歓楽街での興行
興行当日、ユウとトリスタンは東門側にある安宿で一夜を過ごした。仕事に疲れを残したくないという理由で3日間はお預けである。
そんな理由で久しぶりに2人で宿を出ると郊外へと向かった。荷馬車の周りからは興行のための準備をする芸人たちの明るい声が聞こえてくる。既に誰もが芸を披露するための賑やかな衣装に身を包んでいた。
思わずトリスタンが声を上げる。
「そういえば、俺たちあいつらの衣装って初めて見るな」
「興行するところを見るのが今回初めてだからね。みんな派手だなぁ」
普段着とは違って目につく衣装をしている芸人たちは立っているだけで目立った。色合いが派手な衣装や奇抜な衣装など様々だ。注目してもらう必要があるので当然だろう。
そんな中でもアデラとベッテは特に目を引いた。男の中に女がいるということもあるが、アデラが赤いドレス、ベッテが青いドレスを着て更に化粧をしていることからひときわ艶やかに見えるのだ。
やって来た2人に気付いたアデラがユウに声をかける。
「やっと来たわね! どうよ、この姿!」
「普段と全然違うよね。こんなに目立つとは思わなかったよ」
「でしょう。でも、他に言うことはないの?」
「え? あー、うん。えっと、とてもきれいだと思う」
「そうでしょう!」
褒められて喜んだアデラが胸を張った。その衣装の奥を思い出したユウは一瞬反応しかけるが急いで忘れる。隣ではトリスタンとベッテが楽しげに話をしていた。
そんな4人に対して座長のカールが近づいて来る。
「おはよう。ユウ、トリスタン、少し話があるんだけど、いいかな?」
「どうしました?」
「今日から3日間興行をするんだけどね、荷馬車は持って行けないからここに置いておくことになるんだ。そこで、どちらか1人は荷馬車にいてほしいんだよ」
「いつも御者をしている人も向こうに行くんですか?」
「いや、もう1人残ってほしいんだよ。たぶん何もないとは思うんだけどね」
話を聞いたユウは今までどうしていたのかと不思議がった。しかし、護衛戦力があるなら有効に使いたいと思うのは当然である。今回の指示もそうなのだろうと考えた。
隣で話を着ていたトリスタンにユウは顔を向ける。
「トリスタン、どうする?」
「興行は3日間だよな。1日ごとに交代するか? で、今日は誰が残るかだが」
「だったら初日の今日と3日目は僕が広場に行くよ」
「わかった。それじゃ今日の俺はここに残るぜ」
「決まったようだね。なら、三の刻になったら広場に行くよ」
これからの予定を聞かされたユウとトリスタンはすぐに当番を決めた。何もなければ実に楽な仕事であり、更に広場だと特等席で芸を見ることができる。悪くない話だ。
三の刻の鐘が鳴るとカールに率いられた芸人たちが移動を始めた。トリスタンを荷馬車に残してユウも続く。
芸人たちは誰もが派手な衣装を身につけているが、もちろんそのまま歓楽街の通りを歩くと目立ちすぎた。そこで、会場となる広場までは外套を羽織っている。それでも顔の化粧は隠せないので人々の注目を集めているが、このくらいは宣伝の範疇だ。
広場に着くと芸人たちは外套を脱いで興行の準備を始める。あまり手間がかからない者は早々に客集めの宣伝に移った。
その間、ユウは広場の端で立って旅芸人一座の様子を眺める。門外漢のユウはここで手伝えることはない。なのであくまで警備役に徹する。
客の呼び込みがある程度終わると座長のカールが前に進み出た。そうして集まった観客に一礼すると口上を始める。朗々としたその声はよく響き、集まった人々のざわめきが収まった。
楽器担当の楽師が音楽を流し始めると興行の始まりだ。カールが芸人を指名して観客の前で芸を披露させる。
最初は軽業師のエドウィンからで、軽快な身のこなしで目の前の人々を驚かせた。飛び跳ねたり転がったり、あるいは道具を使って器用に動き回ったりしていく。その度に観客は声を上げた。一通り芸が終わると拍手が沸き起こる。同時におひねりが飛んできた。手の空いている芸人たちが地面に落ちたそれを次々に拾い、袋に入れてゆく。
次いでジャグリングの芸が披露され、宙に浮く様々な小道具に人々は目を奪われた。芸人がたまに地面すれすれで受け取ると落ちるのではないかと息を飲む。しかし、最後まで落とすことなく手に収めると拍手が起きた。こちらでもやはりおひねりが飛ぶ。
それからもいくつかの芸が観客の前で繰り広げられ、その度の拍手で終わり、おひねりが放られた。ユウが後でとある芸人に聞いたところ、なかなかの収入だったらしい。
どれも斜め後方から眺めていたユウはさすがだなと思った。生業にしているだけのことはあると感心する。
やがてアデラとベッテの出番が回ってきた。赤と青のドレスを身にまとった2人が人々の前に現れて立つ。そうして音楽が流れると2人が舞い始めた。その姿に観客の目が引きつけられる。
警備役として立っているユウもまた2人の舞いを目で追っていた。昨日普段着で練習していた姿を眺めていたが、舞台に立って音楽が流れるとまた違って見える。本当に生き生きとして踊っているのを見るのは楽しく思えた。
美しくも楽しい舞いがついに終わると観客からは大きな拍手が沸き起こる。そうしておひねりもたくさん投げ込まれた。拾うのが大変だったのでユウも手伝ったほどである。鳴り止まない拍手にアデラとベッテが何度も応えた。
そうして次の演目に移る。朝の部最後はフィンの剣舞だ。こちらも音楽に合わせて抜き身の剣を片手に広場の上で舞う。剣の型から発達させたその舞いは非常に力強い。この芸は男性客に好評だ。演舞が終わると拍手が沸き起こり、やはりおひねりが飛んできた。
こうして広場での公演は終わる。最後に座長のカール以下芸人一同が観客の前で並んで一礼すると拍手で締めくくられた。どの芸人も嬉しそうだ。
ようやく興行が一区切り付いたことにユウは肩の力を抜いた。何かあるのではと警戒していたが杞憂に終わる。
三々五々に散ってゆく人々を尻目に芸人たちがいくつかの小集団に分かれて雑談を始めた。どの顔も明るい。
結局立っているだけだったユウは屈伸するなどして体をほぐしていた。そこへアデラがやって来る。
「ユウ、見ててくれた?」
「全部見ていたよ。さすがだね。どの芸もすごかった」
「そうでしょう! どれも一級よ!」
「特にアデラとベッテの舞いはすごかったね。お客の反応も一番良かったじゃない」
「当然! なんたってこの一座の目玉なんだから」
「おひねりの数もすごかったじゃない。あれっていつもより稼げているの?」
「かなりいいわよ。やっぱり大都会は違うわ」
「ところで、これで朝の部は終わったんだよね。次は昼の部だっけ」
「そうよ。昼過ぎ、みんながご飯を食べ終わった頃ね。お腹いっぱいになっていい気分のときにあたしたちの芸を見てもらうわ」
「何も考えずにおひねりを投げ込みそう」
「それを狙っているのよ!」
何ともたくましい話にユウは苦笑いをした。酒が入っているのならともかく、満腹だけでそううまくいくのかという疑問はあったが今は黙っておく。せっかく出だしが好調だったのだ。良い気分に水を差す必要はない。
これなら充分に稼げるだろうなとユウはぼんやりと思った。
朝の部、昼の部、夕方の部と1日の予定をすべて終えた旅芸人一座の面々は広場から離れた。雑談をしながら荷馬車のある場所へと歩いて行くがどの顔も明るい。
上機嫌のアデルがユウに話しかける。
「今日の興行は最高だったわね! お客の反応は上々だし、おひねりも思った以上に投げてもらったし」
「この調子で稼げたら路銀は問題なさそう?」
「ええ、充分よ。もっとしょっぱい反応だったときでも何とかなったんだもの。これだけの反応があれば大丈夫ね! ここだけで山越えのお金を稼げちゃうかも」
「だったら良いんだけれどな。ただ、そうであっても次の町に着いたらまた興行するんだよね?」
「当たり前じゃない。お金なんて稼げるうちに稼いでおかないといけないわ。必要になったときに働き口がないなんて珍しくないもの」
鼻息荒く主張するアデラにユウは苦笑いしつつもうなづいた。本当にお金が必要なときに限って持っていないことも割とある。だから、稼げるうちに稼ぎ、充分蓄えておく必要があるのだ。
別の芸人と話していたベッテがユウに声をかける。
「帰ったらトリスタンにも教えてあげないとね」
「そうだね。明日見ることになるだろうから、大体で良いと思うけれども」
自分の言葉にベッテがうなずくのをユウは見た。今日の興行についての喜びを分かち合うのだ。
やがて郊外に出ると荷馬車が見えてくるとユウは目をやってトリスタンの姿を探した。




