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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ

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旅芸人一座

 二の刻前に目覚めたユウは寝台の隣でアデラが寝ていることに気付いて昨晩何をしていたのか思い出した。そうして顔を少し赤くする。


 カールが座長を務める旅芸人一座の護衛をユウとトリスタンは引き受けた。その報酬として踊り子の2人を自由にして良いという契約だったのだ。そのため、連日連れ込み宿で一晩過ごすことになる。


 この3日間を振り返ったユウは思った以上に疲れるなという感想を抱いた。翌日が休みならば問題ないが、早朝から仕事となるとなかなかきつい。これなら昨晩は手を出さなければ良かったなと少し後悔する。


 とはいっても既に手遅れだ。ユウはだるい全身に力を入れて寝台から起き上がる。そして、すぐにアデラを起こした。そのまま立ち上がって身支度を整える。


「んあ。もうちょい寝かせて」


「今日は町を出発する日だからもう起きなきゃいけないよ」


「あーそうだった。うー、だるいわ」


 気だるげに起き上がってきたアデラがのそりと立ち上がった。一糸まとわぬ姿で背伸びをする。


 寝台を挟んだ向こう側に見える瑞々しい裸体に目を向けることなく、ユウは自分の装備をひとつずつ身に付けていた。今日から本格的に仕事なので準備は(おこた)れない。


 用意を済ませると2人揃って宿を出る。目的地は旅芸人一座の荷馬車がある場所だ。


 必需品の街道を南に歩いていると既に人の往来がある。旅人や隊商関係者だけでなく、労働者や歓楽街の関係者なども見かけた。


 旅芸人一座の荷馬車は初めて見かけた場所と同じ所に停車している。そこには所属する芸人たちが既に集まっており、支給された朝食を食べていた。ユウとアデラも干し肉と黒パンを受け取って口にする。


 相棒であるトリスタンは既にベッテと食事中だ。ユウはそこへと近づいてゆく。


「おはよう。トリスタンたちは結構早めに宿を出たんだ」


「二の刻過ぎに出発だからな。朝飯を食べる時間を考えると、早く出るしかないだろう」


「まだ二の刻まで時間はあるよね?」


「どうだろう。あんまりないんじゃないのか? 他の芸人はほとんど食べ終わっているし」


 食べながら周りに目を向けたユウは少し不安になった。一通り挨拶をした芸人たちは確かに大半が食べ終わっている。配られた干し肉と黒パンを手元に多く残しているのはユウとアデラだけだ。


 急いで食べた方が良いことを知ったユウは食事の速度を上げた。鐘が鳴ってすぐに出発するわけではないと聞いているが、それを当てにするのはよろしくない。


 そんなユウに対してエドウィンが男1人を伴ってやって来た。怪我で引退した元傭兵のフィンである。


「おはよう。今来たばかりかい?」


「そうなんだ。だから早く食べてしまわないと」


「はは、昨晩頑張りすぎだよ。良すぎて止められなかったのかな?」


「うっ、そういうわけじゃないけれど」


 喉に食べ物が詰まったかのような表情をしたユウが言葉を句切った。自分でも説得力がない反論だとは自覚している。


 若干呆れた笑顔を浮かべたエドウィンの横からフィンが一歩前に出た。そのままユウに話しかける。


「これから一緒に護衛を務める。今まで1人だったことも多いから3人でやるのは助かる。ああ、食べながらでいい。もうそろそろ出発だからな」


「はい、こちらこそお願いします。夜の見張り番のときが楽になりますよね」


「その通りだ。まぁ、うまくやろう。それと、背負ってる荷物は荷台に置いておくといい。カール座長からの許可は出てるはずだ」


 指摘されてユウは思い出した。確かにその話は前にしたことがある。トリスタンは既に荷物を荷台に置いているらしく、身軽そうだ。


 鐘の鳴る前にとユウは食べながら荷馬車に近づいて背嚢(はいのう)を荷台に置いて奥へと突っ込む。後は食べるだけだ。


 ユウがようやく一安心した直後、二の刻の鐘が鳴った。干し肉も黒パンもまだ半分程度残っている。アデラをちらりと見るとあちらも似たような感じだ。


 せっせと食べているとカール座長が荷馬車に近づいて来た。御者台の近くで立ち止まると所属する芸人たちに声をかける。


「同行する商売人たちと話を付けた。今からそちらに向かうよ」


 座長から出発の合図が上がると周囲にいた芸人たちは荷馬車の後方へと集まった。そして、荷馬車が動くとその後をついて歩く。


 まだ食べ終わっていないユウとアデラは食事を続けながら皆に続いた。そんな2人に対してベッテが声をかける。


「ユウはどうか知らないけど、アデラ、あんたはわかってたんだからもっと早く起きれば良かったでしょうに」


「昨日のユウが激しくて起きられなかったのよ」


「ぶっ!?」


 突然の攻撃にユウはむせた。それを見たトリスタンが吹き出す。アデラと寝るようになってからこういうことが増えた。こういうことを言うのは本当に止めてほしいと強く願う。


 それでも、アデラとベッテの話はしばらく続いた。その間、ユウは恥ずかしさで肩身の狭い思いをする。


 金銭の報酬が良かったなと今になって思うようになった。




 旅芸人一座は荷馬車を持つ商売人と共に一路シパス市を目指して必需品の街道を南へと向かった。このとき、芸人の集団であっても護衛の提供を求められるわけだが、逆に提供できれば芸人の集団であっても商売人たちに同行できる。


 エドウィンの話によると、いつもはフィンともう1人で護衛戦力を差し出しているため、同行を断られることもあるらしい。提供された護衛のうちの1人がまるっきりの素人というのが不安要素と受け取られてしまうからだ。


 しかし、今回は違う。ユウとトリスタンという正式な戦力が2人いるので問題ない。この辺りを強調したことでウェスラの町ではすんなりと商売人の集団に参加できたそうだ。


 そのような感じで割とすんなりと町から出発できた旅芸人一座だが、移動の仕方は行商人の荷馬車とは少し違う。御者台には座長のカールと御者が座っているが、他の芸人はそのほとんどが徒歩だ。荷馬車の後ろを歩いている。荷馬車は1台しかなく、その荷台は荷物でほとんど埋まっているからだ。よって、交代で休憩になった芸人が、かろうじて空いている荷台の端に腰掛けて足を外に出して順番に座ることになる。


 ちなみに、荷台に荷物を置かせてもらったユウとトリスタンはその休憩の枠には入っていない。冒険者なので体力はあるだろうとカールに言われたからだが、他にも以前狭苦しい荷馬車に無理に座って逆にきつい思いをしたから2人が自発的に辞退したというのもある。


 そんな理由からユウとトリスタンは旅芸人一座の荷馬車の後ろを歩いていた。荷物がないので身軽なものである。更に大陸北部なので夏でも比較的涼しいのにも助けられていた。


 ようやく食べ終わったユウに対してトリスタンが声をかける。


「まさか本当に歩くとはな。まるで徒歩の集団みたいじゃないか」


「何かに似ていると思っていたけれど、それだね。本物は最後尾のずっと向こうにいるけれど」


「何度も徒歩の集団として歩いたことがあるから平気だけれど、毎回移動の度にこれだと大変だな」


「そうでしょう。だから、あの荷台に腰掛けて休めるのは本当に助かるのよ」


 2人で話をしているとベッテが横から口を挟んできた。ある程度気が紛れるということで歩いているときの芸人たちはよくしゃべる。余裕がないときはその限りではないが。


 そこへアデラも入ってくる。


「毎日昼の食事を挟んで朝と昼に1回ずつ交代するのよ。あたしの番は明日だから楽しみよ。早く楽をしたいわぁ」


「これ、病人が出たらどうするの?」


「そのときは病人優先だから休みなしになるわね。だからみんな病気にならないように気を付けているわ」


 なかなか厳しい現実にユウは何も言い返せなかった。旅の途中で倒れると歩みを止められないため、酷い揺れの荷台でじっと耐えないといけない。


 日没が近くなると野営の準備だ。とはいっても旅芸人一座は荷馬車を停めてお終いである。雨の日は一体どうしているのかとトリスタンなどはベッテに尋ねたが、荷馬車の脇に木の棒を立て、その上から天幕代わりの大きな布を被せてしのぐらしい。床には木の板を敷いてそこで眠るそうだが、冬などとても眠れない代物だそうだ。そのため、どうしても大陸北部以外に移らないといけないという。


 ともかく、野営地を中心に見張りを立てて一夜を過ごした。その間、ユウとトリスタンとフィンは他の護衛たちと協力して繰り返し見張り番を担当する。ルゼンド帝国のこの辺りは比較的治安が良いらしいが油断はできない。盗賊はどこにでもいるからだ。


 翌朝、日が昇ると全員が起きて食事を済ませる。夜の見張り番を担当した3人はやや寝不足だが旅の間は気合いで乗り切るしかない。


 こうして旅芸人一座の旅は次の町に到着するまで続いた。

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