変わらない旅路
旅芸人一座の大陸北部最大の都市での興行は大成功に終わった。大きな祭のない期間で人々が娯楽に飢えていた時期ということもあって、連日大盛況だったのだ。芸人の中にはもうしばらくシパス市で興行したいと言う者もいたが、山越えを考えると長居はできない。そのため、座長のカールは予定通りシパス市を出発すると宣言する。
結局、旅芸人一座は6日間の滞在を終えてシパス市を後にした。今回も商売人の荷馬車と一緒に野獣の山脈を目指す。
次第に遠ざかってゆくシパス市の姿を振り返って見たアデラが残念そうな表情を浮かべた。それをベッテが慰める。
「次の町でも稼げるでしょうからもう諦めたら?」
「あんな稼ぎは帝都じゃないと無理でしょ。次の町はあんなに人が住んでないでしょうし」
「さすがに普通の町でしょうからね。でも、山越えに必要なくらいは稼げたらしいから焦る必要はないわ」
「そうね。また次の機会までの我慢っと」
ようやく諦めがついたらしいアデラが小さく息を吐き出すと表情を切り替えた。そうして別の話題を持ち出す。
「話は変わるけど、いい香水買えて良かったわね!」
「本当ね。さすが大帝国の帝都だったわ。品揃えからして違うんですもの」
「いつも使ってる香水の他に、別のも買っちゃったからお金があんまりないのよねぇ」
「香水はまだ仕事に必要だと言えるけど、あんまり無駄遣いしちゃダメよ」
「わかってるって。今はユウ専用だし、小遣い稼ぎができないもんね」
突然返事に困る言葉を投げかけられたユウは目を見開いた。さすがに顔は赤くなっていないが、いたたまれないことこの上ない。
黙っていると更に何か言われそうな気がしたユウは渋い顔をしながら口を開く。
「アデラ、さすがにその言い方はちょっと」
「いいじゃない。事実なんだし。それともあたしに香水買ってくれる?」
「えぇ、この前買ったばかりでしょ」
「ほしい香水なんていくらでもあるのよ。ユウだって冒険者なんだから、あの武器がほしい、この武器がほしいっていうのはあるでしょ? それと同じよ」
そう言われればそうかなと首を傾げたユウはトリスタンへと顔を向けた。話を聞いていたらしい相棒は苦笑いしている。味方になってくれそうにない雰囲気だ。
結局、ユウはそのまま黙ることにした。アデラは勝ち誇った顔になると再びベッテとのおしゃべりに興じる。この2人は本当によく喋った。
こうしてしゃべっている間にも一行は一歩ずつ前に進んでゆく。旅慣れた者たちばかりなので誰もが平気そうだ。
ユウとトリスタンも声をかけられれば気軽にしゃべる。ただ、だからといって油断しているわけではない。護衛として雇われている以上、特に街道上では異変がないか常に気を配っている。
その甲斐あってか、ユウは3日目の昼頃に怪しい影を地平線上に見かけた。歩きながらその影を凝視する。
「ユウ? 何かあったのか?」
「盗賊らしき人影を地平線上に見つけたんだ。あっちの南東の辺り」
「あー、あれか。馬じゃなさそうだな。歩きか」
「多人数で襲撃されたら厄介だけれど、馬を持っていなさそうなのは朗報だね」
「徒歩の集団狙いっていう線もあるな。さて、どっちなんだか」
南東に目を向けながら相棒と話をしていたユウはフィンに声をかけられた。元傭兵も難しい顔をしている。
「お前も気付いたのか」
「フィン、この辺りに出る盗賊ってどの程度の規模なのかわかる?」
「あまり大したことはないと聞いてるが、今見かけた物見の盗賊団がどのくらいかまではわからん。襲ってくるとなるとある程度の数は揃えてくるんだろうが」
「強さは?」
「手強いと聞いたことはない。だから1人ずつはそこまで怖くないだろう。ただ、弓を扱える奴がいると厄介だ。火矢を荷馬車に撃ち込まれたら対処する人が必要になる」
「徒歩の盗賊となると襲ってくるのは夜だろうから、どこから射かけられるかわからないのが厄介だよね」
「特に今の時期はちょうど新月だからな。何も見えん」
「あっちはこっちの篝火を当てにできるから厄介だよね。獣対策が裏目に出る形か」
フィンがうなずくのを見てユウが渋い表情を浮かべた。獣の襲撃の頻度の方が高いので篝火を点けないわけにもいかない。なかなか困った問題である。
その日の夕方、野営の準備を始める前にユウとフィンは座長のカールに盗賊の影ありという報告をした。この一報は他の商売人たちとも共有し、夜の見張り番のやり方を盗賊襲撃用に変更するなど対策を講じる。襲うとしたら今晩か明晩という共通認識があるため、誰もが手際よく準備をした。
この日の晩、ユウはトリスタンの他に2人の傭兵と見張り番に就く。篝火から少し離れた場所に立ち、南東から東を重点的に見張った。方角を変えて襲撃してくる盗賊もいるが大抵は発見した方角とその近辺から襲ってくることが多い。なので、その方角に意識を向ける。
篝火から離れた場所に立っているユウは盗賊側の初撃が気になった。弓を使われると厄介だ。最初に射かけられたら高い確率で死傷してしまう。
せめて自分の番には襲って来ないようにと願っていたユウだったが、その願いは通じなかったようだ。篝火とユウの間の地面に1本の矢が刺さった。篝火寄りなので射手の腕は良くない。
「盗賊が襲撃してきたぞ!」
ほぼ同時に別の見張りも叫んだことから、ユウは広範囲にわたって盗賊が襲ってきたことを知った。どうやら頭数はある程度揃っているらしいことがわかる。
面倒なことになりそうな予感を抱きつつもユウは槌矛を右手に持って盗賊の襲撃に備えた。篝火の向こう側の闇から多数の足跡が聞こえてくる。思った以上にいるらしい。
乱戦に持ち込んで矢で狙われないようにするため、相手が明かりの範囲内に入ってくるまでは動かない。その間に背後から人の動きがはっきりと聞こえてくる。護衛の傭兵が次々とやって来た。
揺らめく炎が照らす範囲に襲撃者が入ってくる。3人だ。いずれも不潔な風貌に粗末な武具を身につけていた。
それらの姿を目にしたユウは自分も前に出る。今回の持ち場はこの篝火が照らす範囲とその近辺だ。ここで可能な限り襲撃者を迎え撃つ。
先頭の盗賊に狙いを付けたユウは相手の槍を躱すと大きく踏み込んでその頭に槌矛を叩き込んだ。呻きを上げて倒れる相手には目もくれず、脇から突っ込んで来た2人目を迎え撃つ。今度は剣で斬りかかってきた。これは槌矛で剣先をはじいて肩から体当たりをして相手を怯ませ、それからその頭を叩き潰す。その間に3人目は奥へと向かって行った。あれは別の護衛に任せるしかない。
再び正面に顔を向けると今度は襲撃者2人が突っ込んで来た。五月雨式に襲ってくる理由は不明だが、対処できる時間があるのはありがたい。1人を倒すと、もう1人もすぐに片付けた。
こうして暗闇から現れる盗賊をユウは次々に倒していく。3分の1程度には突破されているが、それはあらかじめ承知の上なので後方の味方を信じるしかない。
割と多いなと思いつつも襲ってくる盗賊を倒していると、ついに向かって来る襲撃者はいなくなった。背後を振り向くと戦闘音はほとんどしていない。ただ、徒歩の集団がいる方向からかすかに悲鳴などが聞こえてきた。
翌朝、被害状況を確認すると、結構大規模に襲撃された割には被害がほとんどなかったことが判明する。盗賊の質が悪くてそれほど脅威にはならなかったようだ。ユウが戦っていた感触からしても納得できる結果である。
一方、自分の戦果確認だが、全部で12人倒していた。1人銅貨8枚の特別報酬という契約になっているので銅貨96枚が討伐報酬となる。更に、盗賊の武具が手に入るので別の商売人に買い取ってもらって更に銅貨84枚の追加報酬を得た。日当はないのでこの金銭収入は重要である。
「トリスタン、そっちはどうだった?」
「13人倒したから結構な収入になった。正直助かる。お前の方は?」
「それじゃ僕とほとんど同じだね。盗賊の持っていた武具はかなりしょっぱいけれど、集めたら結構な額になってちょっと嬉しいかな」
「座長が渋い顔をしていたが、これは契約だから仕方ないよな」
後片付けが終わった後、朝食を食べながらユウとトリスタンは笑い合った。カールによると山越え前にこれほどの出費をするとは予想外だったらしい。既にアデラとベッテをあてがっているため交渉することもできないと嘆いている姿を見て苦笑いした。
しかし、全員が無事だったのは良いことである。生きていればまた金を稼ぐこともできるのでカール座長には頑張ってもらうしかない。
出発の準備が整うと一行は再び街道を南に向かって歩く。青空の下、これ以上の襲撃がないことを祈りながら次の町を目指した。




