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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ

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野獣の山脈越え

 野獣の山脈の東端に位置するベモの町の西門から伸びる人外の街道は、そのまま山脈の東側に沿ってモーテリア大陸西部へと続いている。この辺り一帯は山脈ほどではないが充分に険しい高原地帯だ。


 その曲がりくねった道を何台もの荷馬車と徒歩の人々が歩いてゆく。その中には座長のカール率いる旅芸人一座も混じっていた。


 荷物の詰め込まれた荷馬車の御者台に座長と御者が座り馬を操って頼りない道を進む。そのすぐ後ろに所属する芸人と雇われた護衛が続いていた。前後には商売人の荷馬車が連なっており、ひとつの旅の集団を形勢している。


 普段は靴を履いているアデラとベッテはこの山越えのときだけブーツに履き替えていた。そうでないとさすがに山は越えられないのだ。


 その2人の隣にはユウとトリスタンがいる。どちらも体力勝負の冒険者だけあって涼しい顔だ。荷馬車に荷物を置いているというのも大きい。


 崖側に顔を向けたユウがつぶやく。


「町がもうあんなに小さくなったね」


「結構登ったんだな。で、まだ更に登るわけか。9日間で次の町に着くそうだが」


「何もなければって但し書きが付くけれどね。これ、反対側の崖上から襲われたら対処が難しいな。反対側はすぐ崖になっているし」


「集団の真ん中を襲撃されたらたまらないな」


「山賊が出ないのがせめてもの慰めだね」


「それ以上に厄介な連中に狙われる可能性はあるけどな。ここで獣人に遭いたくないぞ」


 地形の峻険さと標高の高さを目の当たりにしたトリスタンが渋い顔をした。山脈内で生活している獣人にとっては自由に動ける場所なのだろうが、人間にとってはかなり動きにくい場所である。獣や魔物とも遭遇したいとは思えなかった。


 戦い方と護衛の仕方について話をしているユウとトリスタンの隣でアデラがわずかに不機嫌そうな顔をしている。


「あーもう、これだから山越えは嫌なのよね。もっと平らだったらいいのに」


「まったくね。誰かこの高原を削り取ってくれないかしら」


 うんざりといった様子のベッテもアデラに同調した。山越えの経験はあるが嫌なものは嫌らしい。


 ちなみに、普段の旅では順番に荷台の後ろに座って休憩することになっているが、山越えのときは使えなかった。坂の傾きのせいで座りづらいからである。肝心なときに使えないと芸人たちはぼやいていた。


 そんな険しい道を丸1日走破したところで野営の準備だ。たまに見かける平らな場所を選んで1泊する。荷馬車は1ヵ所に固めて止められていた。


 何かしらの襲撃を警戒しつつも荷馬車を停めて手の空いた者が夕食の準備を始める。まだ残暑の季節だとはいえ、高原地帯の9月後半はかなり涼しい。温かい食事は欠かせなかった。


 夕飯ができあがるのを待っている間、ユウとトリスタンは他の荷馬車の護衛をしている傭兵や冒険者と夜の見張り番について話し合っていた。人外の街道を使っての山越えが初めての者は2人の他にも幾人かいる。そのため、経験者が注意点などを教えてくれた。山越えの経験自体がないトリスタンはすべて真剣に耳を傾けており、経験のあるユウは初耳の話に聞き入る。


 夜の見張り番の順番が決まった頃、食事の用意ができたとの声が聞こえた。護衛の者たちは三々五々自分の荷馬車へと帰ってゆく。


 2人も旅芸人一座の荷馬車に戻って食事を受け取った。干し肉、黒パン、豆、その他野菜などが入った粥のようなスープだ。ふんだんに入れられた岩塩と少々の香辛料で味付けがされている。


「はぁ。こういう熱いものを食べても汗をかかなくなったなぁ」


「この辺りが高いから涼しくなったっていうのもあるだろうな。これを食べたらすぐに寝ようぜ。真夜中に当番だからな」


「まだ空は少し明るいけど、この辺りはだいぶ暗くなったね。まだ満月の日からそんなに経っていないのに」


「山が月明かりをさえぎっているからな。厄介なもんだ」


 熱いスープをすすりながらユウとトリスタンは雑談を交わした。口の中が熱いせいか、吐き出す息が一瞬白い。


 食事が終わると2人は荷馬車の隣で横になった。荷馬車の中は使えないので地面に直接である。ただし、全身を覆える外套に(くる)まってだ。毛皮の服一式が脳裏をかすめるがすぐに忘れた。


 こういうとき、すぐに眠れて順番が来たときにすっきりと起きられるときがあれば、なかなか寝付けなくて寝不足で見張り番に就くこともある。今回のユウはその中間だった。一応寝ているが何となく起きているような感じがする。


 最初は騒がしかった野営地は気付けば静かになっていた。すると、獣の遠吠えらしき声が耳に入る。これからこんな日々がしばらく続くわけだ。


 誰かに揺り動かされたユウは目を覚ました。見上げると別の荷馬車の護衛をしている傭兵だ。すぐに起き上がって隣のトリスタンを揺り起こす。


「あ~、眠い。行こうか、トリスタン」


「おう。何もないと」


「襲撃! 崖鹿(クリフディア)! うわ!?」


 急報を耳にしたユウとトリスタンは顔を見合わせた。すぐに現場へと向かう。


 先行する傭兵に続くと混乱している現場に到着した。篝火(かがりび)の炎でゆらりと浮かび上がったその姿は立派な角を生やした鹿だ。成人男性の2倍程度の大きさもあるところは狂奔鹿(マッドディア)に似ている。しかし、四本脚のすべての先がまるで杖の先のように細くなっていた。これにより、峻険な崖でもわずかな足場があれば俊敏に移動できるのだ。


 その崖鹿(クリフディア)が今、野営地のすぐ隣である街道上で暴れている。最初から興奮していたのか何かに反応したからなのか不明だが、狭い場所でとにかく暴れ馬のように走り回っていた。


 護衛の人数は充分いるので囲って倒してしまえば良いのだが、場所が狭いのでそういうわけにもいかない。しかも、当たるを幸いに人間を突き飛ばそうとするため近づくことが難しかった。平野とはまったく勝手が違う高原での戦いに全員が苦労する。


 そのとき、護衛の誰かが射かけた矢が崖鹿(クリフディア)の目元付近に命中した。それに驚いた崖鹿(クリフディア)が怯んだところを見逃さずに槍を持つ者たちが一斉に攻撃を開始する。


 後は時間の問題だった。少し離れた場所から数人の槍持ちが急所や腹部を狙ってひたすら突きを繰り返す。やがて弱って逃げようとした崖鹿(クリフディア)をとある護衛が仕留めた。次の瞬間歓声が沸き起こる。


「終わったね」


「俺たち何もしていないけどな」


 手にした自分たちの武器にちらりと目を向けたユウとトリスタンが何とも言えない表情でしゃべった。今回の場合、槌矛(メイス)短剣(ショートソード)ではさすがにやりづらい。なのであえて後方に控えていたのだ。


 2人の感情はともかく、魔物の襲撃は撃退できた。攻撃に参加した護衛は(たた)えられ、特にとどめを刺した者は賞賛される。ただ、最初に声を上げた見張り番は崖下に落ちたらしく、姿が見えなくなっていた。今回が初めての山越えだと言っていた者である。


 翌朝、全員が目を覚ますと出発の準備を始めた。道具を点検する者や朝食を食べる者などの姿があちこちに見られる。


 旅芸人一座の者たちも同様だ。エドウィンは座ってぼんやりとしており、フィンは座長のカールと話をしている。また、ベッテは他の芸人と食事をしながら雑談をしていた。


 小さなあくびをして黒パンに齧り付いたアデラがユウに近づく。


「おはよう。昨日の魔物の襲撃、すごかったわね。大きな鹿みたいなのがあんなに暴れていただなんて」


「僕もトリスタンも出る幕はなかったよ。武器が短すぎたから」


「それは残念ね。かっこいいところを見られると思ったのに」


「焦らなくてもそのうち見られると思う。というか、危ないから隠れていてよ」


「そうね。それが一番だわ。でも、ちゃんとやっつけてよ?」


「もちろん。仕事だからね」


「ダメね。そこはキミのために頑張るよって言わなきゃ」


「えぇ? やることは同じなんだから良いじゃない」


「その辺りはまださっぱりね。そんなんじゃ女にモテないわよ」


 困惑しているユウに対してアデラが肩をすくめて首を横に振った。そこへエドウィンがやって来てアデラから話を聞くと同じような態度をとる。ますます困惑するユウだったが、トリスタンとベッテにも笑われたので味方はいなかった。


 雑談をしながら楽しく食事をしていると座長のカールから出発の準備をするようにという声をかけられる。まだ食べている途中だったユウを始めとした面々は急いで残りを口にした。


 ユウが食べ終わると同時に出発の号令がかかる。立ち上がって背伸びをすると自分たちの荷馬車が動くのを待った。アデラはまだ食べ終わっていない。


 先頭の荷馬車から順番に街道へと復帰していき、旅芸人一座の荷馬車の順番がやってきた。動く荷馬車に合わせて芸人たちも歩き始める。


 ようやく食べ終わったアデラに声をかけながらユウも皆に合わせて前に進んだ。

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