇っている。つまり、この商売人たちが去ると護衛2人もいなくなってしまうのだ。


 昼休憩の頃にこの問題が持ち上がって集団は紛糾した。安全な場所ならば2人に対してご自由にとも言えるが、危険なこの地域で護衛を2人も連れて行かれるのは厳しい。ただ、同じ商売人だけに損失を少しでも補いたいという気持ちは他の商売人にも痛いほどに理解できた。


 どうしたものかと全員が頭を抱えたが、当の護衛2人が声を上げたことで風向きが変わる。荷馬車を取りに戻るのならば契約を破棄すると言い出したのだ。今後は2人だけで荷馬車を護衛することになるが、集団に所属せず単独での移動は自殺行為だと主張したのである。今まで遭遇した獣や魔物、それに獣人のことを考えると一定の理があった。


 最終的に、護衛の2人は元の商売人との契約を破棄し、護衛に欠員が出た別の商売人と契約することになる。荷馬車を取り戻したい商売人たちは契約違反だと主張したが、結局諦めるしかなかった。


 こうして、6日目の昼食休憩が終わる頃には商売人が2人減った状態で山越えの一行は先に進むことになる。8台の荷馬車が予定通り出発した。




 魔物の襲撃と内輪揉めが立て続けに起こったことで旅芸人一座の雰囲気も微妙に暗いものになった。最後尾の手前を黙々と歩く。


 ユウとトリスタンも黙って歩いていた。しかし、耐えられなかったのかベッテがトリスタンに話しかける。


「あの人たち、大丈夫かしら?」


「どうなんだろうな。今までの様子からするととても助かるとは思えないんだが」


「そうよね。命あっての物種なのに」


「確かあの2人のどっちかは全財産を賭けて臨んでいるって聞いたことがある。だから、このまま次の町に着いても死んだも同然って考えたのかもしれないな」


「ああ、それは」


 何かを言いかけたベッテがそのまま黙った。しばらくの間トリスタンは次の言葉を待っていたが、そのまま何も言わなかったベッテに軽く肩をすくめると顔を前に向ける。


 その直後、エドウィンがフィンに近づいた。それから顔を少し突き出して声をかける。


「フィン、この集団って大丈夫だよね?」


「戦えない商売人が2人抜けただけだから護衛戦力という点は今まで通りだ。あの傭兵と冒険者がこっちに移ってくれて正直助かった」


「良かった。酷いことを言ってる自覚はあるけど、安心したよ」


「戻ると決断したのはあの商売人2人だし、残ると判断したのは護衛の2人だ。それをとやかくいう資格はオレたちにはないが、連中をどう思うかは自由だろう」


 少々硬い表情でフィンが自分の考えを披露した。確かにその通りだとエドウィンが表情を和らげる。その足取りは幾分か軽くなったように見えた。


 夕方になると山越えの一行は野営の準備を始める。荷馬車を停めると夕食の準備をする担当者以外は割と手が空いていた。


 そんな中、座長のカールがフィンに声をかける。


「フィン、腕の調子はどうかな?」


「もう大丈夫だと思います。昨日獣人が襲ってきたときも戦えましたし、夜の見張り番にも立てます」


「それについては今回あの2人に任せようと思うんだ。それより、フィンはこっちに残って万が一のときはみんなを守ってもらいたい」


「わかりました。そうします」


 話が終わったカールが御者台へと戻って行った。フィンは他の芸人と話を始める。


 その様子を見ていたアデラがユウに顔を向けた。言いにくそうにしながらも口を開く。


「ユウ、あれっていいの?」


「仕方ないと思う。フィンは一座の芸人なのに対して、僕とトリスタンは山越えまでの関係だから。それに、フィンは怪我が元で傭兵を引退したんでしょ? ということは体のどこかが悪いだろうし、そんな状態で見張りをしても危ないだけだよ。相手が獣人だったら特にね」


「そう。ユウなら大丈夫なの?」


「倒すのは難しいけれど、防戦するなら何とかかな。トリスタンと2人だったら倒せると思う。たぶんだけれど」


「そこは絶対って言い切りなさいよ、もう」


「ごめん。でも、嘘をつくようであんまりそういう言い方はしたくないんだ」


 苦笑いしながらユウは言い訳をした。今のところ獣人との戦いに関してはまだ自信が持てないでいる。昨日の戦いを思い返して小さくため息をついた。


 用意された夕食を腹の収めたユウとトリスタンはすぐに横になる。最初は意識していた周囲の喧騒も次第に気にならなくなっていった。


 この日の夜の見張り番は明け方なので、何もなければ睡眠時間は充分に確保できる目算だった。願わくばそうあってほしいと思っていたユウだったが、そんな願いはあっさりと破られてしまう。


 悲鳴や怒号に混じって獣人という言葉を耳にしたユウは目を開いて起き上がった。既に日は暮れているので視界は悪い。篝火(かがりび)の明かりでどうにか周囲の様子がわかる程度だ。


 立ち上がると同時に周囲に目を向ける。どこも混乱していた。見張りは突破され、野営地の中にまで入り込まれている様子が窺える。昨日もこんな感じだったのかと内心で首を傾げた。


 同じく起きたトリスタンの奥、御者台のすぐ側に芸人たちが固まっているのをユウは知る。アデラとベッテ、エドウィンにカールなどの姿が見えた。その前にフィンが剣を持って立っている。


「ユウ、打って出るか?」


「もう野営地が乱戦状態だからじっとしておこう。どうせこっちにも、来た!」


 相棒に問われたユウが答えていると狼の獣人が姿を現した。あの直立歩行する狼のような姿の敵が襲いかかってくる。しかも2体だ。


 ユウとトリスタンが1体を引き受け、もう1体をフィンが相手にする。しかし、フィンは最初から圧倒的に劣勢に陥った。明らかに倒されるは時間の問題だ。


 まずは自分たちが1体倒してから助けようと考えていたユウはその方針を捨てた。フィン1人では時間稼ぎもできない。


「トリスタン、フィンを助けて! こっちは僕が相手をする!」


「わかった!」


 離れて行く相棒を尻目にユウは目の前の狼の獣人と1対1で戦い始めた。昨日の状況とまったく同じなら結果は同じだっただろう。しかし、見張りをしていた場所とは違い、周囲に荷馬車があって背後に守るべき芸人たちがいるために動きが制限された。そのせいで狼の獣人の攻撃が避けきれない。


 何度目かの攻撃を仕掛けられたとき、荷馬車近くに追い込まれて避けきれなかったユウは狼の獣人の爪を左の二の腕に受けてしまった。致命傷ではないが出血する。


 狼の獣人が何となく楽しげな雰囲気になったのを感じ取ったユウは奥の手を使うことにした。左手で腰から玉をひとつ取り出して握る。そうして狼の獣人を挑発した。


 飛びかかってきた狼の獣人と自分の間にその玉を放り出したユウは、横に飛び退くと同時に右手の槌矛(メイス)で叩き割る。


 荷馬車などでユウの行動が制限されるのならば、それは狼の獣人にもある程度同じだった。悪臭の広がる範囲から逃げ切れなかった狼の獣人がその臭いを吸い込んで悶絶する。


 そんな狼の獣人に近づいたユウは振り上げた槌矛(メイス)をその頭に思い切り叩きつけて倒した。


 自分も悪臭に顔をしかめながらもユウが相棒へと顔を向ける。すると、あちらにも微妙に影響があったらしくフィンやもう1体の狼の獣人共々ユウに目を向けていた。


 さすがに3対1なら勝てると思ったユウだったが、当の残った狼の獣人が遠吠えをしながら引き上げていくのを見て呆然とする。それを境に野営地での戦いは急速に終わっていった。


 こうして、獣人の2回目の襲撃は終わる。旅芸人一座の芸人たちは1ヵ所に固まっていたのですぐに無事が確認できた。今回もうまく切り抜けられたことをユウはトリスタンと共に喜ぶ。


 ただ、どの芸人からも微妙な表情を向けられるのがユウには何となく納得いかなかった。

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― 新着の感想 ―
大ピンチを無事切り抜けたのは悪臭玉のおかげなのになあ〜
悪臭玉強すぎて草 これが何で一般的に携帯されないのかが不思議でならない
大金星なのに微妙な反応で可哀想w
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