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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第25章 大山脈を越え、大陸西部へ
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歓楽街で助けた3人

 モーテリア大陸北部の沿岸部にウェスラの町がある。ルゼンド帝国が抱える港町のひとつであるここは大陸西部からやって来る商船の目的地のひとつだ。


 そんなウェスラの港に1隻の商船が滑り込んできた。あまり大きな船ではないが建造されて比較的新しいことが窺える。


 桟橋に横付けしたその商船の上は停泊に向けての準備で慌ただしい。碇と縄で船体を固定し、桟橋に向けて往来するための板が敷かれる。


 六の刻の鐘が鳴る頃になると船員たちの動きも落ち着いてきた。準備が終わった者から町へと繰り出していく。


 その中にユウとトリスタンの姿もあった。船長から報酬を受け取った2人は下船して港の石畳を歩く。


「何事もなくウェスラの町に着いて良かったな、ユウ」


「サルート海は海賊があんまり出ないって聞いていたけれど、その通りで安心したよ」


「さて、目的地に着いたわけだが、とりあえずは酒場でいいな?」


「そうだね。お腹空いたし」


「報酬をルゼンド通貨でもらっていて正解だな。当面は金に困らないぞ」


 嬉しそうにしゃべるトリスタンにユウはうなずいた。


 ウェスラの町には北の港の他に南と東にそれぞれ門がある。南門からは必需品の街道が伸びており、東門へは交易の街道から枝分かれした西交易の街道が伸びていた。いずれもなかなかの人通りだ。そして、いずれの門の前にも歓楽街がある。


 ユウたち2人は南門側へと回った。別れる直前に船長から南門側の方が栄えていると聞いたからだ。それに冒険者ギルド城外支所がそこにあると教えられたのも大きい。


 歓楽街へと入った2人は目に付いた酒場へと入った。年季の入った石造りの店舗で、既に稼ぎ時とあってほぼ満席である。


 どうにかカウンター席を確保した2人は給仕女に料理と酒を注文した。そこでようやくどちらも落ち着く。


「ユウ、ウェスラの町に着いたが、これからも船で大陸西部へ向かうってことでいいのか?」


「船の仕事があればね。ただ、隊商の仕事をしながら陸路でも構わないけれど」


「ここからだと大きな山を越える必要があるんだろう? それは大丈夫なのか?」


「正直なところわからない。でも、海路だって海賊に襲われたり嵐に見舞われたりすることがあるんだから、どっちもどっちじゃないかな」


「言われてみると確かに。木の板一枚下が海っていうのは何とも頼りないものだし」


「とりあえず、明日冒険者ギルドに行ってどんな仕事があるのか確認してから考えようよ」


「そうだな。お、飯が来たぞ」


 近づいてきた給仕女に気付いたトリスタンに釣られてユウが横へと顔を向けた。ほぼ同時に目の前へ注文の品が並べられてゆく。


 食欲をそそられる匂いに生唾を飲み込んだユウは料理と酒に目を向けた。そのまま木製のジョッキに手を出す。口を付けると旨そうにエールを飲んだ。




 翌日、ユウとトリスタンは三の刻になると安宿を出た。向かう先は冒険者ギルド城外支所である。同じ町の南門近辺にあるその建物に入ると何人かの冒険者たちが広くない室内にいた。


 あまり人がいない受付カウンターに向かった2人はちょうど誰もいない受付係の前に立つ。相手もすぐに目を向けてきた。ユウが声をかける。


「おはようございます。僕たち昨日この町に着いたばかりなんですけれど、船の護衛兼船員補助の仕事か隊商の護衛兼人足の仕事を探しているんです。条件は大陸西部へ向かう船や隊商に限りますが、ありますか?」


「たぶん、どっちもあるはず。ちょっと待ってくれ。どっちもあるな。船の方はコンティの町かダンタット市行き、隊商の方はバントの町かアプターの町行きだな」


「結構あるんですね」


「そりゃ、他の地域と交易しなきゃほしいもんが手に入らないからな。特に穀物なんかは重要だぞ。北部じゃあんまり収獲できないから、魔塩なんかとよく交換してるって話だ」


 懐かしい採掘品の名称を聞いたユウが無言で曖昧にうなずいた。穀物とどのように取り引きされているのかわからないが、何となく重要な輸出品なのだろうなと考える。


「で、どの仕事を引き受けるんだ?」


「ちょっと考えさせてください。僕たちまだ昨日この町に来たばかりなんで、一息つきたいんですよ。今朝は仕事があるか確認しに来ただけです」


「いつまでも同じ仕事があるわけじゃないからな。ほしいなら早めに来るんだぞ」


 忠告を受けたユウはうなずくと踵を返した。それに続いたトリスタンから話しかけられる。


「先に仕事を取っておいた方がいいんじゃないか?」


「でも僕たち、まだ陸路で行くか海路で行くか決めてないじゃない。どっちにも仕事があるなら、どちらの経路で西部に行くか考えないとね」


「そうだったな。いっそひとつしかない方が考えずに済むから楽だなぁ」


「条件の悪い依頼しかないよりましだと思うよ。それに、あの調子だと常に何かしらの依頼が舞い込んでいそうだし」


「要衝にある町っていうのは仕事がたくさんあっていいな。ところで、これからどうする? 今日は特にこれといってやることはないだろう」


「トリスタンは賭場に行くの?」


「ああ、そのつもりだが。一緒に行くか?」


「そうだね。久しぶりに行ってみようかな。しばらくやっていなかったし」


「だったらまずはどこに賭場があるか探そうぜ。大体見当は付くけどな」


 嬉しそうに返事をするトリスタンにユウは機嫌の良い顔を向けた。たまにはやっても良いだろうと単に気が向いただけだが、久しぶりに相棒と賭け事をやってみたくなったのである。


 城外支所の建物から出た2人はそのまま城壁の外周を巡る道を歩いた。




 六の刻を少し過ぎた頃、ユウとトリスタンは歓楽街の中を歩いていた。賭場帰りである。途中昼食のために一時外に出たとき以外はずっと賭場で博打をしていたのだ。


 そんな2人は夕食のための酒場を探しながら会話を続ける。


「いやぁ、今日は負けちまったなぁ」


「たった3回賭けただけで勝っていた分がなくなるのすごかったね」


「つい乗せられちまったんだよ。勝てそうで勝てない勝負があんな連続で続くなんて思わないだろう」


「まぁそうだけど。結局、どのくらい負けたの?」


「銅貨10枚程度だったかな。大した額じゃないぞ」


「あの負けっぷりで損したのがその程度だったら良い方なのかな」


 あまり大金を賭けたことがないユウは首を傾げた。財布の中が空になるほどではないと知っているので何も言わないが、自分だったらもっと深刻な顔をしていると確信する。


 そんな2人がそろそろ入る酒場を真剣に探そうとしていたところ、嫌な光景を見かけた。男1人に女2人の3人連れに、武具で身を固めた男2人がちょっかいをかけていたのだ。


 3人連れの方は一般的は服装だが顔立ちは良く垢抜けている。ただ、男も含めて明らかに荒事向きではない。一方、ちょっかいをかけている男2人は装備の具合から傭兵とも冒険者とも受け取れた。逆にこちらは荒事に慣れている者たちに違いない。


 周囲の人々は大半が無視して通り過ぎ、一部は遠巻きに眺めている。誰も3人連れを助けようとする者はいない。


 ユウとトリスタンは思わず立ち止まって5人の様子を眺めていた。すると、ちょっかいをかけている男の1人が垢抜けた男を殴り飛ばすのを目にする。その後、男2人が強引に女2人を連れて行こうとしていた。


 それを見ていたトリスタンが顔をしかめて舌打ちする。


「ナンパにしてもあれはひどいな。ユウ、助けてやろうぜ」


「助けるの?」


「関係ないのは確かだが、あの様子だと女の方がひどいことをされるのは間違いないだろう。それを見逃すのはな」


 さすがにどうしたものかと考えていたユウは積極的に助けようとする相棒に少し驚いた。女に良いところを見せようとする性格でもないことを知っているだけに、単純に義憤なのだろうと推測する。人として正しいのは間違いないが、まさかこんなあっさり決断するとは予想外だった。


 一歩先んじたトリスタンが女2人を連れて行こうとする男たちに声をかける。


「そこまでにしておけよ。ナンパにしても強引すぎるだろう。連れの男だっているのに」


「は? なんだテメェ?」


 相棒に声をかけられた男2人が鬱陶しそうに振り向いたのをユウは見てため息をついた。とても話し合いで終わるようには見えない。


 その予想は正しかった。トリスタンとの言葉の応酬ですぐに激発した男2人が襲いかかってきたのだ。わかりきっていたことなのでユウはすぐに対応する。


 勝負はすぐについた。対人戦云々以前に明らかに実力不足だったからだ。荷物を背負いながらでも相手の攻撃を躱して反撃するとすぐに男は倒れた。


 逃げて行く男2人の背中から目を離したユウは殴られて倒れた男を介抱する女2人に目を向ける。その表情は何とも言えないものだった。

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