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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ
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知恵のある獣(前)

 初日は割と坂が急斜面だった人外の街道だが、2日目以降は勾配が緩やかになった。おかげで歩くのがかなり楽になる。


 しかし、それは同時に獣や魔物からの襲撃も受けやすくなるということだ。野獣の山脈からやって来る腹を空かせた者どもが人間を狙う。


 初日に崖鹿(クリフディア)に襲われた山越えの集団は2日目の昼に岩蜥蜴(ロックリザード)に襲われた。大きさが約2レテムで表面上の皮膚は岩のようなざらついた肌をしているこの蜥蜴の魔物は大きさの割に動きが俊敏なので厄介だ。攻撃方法は噛み付きだけなのだが、顎が強いので噛みつかれると人間なら簡単に食いちぎられてしまう。革の鎧程度ならないのと同じだ。


 それでも多人数で挑めば仕留められる魔物だが、何しろ見た目通り硬いので刃物系の武器は通じにくい。護衛たちが予想以上に苦戦した理由がこれだった。そのため、このときは槌矛(メイス)を使うユウが活躍する。


 魔物の襲撃を退けた山越えの一行だが、それで終わりではない。3日目には岩熊(ロックベア)と遭遇する。体長は2レテム以上の体毛も含めた全身が岩でできた熊の魔物だ。動きは熊よりも鈍いが非常に硬い。一部の冒険者が打撃系武器に切り替えて戦ったが、それでも1体倒すのに苦労する。


 3日目の夕方、野営地で夕食ができあがるのを待つユウとトリスタンは近くの岩場に腰を下ろしていた。その顔には疲労の色が浮かんでいる。


「トリスタン、戦斧(バトルアックス)の刃、大丈夫?」


「ちょっと欠けていたよ。山を越えたら本格的に手入れしないと。こういうとき、ユウの槌矛(メイス)はいいよな。どれだけ殴っても気にしなくていいから」


「おまけに刃物よりも手入れは楽だからね。たまに自分の戦斧(バトルアックス)を手入れしてやり方を思い出さないといけないくらいだよ」


「俺もひとつ買っておこうかな」


「斧系統と同じくらいの値段だから買いやすいよ。大きな町に着いたら武器屋巡りするのもいいかもね」


 笑顔を浮かべながらユウは相棒に自分の武器を勧めた。実際に買うかどうかはともかく、普段目立たない自分の武器が注目されるのは単純に嬉しい。


 山越えの一行は翌日以降も獣や魔物の襲撃を受けた。随分と襲撃回数が多いことにユウは疑問を持ったが、有識者の護衛によると秋になると獣や魔物の活動が活発になるという。つまり、冬に備えて食いだめするためだ。


 襲われる方としてはたまったものではない話を知ったユウだったが、それに関係なく歩を進めた。早く物騒な地域から離れるためにも足を止めるわけにはいかない。


 そうして高原を行く行程も半ばに達した。この辺りだと行くのも引き返すのも距離に変わりはない。そんな場所で一行は野営を始める。


 夕食のスープを口にしながら相棒と雑談をしていたユウにフィンが近づいて来た。元傭兵は木の皿を持ちながら話しかける。


「雪が降る前に山越えできるのは結構なことだが、こうも襲撃が多いと鬱陶しいな」


「毎日だもんね。森側から襲われたことがないのは不思議だけれど」


「あっちは食べる物がたくさんあるからだろう。話によると、山にいる獣や魔物は森に行く途中で見つけた人間を襲うらしいからな」


「何となく納得できる話だね。なるほど、だから頻繁に襲撃を受けるんだ。でもそうなると、まだ姿を見せていない獣人もそんな感じなのかな?」


「いや、あいつらは人間を襲うためにこの辺りに出てくるらしい。撃退しても生き残りがいたらまた襲ってくるから面倒なんだ」


「どうして1度負けたのにまた襲ってくるの?」


「弱い人間に負けたままじゃ集落に戻れないと聞いたことがある。面子の問題だな」


 話を聞いたユウは顔をしかめた。勝手に襲ってきて勝手に恨むなど迷惑極まりない。


 面白くない獣人の話を知った後、ユウは食事を済ませて横になった。今晩もある夜の見張り番に備えてだ。昼間は歩きっぱなしで休めないため、今回の旅ではより一層眠る時間は貴重なのである。


 この日の順番は夜半過ぎだった。日没後しばらくしてから眠りについたユウとトリスタンは充分に眠ってから夜の見張り番に就く。


 篝火(かがりび)のすぐ脇に立ったユウは周囲を見回した。明かりの届く範囲外はまったく見えない。明るい場所から暗い場所に目を向けているからだが、新月の時期が近くてそもそも視界が利かないからだ。弓矢を使ってくる可能性がある盗賊はこの辺りには現れないので遠方から姿を確認されても問題ない。むしろ炎を警戒する獣対策として明るい場所に立った方が良いだろう。


 肌寒い風が緩やかに吹く中、ユウは全身を覆える外套で体を守った。南方辺境で日差し対策として使ったのが始まりだが、今では寒さ対策としても活用している。これはかなり助かっていた。


 何もなければ単に立っているだけで実に暇な見張り番だが、何かあると真っ先に犠牲になる立ち位置でもある。そのため、自分が生き残るためにも異変に敏感でないといけない。


 見張り番についてしばらく、ユウは篝火(かがりび)の向こう側の暗闇を見つめていた。最初は寒いという感想が大半を占めていたが、ふと違和感に気付く。


「あれ、獣の鳴き声がしない?」


 前日までの夜ならば毎晩必ずあった遠吠えなどが一切聞こえなかった。森の中で虫や小動物の鳴き声が聞こえなくなったときの感覚と同じだ。


 しかし、これだけで声を上げるのは躊躇われた。恐らく護衛の傭兵や冒険者は理解を示してくれるだろうが、他の商売人や人足などの戦えない人々はわからない。あらかじめ確認を取っておけばと今になって歯噛みした。


 顔をしかめていたユウは更に警戒を続ける。すると、前方の暗闇に暗く鈍い輝きがうっすらと見えた。赤色と青色が混じったそれはまるで魂魄のように揺れ動く。暗闇で見る動物の目と同じだ。狼に襲撃されたときと一致する。しかし、獣というには意識がありすぎ、魔物というには静かすぎた。


 心当たりがひとつあるユウが叫ぶ。


「襲撃! 獣人が来た!」


 何者という点が間違っていても今は構わないと判断したユウは最も来てほしくない存在について周知した。槌矛(メイス)を持って明かりの届くぎりぎりの場所まで下がる。


 ユウが叫ぶと同時に野営地が騒がしくなった。護衛の者たちが武器を持って襲撃に備える。同時に、暗闇で活動していたものから急に気配を感じるようになり、一気に近づいて来た。


 篝火(かがりび)の明かりが襲撃者の姿を照らしたとき、ユウは一瞬狼だと思う。しかし、それにしては全体の姿が何となく人間にも見えた。前に教えてもらった知識と照らし合わせてそれが狼の獣人であることに気付く。それが1体真正面から突っ込んで来た。


 体を横にずらして噛みつこうとしてきた狼の獣人の口元から逃れたユウだったが、左手の爪に軽く引っかかる。鎧の部分だったので負傷はしなかったものの、引っかかっただけで結構重たい。直撃を受けるのは危険なのを実感する。


 初撃を躱して狼の獣人と対峙したユウはその姿をはっきりと目にした。二本脚で立つ狼という表現は確かに正しく、四つん這いになった姿は狼のように見える。そのため、その牙や爪が鋭いことも一目見て理解できた。


 周囲から聞こえてくる戦いの音を耳にしながらユウは目の前の狼の獣人を見据える。2人で対処するようにと忠告された獣人だが今は周りに誰もいない。1人で何とかするしかなかった。


 じっと様子を窺っていた狼の獣人が動く。人間よりも明らかに速い。


 初撃でその速さを実感していたユウは相手が動くと同時に反応した。再び横に体をずらしつつ、下から斜め上に向けて振り上げた槌矛(メイス)で顎を殴ろうとする。ところが、槌矛(メイス)は狼の獣人の右手ではじかれた。あまり威力が乗っていなかったのは確かだが、それでも素手で対処されたことに驚く。しかも、完全に力で負けていた。


 確かに獣人相手だと1人は厳しいことをユウは理解した。身体能力があまりにも違いすぎる。いつもならばトリスタンと組んで戦えたが、今は別の場所で見張りをしていたのでそれも望めない。


 誰かが来てくれることを期待してユウは持久戦を選んだ。無理をして1人で倒そうとするのは危険だという判断である。護衛対象がいて逃げられない以上、他に選択肢はない。


 ここから先は防戦一方だった。たまに相手の動きを制限するため反撃するが、それが精一杯だ。


 途中で周りはどうなっているのかとユウはちらりと気にした。戦う音はまだ聞こえているがしっかりと確認している余裕がない。


「ユウ!」


 延々と狼の獣人の攻撃をしのいでいたユウに誰かが声をかけてきた。次いで飛びつこうとしていた狼の獣人が横に飛び退くのを目にする。次いでトリスタンが姿を見せた。


 ほぼ同時にユウは狼の遠吠えを耳にする。割と近い。すると、狼の獣人は暗闇へと下がっていった。どうやら退いたらしい。


 一命を取り留めたユウは大きなため息をついた。

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