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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ

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一夜の夢から目覚めた後

 普段のユウはどの町にもある安宿で宿泊している。それが最も安上がりだからだ。腰を据えて冒険するときは個室やパーティ単位の相部屋に泊まるが、旅をする身としては例外的である。


 しかし今のユウはその例外的な状況にいた。俗に言う連れ込み宿のようなところで一晩を過ごしたのだ。もちろん2人で。


 朝になって目覚めたユウは真隣で眠るアデラに目を向けた。ただでさえ幼い顔立ちが更に幼く見える。昨晩の表情とは全然違うので本当に同一人物なのかと首を傾げるほどだ。


 今まで何となく避けてきたことがあまりにもあっさりと済んでしまってユウはまだ意識が充分に追いついていない。別に貞操を守っていたわけではないが、一度時機を逸したと感じてしまって妙に気後れしていたのだ。


 終わってみれば尻込みをしていたことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。かつてお前は人生の何割かを損していると相棒から言われたことがあるが、まぁなるほどと思わなくもない。


 そんなことを考えながら寝台で横になっていると二の刻の鐘が耳に入ってきた。とうの昔に周囲は明るくなっていたが、まだ早朝と呼べる時間だ。


 心身共に随分とすっきりしたユウは身支度を大体済ませてから干し肉と黒パンを食べ始めた。部屋の外から聞こえてくる足音を耳にしながらユウが食事をしていると、アデラが起き上がる。まだ素っ裸のままなのでシーツがはだけると上半身が丸見えだ。


 まだ寝ぼけているような顔のアデラにユウが声をかける。


「おはよう、アデラ」


「ん。あんた早いわね。最初の一発みたい」


「ちょっ、いきなりそれ!?」


 最初の会話にむせたユウが水袋に口を付けた。昨晩のことを思い出して顔が赤くなる。思い返されるとさすがに恥ずかしい。


 その様子を見ていたアデラが面白そうに笑った。表情がはっきりとするにつれて言葉数が多くなってゆく。


「まぁいいんじゃないの? 初めてだったんだし。でも、そっか、初めてだったんだぁ」


「べ、別に良いじゃないか。急いでするものでもなかったんだし」


「それはそうなんだけどね。意外だったから。最初に言われたときは一瞬そういう遊びなのかなって思ったくらいよ」


「本当だって知った後は思いっきり笑ったよね」


「そりゃぁね。普通はもっと早くに済ませてるものだから。思い出したらまた、くくく」


「早く忘れて!」


「無理よ、こんな面白いこと。しばらくは思い返して楽しめそう」


 とても良い笑顔で告げられたユウは顔を赤くしたまま愕然とした表情を浮かべた。延々とさらし者になるのは本当に勘弁である。


 朝食を食べているユウの目の前でアデラも身支度を調え始めた。昨晩のことがあるので遠慮はまったくない。


 そうして外出の準備が整うと2人は宿を出た。今日も良い天気で朝日が眩しい。


 これからどうしようと考えたユウが一旦立ち止まるとアデラが振り向く。


「ユウ、これからちょっと付き合ってくれない?」


「どこに行くの?」


「町の郊外よ。あたしの所属してる旅芸人一座の荷馬車がある所」


「別に良いけれど」


「それじゃ行きましょ。あんたにとっても悪い話じゃないと思うわよ」


 思わせぶりな言葉を投げかけられたユウは首を傾げた。一度問いかけてみたがはぐらかされたのでそのまま黙ってついて行く。


 何となく気恥ずかしい感覚を残しつつ必需品の街道を南へと進むと、ユウは途中でトリスタンとベッテに出会った。相棒の表情は随分と明るい。


 挨拶を交わすと、にやにやと笑うトリスタンがユウに声をかけてくる。


「へへ。なぁ、ユウ、どうだった?」


「えぇ。どうって、そりゃまぁ」


「はっきり言えよ。どうせ隠したってわかっているんだからな」


「だったら言わなくても良いじゃない」


「ばっかだな、お前。こういうのは本人から聞くのが常識だろう。俺が見た限りだとお前が女とやったのはこれが初めてなんだから気になるんだよ!」


 何がそんなに嬉しいのか、ひたすらトリスタンが感想を求めてくるのでユウは嫌そうな顔をした。何とか何も言わずに済むようにはぐらかそうとする。


 しかし、そうはうまくいかなかった。アデラが同じ朝帰りのベッテとすぐに昨晩の話を始める。容赦なく開けっぴろげに話される自分のことを耳にしたユウは顔を真っ赤にした。ものすごく興味がある様子のトリスタンもそこに加わったのを見ていたたまれなくなる。


 立ち話が終わった頃には、少し離れた場所でユウが疲れ果てていた。まだ1日は始まったばかりだが1人だけもう終わる寸前のような雰囲気である。


「ユウ、早く行こうぜ」


「よくも好き放題言ってくれたものだよね。ひどいじゃないか」


「いつまでも後生大事に貞操なんて守っているからだよ。それに、俺は聞いていただけさ」


 相棒に軽く肩を叩かれたユウは不機嫌そうに口を尖らせた。まだ顔が赤い。


 すっかり恥ずかしい思いをしたユウだったが、いつまでも郊外近辺で立ったままでいるわけにもいかなかった。アデラとベッテに呼ばれたので重い足取りで進む。


 街道から原っぱへと移るとユウたちは1台の幌付き荷馬車に近づいた。後ろから中を見ると荷物が満載されている。その周囲には何人かの人がおり、うち1人は昨日助けたエドウィンだった。


 あと少しというところでエドウィンに気付かれたアデラが声をかける。


「ただいま。座長はいる?」


「御者台の近くにいるよ。もう話は付けたのかい?」


「まだこれから。それじゃ、また後でね」


 意味のわからないやり取りを眺めていたユウは話し終えたアデラに続いた。そうして、荷馬車の後ろから前に回って人の良さそうな人物の前に連れて行かれる。


「カール座長、おはようございます!」


「アデルかい。朝から元気がいいねぇ。昨日は大変だったそうじゃないか。悪い男に引っぱって行かれそうになったんだってね」


「そうなのよ! 本当にひどい男たちだったわ! でも、あたしもベッテもこの2人に助けてもらったのよ。冒険者のユウとトリスタンよ!」


「初めまして。古鉄槌(オールドハンマー)のリーダーのユウです。こっちはメンバーのトリスタンです」


「ありがとう。私はこの旅芸人一座の座長を務めるカールだ。昨日は仲間を助けてもらって助かったよ。おかげで大切なうちの芸人を失わずに済んだからね」


 挨拶を交わしたユウとトリスタンはカールから穏やかに礼を伝えられた。そして、そのまま言葉を続けられる。


「で、うちの踊り子が朝帰りということは、昨晩は楽しんだということかな」


「え、あ、はい」


「別に責めているわけじゃないよ。恐らくお礼ということだったんだろう? 珍しくないことだよ。私たちのような者は大した財産も持っていないからね。よくあることさ」


「そうですか」


「ある程度のことはうちの軽業師のエドウィンから聞いている。アデラとベッテから誘ったというのならば私から言うことはないね。ただ、これも何かの縁だ。少し話を聞いてもらえないだろうか」


 カールの柔らかい表情に少し真剣さが混じったことを知ったユウとトリスタンは真面目な顔でうなずいた。


 2人の返事を受け取った座長が話を続ける。


「実はだね、私たちの一座はこれから野獣の山脈の東端を抜ける人外の街道を通って大陸西部へと向かう予定なんだ。北部だと巡業が難しくなるから西部で興行をするわけさ。ただ、この野獣の山脈には獣人という厄介な連中が出没して襲ってくることがある。そこで、君たちのような戦える冒険者に護衛を頼みたいんだ。プラウンの町までね」


「そちらが西部に向かうことは昨日エドウィンからも聞きました。僕たちも西部に向かうつもりではいるんですけれど、路銀を稼ぎながら旅をしているので報酬がもらえないとちょっと。失礼ですけど、確か余裕がないんですよね?」


「その通りだよ。だからこうしよう。3度の食事はこちらで提供する。そして、旅の途中ではアデラとベッテを好きにして構わない」


「え? あの2人をですか?」


「そうだよ。何かしらの対価を支払うとなると、こうなってしまうんだ。ただ、あの2人はこういうことには慣れているのでお気遣いは必要ないよ」


 ユウはトリスタンと顔を見合わせた。わざわざ連れてこられた理由がようやく判明して微妙な表情になる。振り向いて2人を見ると笑顔を浮かべていた。本当に平気らしい。


 少し離れた場所に一旦移動したユウはトリスタンと相談した。冒険者ギルドを通さない仕事というのもそうだが、報酬が女性というのは果たしてどうなのか1人で判断できなかったからだ。相棒が言うには、結局のところ、差し出された女性にどのくらいの価値を見出すのかということに尽きるらしい。


 迷いに迷ったユウだったが、トリスタンが別に構わないという意見だったので最後は承諾した。昨晩の様子が脳裏に浮かんだことは内緒である。

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― 新着の感想 ―
 食 わ れ た(笑)
ある意味でとても健全な判断ですね。
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