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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ

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助けた芸人たち

 路上で粗野な男たちに絡まれていた3人連れを助けたユウとトリスタンは近くの酒場に入った。ほぼ満席だったがかろうじて空いているテーブル席を見つけて5人一緒に座る。


 助けた直後にユウたちは互いに名乗り合っていた。全員旅芸人一座に所属する芸人だという。殴られた男は軽業師のエドウィンで、女2人は踊り子であるアデラとベッテだ。


 整った顔立ちのエドウィンが給仕女に注文している横で、やや幼い顔のアデラが赤茶色の長髪をやや乱暴にかき上げながら文句を垂れる。


「あーもう、ほんっとムカツクわ! どうせ大したこともない短○野郎のくせに、自意識だけは人並み以上にあるんだから。あいつ絶対早いわよ。入れたら一瞬よ一瞬!」


「まぁまぁ、抑えて。もう終わったんだからいいじゃないか」


「エドウィン、あんたもうちょっとやり返しなさいよ! 軽業師なんだからさっと避けて反撃するとか」


「ぼくは喧嘩は苦手なんだよ。アデラだって知ってるでしょうに」


「アデラ、その辺にしておきなさいよ。今は助けてもらった恩人の前なんだから」


 注文を言い終えた同僚の軽業師にアデラが食ってかかっていた。それを見ていたもう1人の踊り子であるベッテがなだめにかかる。こちらはやや色の抜けた金髪で肉感的な体の持ち主だ。その彼女がトリスタンに顔を向ける。


「改めて、助けていただいてありがとうございます。お二人に助けていただけなかったら、今頃わたしとアデラは望まないことを強いられるところでした」


「さすがにあれは駄目だと思ったからな。助けられて良かったよ」


 正面から礼を告げられたトリスタンは頭をかいていた。すっきりとした顔立ちの美人であるベッテのお礼を喜んでいる。


 その辺りで料理と酒が運ばれてきたので5人は食事を始めた。今回は助けた礼としてエドウィンたちの奢りだ。


 いつもならば食事の最初は食べることに集中するユウたち2人だが、今回はそうもいかなかった。助けた3人から積極的に話しかけられたからだ。それはそれで楽しいが、なかなか空腹を満たせないのは微妙にもどかしい。


 スープにひたした黒パンを噛んでいたユウはエドウィンに話しかけられる。


「それにしても、ユウたちはよくもあの男2人を簡単に追い払えたね」


「さっきの2人はあんまり強くなかったからだよ。本当に強い人だとああはいかないから」


「やっぱり今までそんな強い人と戦ったことがあるんだ」


「まぁね。死ぬかと思ったことも何度もあるよ」


 話を乞われたユウはいくつかを披露した。その中には、船上で戦った槍持ちの傭兵や多人数で囲んできた襲撃者の話も含まれる。今となってはいずれも懐かしい思い出だ。


 それがきっかけでユウとトリスタンはこれまでの旅の軌跡をエドウィンたちに話した。モーテリア大陸を周回している途中だと話すと3人全員に目を見開かれる。


 次いでエドウィンたちが自分たちのことを語り始めた。3人はカールという座長率いる旅芸人一座に所属しており、基本的にはこの大陸北部で活動している。そうしてあちこち巡業して回って色々な町で芸を披露してはお代を頂戴しているとのことだ。


 一通り語り終えたエドウィンが木製のジョッキに手を伸ばした。旨そうにそれを飲むのを尻目にアデラが口を開く。


「とびきり大きな一座にはそりゃ敵わないけどさ、あたしたちの芸だってなかなかなものなんだよ。隣にいるエドウィンの軽業、剣技に長けたフィンの剣舞、そしてあたしとベッテの舞い、どれだってそこいらの同業者には負けないんだから」


「故郷の祭のときにいくつか見たことがあるけど、最近はそういうの見ていないから気になるな」


「だったら見ていきなさいよ。絶対満足できるんだからさ」


「この町で今やっているの?」


「あー、この町での巡業は今日終わっちゃったのよね。次はシパス市でやるから、ユウ、あんたついて来なさいよ」


「そんな無茶苦茶な」


「そうでもないわよ。だってあんたたち、西へと向かってるんでしょ? だったらあたしたちと同じじゃない。この後人外の街道を通って山を越えて大陸の西部に行くんだから」


「山越えするの? どうして?」


「こっちだと冬の間は雪に埋もれてろくに動けないでしょ。それに巡業もできないし。だからあんまり雪が降らない西部に行って一稼ぎしてくるのよ」


「出稼ぎみたいなものかな?」


「そう、それ!」


 既にエールを何杯か飲んでいるアデラの勢いにユウはやや押されていた。元気で明るい様子は見ていて楽しいが、正面からぶつかってこられるとさすがに戸惑ってしまう。


「エドウィン、今アデラが言った出稼ぎの話は本当なの?」


「ぼくとしては出稼ぎというより遠征っていう方がしっくりとくるんだけどな。まぁいいや。大陸西部に行く話は本当だよ。この町から南へと進んだら野獣の山脈の東端にたどり着くんだけど、そこから山越えをするんだ」


「毎年山越えをしているの?」


「巡業先によっては大陸東部に行くこともあるけど、最近は西部の方が多いかな。去年もそうだったし」


 軽業師の話を聞いたユウは少し考え込んだ。大陸西部に向かう経路として陸路も検討の範囲内に入れていたのは確かである。なので、山越え自体に抵抗感はない。ただ、路銀の問題がある。これを解決しないといけない。


「みんなが芸を披露しているところは気になるけれど、それだけで町を移動っていうのはね。僕たちはできるだけ路銀を稼ぐために仕事をしながら移動しているから」


「だったら、シパス市方面に向かう隊商か、山越えする隊商の仕事があればいいんだ」


「同じ方角に向かう隊商の仕事を探すのはできるけれど、同じ時期に出発できる隊商となるとどうなるかわからないよ。エドウィンたちの旅芸人一座が雇ってくれるなら話は早いんだけれども」


「うちの一座にそんな余裕があるなんて聞いたことないからなぁ」


 苦笑いしながらエドウィンが木製のジョッキに口を付けた。話によると、旅芸人一座が移動するときは他の隊商と同行するのだが、戦えそうな芸人を見繕って護衛に仕立て上げるか人足として雑用を引き受けることが多いらしい。興行はその時々の収入の落差が大きいので簡単に護衛を雇えないということである。


「まぁ、どうしてもっていうときは裏技を使って雇うこともあるんだけど」


「裏技? どんな方法なの」


「ねぇねぇちょっと、あの2人、なかなかいい雰囲気じゃない?」


 エドウィンと話し込んでいたユウはアデラに小さな声をかけられて相棒へと目を向けた。すると、確かにベッテと良い感じで話をしているのを目にする。先程から全然口を挟んでこなかった理由を今知った。


 次いでユウがアデラに顔を向けるとにやにやと笑っている。何がそんなに楽しいのかわからないユウはわずかに口元を引きつらせた。


 苦笑いするエドウィンにユウが小声で話しかける。


「まさかあんな風になっているなんて思わなかったよ」


「ぼくもだよ。どうやらベッテはあんたの相棒を気に入ったようだね」


「そうなんだと思う。助けられたのが嬉しかったのかな」


「たぶんね。まぁそれなら、ぼくたちはぼくたちで楽しむとしようじゃないか」


 2人の邪魔をするのも悪いと思ったユウはエドウィンの提案に賛成した。こちらはこちらで楽しんでおけば良いと考える。


 そうしてしばらくの間3人と2人に別れて話が盛り上がった。ユウたちはお互いの旅での出来事を披露しあって驚き楽しむ。


 時間を忘れるほど話に夢中になったユウたちだが、うっすらと七の刻の鐘が耳に入ってきた。いつもなら特に気にしない鐘の音だ。


 しかし、このときはベッテが同じテーブル席に座る仲間に声をかける。


「エドウィン、そろそろお開きにしましょうか」


「ああ、なるほど。まぁいいんじゃないかな」


 声に釣られてユウがベッテに目を向けるとトリスタンに腕を絡ませていた。その相棒と目が合うと、嬉しそうであり落ち着かない様子の顔を向けてくる。


「話しているうちにこういうことになってな。今晩はベッテと一緒に過ごすぜ」


「うん、わかった。また明日だね」


 席を立った相棒から声をかけられたユウはうなずいた。食事の後に娼館へと行くのを見送ることもあるのであまり驚きはない。


 去ってゆく2人の背中を見ていると、ユウは自分の腕に何かが絡み付いてくるのに気付いた。そちらへと顔を向けると席を立ったアデラの顔が真隣にあって驚く。


「あたしたちも行きましょうか」


「ぼ、僕たちも!?」


「助けてもらったお礼よ。そんなに深く考えなくてもいいわ」


「え、ええ?」


「ほらほら早く」


 急かされて立ったユウは周囲に目を向けた。エドウィンの姿は既にない。いつの間にか帰ってしまったらしい。


 半ば呆然としながらも、ユウはアデラに導かれて酒場から出た。

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↓の感想の700話を超えて、で笑ってしまった 春にはならない気もするが、経験しておくのは健全な青少年としていいんじゃないですかねえ
ユウ、700話を超えてようやく春が来るのか…!?
捕食ぅ
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