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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ
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興行の準備

 帝都についた翌朝、ユウはアデラと共に郊外にある旅芸人一座の荷馬車へと向かった。町を出発する日とは違うので時間の制約はそこまで受けないのは助かる。


 荷馬車の周りには既に大半の芸人がいた。2人は挨拶をするとその中に混じる。


「おはよう。エドウィン、座長がいないわね?」


「明日の興行の話し合いに行ったんだよ。東門の歓楽街で仕事をするためのね」


「中にある広場だといいんだけどねぇ」


「理想だよね。まぁでも、いきなり明日やらせてくれっていう話になるから、ぼくは郊外になると思うな。荷馬車もあることだし」


「しょーがないか。でも、人は多いから稼ぎは期待できるかな。あ、ベッテ、練習しよう!」


 話を切り上げたアデラが離れた場所にいたベッテへと駆け寄っていった。別の芸人と話をしていたベッテがアデラに気付いて笑顔を向ける。


 それを見送ったユウは周囲にいる芸人たちに目を向けた。そこでふと湧いてきた疑問をエドウィンにぶつけてみる。


「エドウィン、明日の興行の準備はまだしなくても良いのかな?」


「お祭りみたいな本格的な場合はともかく、今回みたいな路銀稼ぎの場合は小道具を持ち出すだけで済むんだ。だから準備はほとんど必要ないんだよ」


「だからみんな練習をしているだけなんだ」


「そういうこと。腕が鈍らないように体を動かしたり新しい芸の練習をしたりと色々さ」


 軽業師からの回答を聞いたユウはなるほどと納得した。引っ張り出す道具はその時々によって変わるらしいことを知る。


 これから練習を始めるエドウィンから離れたユウはその様子をしばらく眺めた。最初に柔軟体操を始めたその姿を見たとき、随分と体が柔らかいと思えたのが印象に残る。戦うときには有利だが当人は喧嘩すらも苦手だというのだから実にままならない。そんな思いを抱きながら見ているとエドウィンがより激しい運動をするようになる。最初は踊るように動いていたかと思うと、側転や宙返りなども始めた。ユウも体は柔らかくなった方だが、さすがにここまで身軽ではない。


 感心しながら独りごちる。


「さすがに軽業師と名乗っているだけのことはあるなぁ」


「だろう? 客として見たときはぜひおひねりを投げてくれよ」


 言葉を耳にしたエドウィンに返事をされたユウは苦笑いした。懐に余裕のあるときは投げ銭をしようと心の内で決める。ここから披露される芸ならばその価値があるように思えたからだ。


 ある程度エドウィンの練習を見たユウは他の芸人たちの様子も窺った。ジャグリングやナイフ投げなど、芸人たちがそれぞれ自分の得意な芸を練習している。


 そんな中、次に目についたのがフィンの剣舞だ。元傭兵の芸人が鞘に入ったままの剣を持って待っている。その姿はユウから見て何となく無骨に思えた。というより、剣の型をなぞっているように見えて仕方ない。恐らくは、剣の型を元に舞っているのではないかと推測した。もう1人相手がいれば迫力が出るのではとも思う。


 ユウがじっと見ているとフィンに目を向けられた。練習が一段落すると声をかけられる。


「さすがに興味あるか?」


「うん。剣舞だって聞いたけれど、剣の型に近いかなって思えたんだ」


「正解だ。引退してから何で食っていこうかと考えたときに、これしか思い付かなかったんだ。剣の型なら嫌と言うほど繰り返したからな」


「舞いの方に師匠はいるのかな?」


「いや、自己流だ。何年も悠長に修行はしていられなかったし、祭のときに何度も剣舞は見たことがあったから見よう見まねでやってる」


「それでもできるんだね」


「ああ、意外とどうにかなるもんだ。お前も引退したらこういう道を考えておいたらいい」


 真面目な顔つきのままフィンが助言をくれたのでユウは素直に受け取った。今はまだ早いなどとは思えない。自分の意思とは関係なく引退する日が突然やってくるかもしれないからだ。なので、いくらか神妙になる。


 練習を再開したフィンから目を離したユウは別の場所に顔を向けた。そういえば先程まで見かけた相棒の姿が見えないことに気付く。気になったユウはその場から動いた。すると、荷馬車を挟んで反対側にいるのを見つける。その近くでアデラとベッテが舞っていた。


 普段着で練習をしている2人は楽しそうだ。くるくる回りながら近づいたり離れたりしている。ユウの何となくの印象だが、アデラは躍動的でベッテは情熱的に見えた。


 特にやることもないのでユウはトリスタンの元へ向かう。


「トリスタン、さっきからずっとここにいたの?」


「そうだぞ。ずっと2人の練習をみていたんだ。楽しそうに踊っている姿を見るのは飽きないね。お前はどうしていたんだ?」


「他の人の練習を見ていたよ。エドウィンやフィンもそうだけど、みんな熱心だったな。軽業も剣舞も興味深かったよ」


「そうか。だったら後でちょっと見てみようかな」


 興味を示したトリスタンを見たユウが笑顔を浮かべた。剣を主な武器としているだけあってフィンの剣舞に強い反応を示すのを見て納得する。


 こうして2人で話ながら芸人たちの練習風景を眺めていると時間が緩やかに過ぎていった。単に見ているだけだがなかなか飽きはこない。


 荷馬車の周りで芸人たちが練習を続けていると日がかなり高くなってきた。そろそろ四の刻の鐘が鳴るかなと思い始めた頃、カールが戻って来る。心なしか機嫌が良さそうだ。


 そんな座長が荷馬車の近くまでやって来ると全員を呼び集める。


「みんな、聞いてほしい。先程東門の歓楽街の世話役と話をしてきたよ。その結果、歓楽街の広場のひとつを3日間使ってもいいという許可が下りたんだ」


 その話を聞いた芸人たちは全員喜んだ。人の多い広場で興行をすればそれだけ注目を集められ、稼げるからである。


「ということで、明日から東門の歓楽街でみんなの芸を披露してもらうことになる。気を引き締めるようにね。それと、荷馬車はこれから東側の郊外に移るよ。昼の食事はその後にしてほしい」


 興行場所で好条件を得た芸人たちが座長であるカールの言葉に笑顔で答えた。それから慌ただしく荷馬車の周りに置かれた小道具を片付け始める。


 移動の準備が整うと荷馬車はすぐに動き始めた。一旦街道に出て北門に近づくと、その手前にある道で折れ曲がって都市の東へと向かう。さすがに都市なだけあって移動に時間がかかった。


 東門側の郊外の原っぱに荷馬車が差しかかると四の刻の鐘が鳴り響く。荷馬車の定位置が決まると芸人たちはこぞって食事のために歓楽街へと向かった。


 ユウとトリスタンも当然昼食のために酒場へと向かう。すっかりおなじみになったアデラとベッテも同伴だ。


 適当に見繕った酒場に入ったユウたち4人が入ると料理と酒を注文する。空腹だった4人は注文の品が届くとすぐに食事を始めた。


 食事はいつものようにアデラとベッテを中心におしゃべりが続く。ユウとトリスタンはたまにその輪に加わる感じだ。今回は明日の興行の話で盛り上がっている。晴れの舞台を前にするとやはり芸人のアデラとベッテは高揚するらしい。


 楽しそうにアデラがベッテにしゃべる。


「あ~、明日が楽しみだわ。やっぱりたくさん人がいるところで踊るのがいいわよね!」


「そうねぇ。お客さんを楽しませないと」


「ねぇ、食べ終わったら、広場を見に行かない? あたし、どんなところか気になる」


「いいわねぇ。その後荷馬車に戻って衣装について考えましょう」


 食べている間に昼の予定が決まっていくのをユウは黙って見ていた。特に反対はないので口の中の物を噛むだけである。


 楽しい食事が終わるとユウたちは4人揃って明日の会場となる広場に向かった。座長から場所を聞いたアデラとベッテの案内で歓楽街の中を進む。


 着いた場所は歓楽街の一角にあるちょっとした大きさの広場だった。普段は集会や子供の遊び場になっているその場所は今、別の芸人たちが芸を披露している。その周囲には人だかりができていた。芸が披露される度に声が上がっている。


「アデラ、これってお客は多い方なの?」


「なかなかね。後はおひねりがたくさん飛んできたらいうことはないわ」


 返答を聞いたユウは確かにとうなずいた。稼ぐために芸を披露するのだからおひねりは重要である。


 4人が遠巻きに芸人と観客を眺めていると興行が終わった。すると拍手が沸き起こる。同時に観客からおひねりが投げ込まれた。芸人側が袋や箱でそれを受け取ってゆく。


「いい感じじゃない。これはしっかり踊らなきゃ」


「そうね。明日が楽しみだわ」


 その様子を眺めていたアデラとベッテは満足そうにうなずいていた。


 ユウとトリスタンも2人の嬉しそうな顔を見て顔をほころばせる。そして、今日のような成功が明日からも続くように内心で祈った。

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