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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ

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知恵のある獣(後)

 狼の獣人に襲撃された翌朝、山越えの一行は被害を確認する。傭兵や冒険者は3人死亡し、1人が重傷を負った。これで護衛の4分の1を失ったことになる。一方、荷馬車の直接的な被害はなかったものの、馬がやられたために動かせなくなったものが1台あった。ちなみに、旅芸人一座は幸いにも全員無事で荷馬車も馬も無傷だ。


 昨晩を切り抜けた座長のカールが明るい調子でユウとトリスタンに声をかける。


「昨日はご苦労だった。おかげで被害なしだったよ。この調子でこれからも頼むね」


「頑張りますけれど、護衛の人数が4人も減ったのは困りましたね。夜の見張り番に余裕がなくなりましたから」


「俺は昨晩襲ってきた狼の獣人がまた襲って来ないか気になるけどな」


「それは私もだよ。確か、獣人を1匹倒したんだったよね。それを恨んでいなけりゃいいんだけど」


 トリスタンの指摘にカールが表情を曇らせた。


 その点についてはユウも気にしている。犠牲に見合った戦果を上げたと退いた狼の獣人たちが思ってくれれば良いが、そうでなければ襲撃を繰り返すのは間違いない。そうなると、どちらかが全滅するまで戦うことになる。それはどうにかして避けたかった。


 座長との会話が終わるとユウとトリスタンは朝食を食べ始める。


「トリスタン、狼の獣人はどうだった?」


「とにかくすばしっこかったな。あれが一番厄介だった。力が強いというのも嫌だったが、こっちの攻撃が全然当たらないのがなぁ」


「噛み付きも引っ掻きも受けたらその時点で終わりだよね、あれは」


「俺もそう思う。いかに連中の攻撃を避けながらこっちの一撃を当てるかだな」


 人間や魔物の相手とはまた勝手が違うことにユウとトリスタンは頭を悩ませた。人間並の知恵があって魔物並みの体力があるのだから厄介だ。


 戦いに関する話を2人がしているとフィンが近づいて来る。


「2人とも、昨日はよく生き残れたな。獣人が襲ってきたときは見張り番はやられちまうことが多いのに」


「気を張り詰めていたら何とかなる、って言いたいんだけれども、気配を殺して近づいて来るから厄介だよね」


「その辺りはさすがは獣じみた連中だからお手の物なんだろう。やられるこっちはたまったものじゃないが。2人はどうやって連中に気付いたんだ?」


「僕は目だよ。他の動物と同じで暗い中でも目がぼんやりと光っていたんだ。それがちらりと見えたから気付けた」


「音は本当にしなかったよな。あれはかなり怖かったぞ」


 昨晩のことを思い出したらしいトリスタンが身震いをした。気付いたらすぐ近くまで迫られていたなんてことになれば死は避けられない。にもかかわらず人間の感覚では捉えにくいのだから困ったものだ。


 3人で話をしていると更にそこへエドウィンがやって来る。少し疲れた様子だ。最初にトリスタンが声をかける。


「エドウィン、どうしたんだ? 随分と疲れているように見えるが」


「昨日獣人に襲われただろう? あれから眠れなかったんだ」


「寝不足か。怖がるのは仕方ないが、昼間歩くのに支障が出るぞ」


「わかってるんだけどね。こればっかりは何度経験しても慣れないよ。ああ、そうそう。フィン、昨日はありがとう。おかげで助かったよ」


「1体こっちに来たからオレもひやりとした。でも、すぐに退いてくれて助かった」


 軽業師と元傭兵の話から、戦いの終わりの方で旅芸人一座のところにも狼の獣人がやって来ていたことをユウは知った。昨晩は意外に危なかったわけだが、見張り番に就いているとどうにもできない。その点を不安に感じた。


 朝食が終わると山越えの一行は野営地から出発する。護衛を失った荷馬車は中央に寄せられたことから、旅芸人一座は順番が後方のひとつ手前に変更された。


 この頃になると徒歩の芸人たちの口数はめっきりと少なくなっている。山道を歩いて疲れが溜まってきていたり獣や魔物の襲撃を恐れたりしているからだ。


 ただ、悪いことばかりではない。日程の半分を過ぎたこの辺りからは同じ坂道でも下り坂になる。これはいくらか芸人たちの心を慰めた。


 そんな中、ユウはふとアデラに目を向ける。すると、アデラからも目を向けられて視線が合った。さすがに疲れているように見える。


「アデラ、つらそうだね」


「顔に出てる? まぁ結構ね。昨日獣人が襲ってきたのが気になるのよ。また襲われるかもしれないんでしょ?」


「そうらしいね。僕が獣人を見たのは今回が初めてだから、本当にそうなのかはわからないんだ」


「確かそんなことを言ってたわね。でも、ちゃんと守ってよ?」


「うん。荷馬車のところにいるときは守るよ」


「だから、そういうときは絶対に守るって言い切らなきゃいけないでしょうに」


「ああ、そんなこと言っていたね」


「もう。これは先が思いやられるわ」


 ため息をついたアデラを見たユウは力なく笑った。何の先が思いやられるのかはわからないが、まだ道のりは遠いらしい。


 こればかりは慣れないとユウは首を横に振った。




 お互いに励まし合いながら山越えの一行は街道を進んだ。すると、朝の間にまたもや魔物と遭遇する。岩熊(ロックベア)だ。


 突進する岩熊(ロックベア)を見た一行は緊張した。可能ならば逃げ切りたいが何台もの荷馬車が連なっていては思うように動けない。


 護衛の者たちが荷馬車を守るべく迎え撃とうとする。しかし、突進してくる岩熊(ロックベア)と真正面からぶつかるわけにはいかなかった。結果、先頭を進む荷馬車に突っ込まれてしまう。


 ユウとトリスタンが駆けつけたときにちょうどその光景を目の当たりにした。大きな衝撃と共に荷馬車が揺れるのを見る。


「うわっ、あれって大丈夫なのかな?」


「さぁな。ぼろい荷馬車だと危ないかもしれないぞ。ともかく、ここから仕事だな」


 つらそうな表情をしたユウは顔をしかめたトリスタンの言葉にうなずいた。こういう硬い魔物相手だとユウは活躍できるのだ。


 ここからは打撃系武器を持つ者たちを中心に岩熊(ロックベア)との戦いが始まった。魔物の周囲を囲んで意識を逸らせては反対側から殴りつけるということを繰り返す。途中で怒った岩熊(ロックベア)が無秩序に暴れるが、そのときは一旦下がって様子を窺った。これを何度も繰り替えて徐々に岩熊(ロックベア)を弱らせて、最後にとどめを刺すのだ。


 戦いが終わると歓声が上がった。危機が去ったことから全員が喜ぶ。


 もちろんユウも喜んだ。周囲の護衛たちと健闘を称え合う。そうして相棒であるトリスタンを探すために周囲へと顔を巡らせた。


 それはほとんど偶然だった。何気なく視界に入った違和感が気になったので野獣の山脈側へと目を向ける。すると、岩陰からこちらを伺う狼のようなものを1体見かけた。いや、とすぐに考えを改める。あれは狼の獣人だ。


 その影はすぐに岩陰の向こうに消えた。一瞬錯覚だったのではとユウは思ったが(かぶり)を振る。見間違いではない。


 ため息をついたところでユウはトリスタンに声をかけられる。


「ユウ、どうした?」


「あそこの岩陰から狼の獣人がこっちの様子を窺っているのを見たんだ」


「今はもういなさそうだな」


「さっき隠れたから見えないよ。たぶんもうどこかへ行っただろうね」


「昨日襲ってきた奴らかな?」


「そこまではわからないけれど、嫌な感じがするよ」


 確証はなかったが、ユウは昨日襲ってきた狼の獣人の1体だと予想した。もしそうならば、再襲撃の打算をつけているところなのだろう。それどころか、先程倒した岩熊(ロックベア)をこちらにけしかけたのが例の狼の獣人とも考えられた。


 何にせよ、以前まったく油断できない状況にいることになる。どうやら町に到着するまでは安心できないようだ。


 とりあえず当面の危機を脱した山越えの一行だったが、すぐに新たな問題が発生した。岩熊(ロックベア)に体当たりされた荷馬車の後輪の軸と車輪を接続する部分が壊れてしまったのだ。馬が健在でも荷馬車がこれでは動かせない。


 持ち主である商売人の嘆きをよそに人々はすぐさま対処する。一部を別の荷馬車に移してから、当の壊れた荷馬車を街道の脇に寄せて放棄したのだ。馬を荷馬車から外してやると持ち主である商売人に手渡す。その商売人はすっかり気落ちしていた。しかし、同情はしても必要以上にはしない。未だ危険な山中にいるのだ。次は自分の番にならないよう急がないといけない。


 ユウは岩陰に狼の獣人の姿を見たことを周囲の護衛に伝えた。すると、全員が昨日の襲撃を思い出し、再び襲ってくることを確信する。それがいつかは不明だが、このまま引き下がるとは誰も思わなかった。


 馬だけになった商売人を先頭から外し、山越えの一行は先を急ぐ。今回の旅路は毎日襲撃を受けているが、これは人外の街道をよく知るものからしても明らかに多い。まるで狙われているかのようだ。


 誰もが今回の旅路を不幸だと感じていた。

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