表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ
732/853

帝都での予定

 ウェスラの町を出発して6日後、カールの旅芸人一座は商売人たちの荷馬車と共にシパス市に到着した。モーテリア大陸北部で最大最強の帝国ルゼンドの帝都だ。都市としての規模も北部最大である。


 そんな町にユウとトリスタンはやって来た。しかし、どちらもその威容には感心するが驚きはしない。シパス市以上の都市を見たことがあるからだ。


 都市の郊外に入ると集団は次第に分かれてゆく。目的を果たしたので解散だ。今回は徒歩の集団も無事に到着して自然消滅しつつある。


 旅芸人一座も街道沿いにある原っぱへと荷馬車共々移った。しばらく進むと荷馬車が停まる。その後ろに続いていたユウたちや芸人たちも立ち止まった。


 ようやく到着したといった様子で体をほぐしている面々に、御者台から降りたカールが近づいてゆく。


「全員いるね。それじゃ、今日はこれで解散するわけだけど、その前に伝えておくことがあるよ。今回、私たちはこのシパス市に6日間滞在するわけだけど、そのうち3日間は興行する予定だからね。開催は明後日だということを覚えておいてほしい。質問はある? なければ以上だよ」


 シパス市での大まかな予定を告げたカールが許可を出すと、芸人たちは歓楽街へと足を向けた。


 その中にはもちろんユウたちもいる。エドウィンとフィンが2人連れだって先に離れて行ったので、ユウとトリスタンはアデラとベッテの2人を誘って酒場へと向かった。


 以前シパス市に寄ったことのある女性2人に導かれてとある酒場へと4人は入る。ここの料理は他の店よりもおいしいらしい。


 それを聞いたユウとトリスタンは期待しつつ料理と酒を注文する。後は待つばかりだ。


 旅芸人一座の荷馬車から離れたときから続く会話は今も続いている。


「アデラ、この前衣装の袖口が少しほつれていたから直しておいてあげたわよ」


「ありがとう! どの衣装の袖口だったの?」


「薄手のすみれ色のやつよ。気付かなかった?」


「あれはしばらく見てなかったから、全然わからなかったわ。そういえば、あれって今年は1度も使ってないわね」


 踊り子2人話は終わらない。放っておくといつまでも続いた。もちろんユウとトリスタンの2人とも話をするが、この2人がしゃべっている時間が圧倒的に多い。共通の話題の数が圧倒的に違うということも影響していた。


 料理と酒が運ばれてくると夕食が始まる。ここでアデラとベッテの会話の量が減った。それでも話は途切れない。


「ベッテ、今度香水を見に行かない? 今使っているやつ、もう残り少ないのよ」


「いいわね。それじゃ、興行が終わってから行きましょうか。そうだ、トリスタンとユウも一緒に来るかしら?」


「俺たちはそうだな、いや待て。そういえばその興行についてあんまり知らないな。明後日から3日間するってことくらいしか聞いていないぞ」


 ベッテに誘われたトリスタンが首を傾けた。相棒の疑問を聞いたユウも顔を上げる。


「トリスタンもユウも護衛だから仕方ないかもしれないわね。いい機会だから少し教えてあげるわ。私たちは旅芸人だから町にたどり着く度に大抵は興行をして、お客から閲覧料やおひねりをもらって生活してるのよ。この興行は大きなお祭りのときもあれば、普通の日もあるわ」


「大きな祭のときは稼ぎ時だからわかるが、普通の日にもやるのか」


「そういうときは大抵旅の路銀稼ぎのためね。私たちの仕事は収入が安定しないから、少しでも稼いでおく必要があるのよ。もしお金が足りなくなったら、男は人足仕事、女は売春をして日銭を稼ぐことになるわね」


「だからカール座長は2人を報酬にと提案したとき、どっちも平気だったのか」


「そうよ。もっと大きな一座の売れっ子だと、1回で動くお金が相当な額になるって聞くわね。成功した商人が相手だと金貨でたくさんもらえるそうよ」


「1回でか」


「羨ましいわよね~」


 横で話を聞いていたアデラが口を挟んできた。その声にベッテが肩をすくめる。


「ともかく、できるだけそうならないように私たちは興行でたくさん稼いでおきたいの。今回は路銀稼ぎが目的だけど、帝都だからお祭りがなくても人がたくさんいるでしょう? だから、3日間でたくさん稼げるように頑張らないといけないのよね」


「ということは、みんな張り切っているわけだな。ところで、どこで興行するんだ?」


「まだわからないわ。明日カール座長が地元の世話役と話をして決めるでしょうね。たぶん、一番人の多い東門の歓楽街にある広場か、郊外に近い場所だと思うんだけど」


「人が多いとそれだけ稼げるってことか。なるほどな。ところで、興行をしている間、俺とユウは何をしていればいいんだ? 旅の護衛の話は聞いているが」


「たぶん、興行中の護衛じゃないかしら。地元の人と話は付けていても、面倒なことってあるでしょう。人が集まる場所だから仕方ないんだけど」


 食べながら話を聞いていたユウは小さくうなずいた。酒場でも喧嘩はめずらしくないのだ。芸人の興行で人がたくさん集まると確かに厄介な者たちを引き寄せることもあるのは容易に推測できた。


 少し気になることが思い浮かんだユウはアデラに話しかける。


「やっぱり絡まれることってあるんだ?」


「まぁね。あたしやベッテなんかが一番多いかな。馬鹿な男どもにね。エドウィンも優男って難癖つけられて喧嘩をふっかけられることがあるし、あのフィンだって決闘騒ぎをおこされたことがあるんだから」


「ほとんど全員何かしらあるんだ」


「そうなのよ。長くやってると色々あるけど、ホントこういうのは勘弁してほしいわ」


 面白くなさそうにアデラは答えると木製のジョッキを傾けた。それが空になると給仕女を呼んで代わりを注文する。


 その間にもトリスタンとベッテの会話は続いた。料理を摘まみながら楽しそうに向き合う。


「トリスタン、あなたの故郷の町ってここよりも大きいのかしら?」


「たぶん大きいんじゃないかな。そんな2倍も3倍もっていうわけじゃないが、一回りくらいは」


「すごいわね。そんなところで興行できたら、たくさん人が集まってくれるでしょうね」


「だと思うぞ。何しろ城壁の拡張工事をしていたからな。おかげで人足が周りから集まって城外にも人が多いんだ」


「すばらしいわね。行ってみたいわ」


「ここからじゃちょっと遠いんじゃないかなぁ」


 モーテリア大陸の沿岸をぐるりと回ってきたトリスタンは苦笑いを返した。内陸をまっすぐ突き抜ける経路は実のところ知らないが、それでも何ヵ月もかかることは予想がつく。本気で行くとしたらかなりの旅路になることは間違いなかった。


 それを聞いていたアデラがユウに顔を向ける。


「ちなみに、ユウの故郷はここからどのくらい離れてるのよ?」


「正直、わからないんだ。最短で向かっても何ヵ月もかかるのは間違いないけれど」


「ここからトリスタンの故郷とどっちが遠いのよ?」


「はっきりとはわからないなぁ。同じくらい?」


「なのにユウの故郷は辺境扱いなんだ」


「そう言われると確かに。でも、南方辺境の方がトリスタンの故郷より南側にあるかもしれないから、トリスタンの故郷は辺境扱いしないのかもしれないね」


「その先がまだあるの? この大陸って広いわねぇ」


 興味があるのかないのか微妙な反応を示すアデラを見ながらユウはうなずいた。正確な距離など測っていないので大陸がどのくらいの大きさかなど知らないが、ひたすら大きいことだけは実感している。それを伝えられないのが少しもどかしかった。


 その後も色々と話をしていた4人だが、七の刻の鐘を耳にしたことで食事を切り上げる。次は別のお楽しみだ。


 最初に声を上げたのはトリスタンだった。テーブルを囲む仲間を見ながら告げる。


「そろそろ行こうか。もういい時間だしな」


「時間が経つのが早いわね。あ、そうそう、明日の夜は勘弁してね。明後日から興行だから。さすがに初日に遅刻はまずいし」


「確かに。だったら、興行中はお預けだな。いいだろう、ユウ」


「うん、僕もそれで良いと思う。何もなければ良いんだけれどなぁ」


 木製のジョッキを空にしたユウが何とも言えない表情をしながら立ち上がった。荒事に関わる仕事をしているとはいえ、さすがに好んで厄介事にぶつかりたいとは思わない。


 そんなユウをアデラが茶化す。


「あんたは明後日の心配より今晩のことを考えなさいよ。いくら好きにしていいからって壊されちゃたまらないわ」


「いや、今はだいぶ落ち着いてきているでしょ。たぶん」


「本当かどうかこれから確かめてあげるわ」


 にたりと笑ったアデラを見たユウがわずかに顔を引きつらせた。その様子をトリスタンとベッテが面白そうに眺める。


 アデラに腕を絡められたユウは照れつつも相棒と共に店を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ