稼いだ金で貢ぐ
旅芸人一座を含めた荷馬車の集団は8日間の旅を経てバステインの町にたどり着いた。ここは交通の要衝であり、モーテリア大陸西部との陸路の玄関口として機能している。同時にこの町はルゼンド帝国の国境近くだ。本来ならば一定数の軍関係者がいるべきなのだが、目立った敵対勢力が周囲に存在しないので駐屯している兵の数は少ない。
人口6千人程度の町の郊外に差しかかると集団はばらけてゆく。カールの一座も同様だ。自発的に集団から離れて荷馬車が原っぱに入る。
荷馬車が停まると芸人たちも立ち止まった。すぐに体を伸ばしたり曲げたりする。
護衛のユウとトリスタンも同じように体をほぐしていた。大きく息を吐き出してユウがトリスタンに声をかける。
「やっと着いたね」
「まったくだ。戦利品をさっさと引き取ってもらって大正解だな。ここから更に市場に持って行って売りさばくなんてやりたくないぜ」
「僕もだよ。これで当面の生活費は困らないから嬉しいよ。山越えした後も安心だね」
「へぇ、だったらあたしに何かごちそうしてよ、ユウ」
驚いて振り向いたユウがアデラを目にした。期待に満ちた表情を浮かべているのを見て顔を引きつらせる。
「あたし、手持ちがあんまり多くないから困っているのよねぇ」
「そ、そう。大変だね。えっと」
「ユウ、これはもう晩飯を奢るしかないぞ。どうせなら気持ち良く奢っておけ」
「う、うん。それじゃ夕飯をごちそうしようかな」
「やった! ありがとう、ユウ! 愛してるわ!」
実に食欲まみれな告白を受けたユウは何とも言えない表情を浮かべた。周囲の芸人たちも苦笑いしている。一方、トリスタンはベッテに約束させられていた。
座長のカールから集合がかかると、この町でも興行することを伝えられる。期間は前と同じ滞在6日間の興行3日間だ。
伝達事項が伝えられるとこの日は解散となる。芸人たちは次々に歓楽街へと繰り出していった。皆の表情は明るい。
上機嫌なアデラとベッテに引っぱられたユウとトリスタンもその流れに続いた。歓楽街に入ると良さそうな酒場を探して中に入る。ベッテが給仕女を呼び止めるとアデラが大量に注文した。
その様子を見てユウはトリスタンと顔を見合わせる。
「どのくらい飲み食いするつもりなんだろうね?」
「限界までなんだろうな。こりゃ覚悟しないといけないかもしれん」
「今日はすばらしい日だわ! いくら食べても飲んでもタダだなんて!」
「本当ね。2人には感謝するわ」
いつもはアデラよりも控えめなベッテもこのときばかりにと笑顔を向けてきた。こうなるともうユウたちは諦めて受け入れるしかない。
注文した品は一往復では足りなかった。給仕女は何度か調理場に戻っては皿とジョッキを持ってくる。とても良い笑顔だ。
テーブル一杯に皿とジョッキが並ぶと夕食が始まる。見た目は宴会が始まったかのようだ。4人とも片っ端から手を付けていった。
幸せそうな顔をしたアデラが機嫌良くしゃべる。
「こういう風にテーブルいっぱいに並べて食べてみたかったのよねぇ!」
「あんたそんなこと言ってたわね。夢が叶って良かったじゃないのよ」
「ホントにね。ありがとう、ユウ、トリスタン!」
「あーうん、良いんじゃないかな」
「そういえば、俺たち自分からこんな食べ方はしたことがなかったよな」
「自分が食べられる分しか頼まないからね、普段は」
「いやぁ、なんか金持ちになった気分だよな。そう考えると悪くないのか?」
考え方を変えて前向きに捉えようとしたトリスタンだったが、どう頑張っても疑問形が限界だったようだ。それでも考えるのを諦めたのか、すぐに食事を再開する。
ユウも注文した以上は食べるしかないのでひたすら手と口を動かした。この4人でテーブル上の皿とジョッキを全部空けられるのか疑問だったが今は胃に詰め込むしかない。
珍しくアデラとベッテがあまりしゃべらずに食べたこともあって皿とジョッキは順調に空になっていった。しかし、後半になるにつれてどうしても手を動かす速度は遅くなる。
そうして落ち着いてきた頃に会話が増えた。アデラとベッテが中心だが、ユウとトリスタンも加わる。最初は香水や流行の話などが中心だった。そこでトリスタンが別の話題に変えようとする。
「そういえば、この町から南の街道は人外の街道って言うらしいな。野獣の山脈の東端を通っているとは聞いているが、どんな場所なんだ?」
「結構大変なところね。延々と険しい道が続くわ。それに、獣や魔物だけじゃなくて人間を嫌う獣人にも襲われることがあるの。でも、あそこしか大陸西部に行く方法がないからどうしようもないわ」
トリスタンの疑問にベッテが答えた。その表情は本当に辟易としたものだ。
そんなベッテにトリスタンが再び尋ねる。
「そんな大変な場所を何度も往復しているのか。よくやるな」
「大陸北部で冬に興行するのは厳しいんですもの」
「だったらずっと西部にいたらどうなんだ?」
「そういう芸人は何人かいたわ。実際に西部から北部に戻るときに別れた人もいる。でも、やっぱり私はここでやりたいのよね。生活があるからあっちにいかないといけないけれど」
「ここが好きなんだな」
「そうね。風土っていうか、人との付き合い方とか、そんなのがね。こっちの方が合ってるのよ。今残っている人たちはみんなそういう人ばかりね」
話を聞いていたユウはそこまでして戻りたいものなのかと疑問に思った。西の果ての故郷に戻ろうとしているユウも似たようなものだが、ユウの場合冒険心があってあちこち見て回っているので少し違うのかもしれない。何にせよ、何も言えなかった。
雰囲気が暗くなってきたところでアデラがユウに声をかける。
「ユウ、あんた、獣人って見たことある?」
「獣人? いや、ないけれど。獣みたいな人ってどんな人たちなの?」
「例えば犬が後ろ足だけで立って、人間と同じように歩いたり走ったりするの」
「動物が二本脚で歩くと獣人になるってわけかな?」
「そうよ。犬や猫の獣人だったら見た目そのままで全身に毛が生えているの。初めて見たときは驚いたわ。それで、とんでもなく体が強いの。人間よりも高く飛んだり走ったりできるし、簡単には傷付かない。怪我をしても動けるし、治りも早いって聞くわ」
「野生の動物並みってことかな」
アデラの説明を聞いたユウが最初に思い描いたのは二本脚で歩く動物だった。そして、身体能力と治癒能力の高さも上回るとなると野生動物しか思い浮かばない。
本当にこの想像で正しいのか自信がないユウはベッテに顔を向ける。
「アデラの説明で正しいのかな?」
「ほぼその通りよ。そんな獣人たちが野獣の山脈では襲ってくるの」
「身体能力が圧倒的に高い獣人と戦うとなると、人間はずっと不利だよね」
「そうね。あんまり人外の街道まで出てくることはないみたいだけど、出てきたら被害はひどいことになるわ」
「野獣の山脈の獣人はどうして人間を襲うの?」
「弱いくせに大きな顔をするかららしいわ。同じ獣人でも大陸西部にある野獣の森に住む獣人はそうでもないんだけど」
「獣人っていろんな所に住んでいるわけなんだ」
「みたいよ。それで、そんな獣人に山の中の街道で襲われたら大変だから、山越えの間はずっと緊張しっぱなしなの」
未だに出会ったことのない種族なので実感のないユウだったが、話の通りだとかなり厄介だということは理解できた。勝てるかどうかという以前に生き残れるかという問題である。とても護衛できるようには思えない。
エールを一口飲んだユウはトリスタンに目を向ける。
「1度冒険者ギルドに行った方が良いかもしれないね」
「そうだな。かなりおっかない連中みたいだし」
「大変なことになってきたなぁ」
「とりあえずこの件は明日だな。今は忘れておこうぜ」
軽く肩をすくめた相棒を見たユウは小さくうなずいた。今ここで深刻に捉えても何もできないのだ。
その後の会話はまた別のものに変わる。内容は最近流行の芝居についてだ。ユウもトリスタンもさっぱりわからなかった。なので、色々と女性陣に教えてもらう。
大量に注文した料理と酒は何とか4人の胃に収まった。ユウとトリスタンはよく食べる方だが、それに負けないくらいアデラとベッテも食べたのは意外だった。しかし、町で踊って街道を歩く2人は肉体労働者だ。食べないとやっていけないのだからある意味当然の結果でもある。
すべて食べきったところで4人は連れ込み宿へと向かった。途中、この町に滞在している間は夕食をごちそうするという約束をすることになってしまう。今晩のことが脳裏にちらついた2人は逆らえなかったのだ。
その分頑張ってもらうということでユウとトリスタンは納得することにした。




