やることの多い休暇
二の刻の鐘を耳にしたユウは安宿の一角にある寝台で目が覚めた。体に微妙なけだるさがまだ少し残っている。起きる気になれないので、しばらく寝台の上でごろごろとしていた。次第にはっきりとしてくる頭でここ数日のことを思い返す。
サルート島で魔塩掘りと遺跡探索をした後、ユウはトリスタンと共にマギスの町からモーテリア大陸のティパ市に船で移動した。ティパ市の方が移動手段が多い他に色々準備をしたかったからだ。
そうして昨日ティパ市に着いたわけだが、夕食を食べてユウはすぐ安宿で眠った。サルート島では色々とあったので疲れていたのである。
相棒が娼館に向かったままであることを思い出したユウは1人で出かける準備を進めた。朝食である干し肉と黒パンを囓りながら今回やるべきことを思い返す。サルート島ではできなかったことをまとめて片付けてしまうため、やることが多い。
食事を終えたユウは立ち上がって背伸びをする。
「うーん、これはしばらくこの町で滞在することになりそう」
独りごちたユウはすっきりした表情で自分の背嚢を背負うと安宿を後にした。
最初にユウが足を向けたのはティパ市の南に流れている豊魚の川だった。その船着き場の端の河原に降りると背嚢からいくつもの瓶を取り出す。水薬や油を入れる瓶だ。
まずは小瓶に入っていた水薬の蓋を開けてユウはその中身をすべて捨てた。1年前に買ってから結局使っていなかった薬である。緊急時に傷んだ薬を使うのは嫌なので買い替えるためだ。
水薬の廃棄が終わるとユウは川べりに寄って瓶を洗った。これは水薬を入れていた小瓶だけでなく、油を入れていた大瓶や虫除けの水薬を入れいていた中瓶も一緒だ。そうして乾いた布できれいに水気を拭う。
瓶の汚れを落としたユウはそれらを背嚢にしまうとティパ市の東門側へと向かった。北門側にある貧民の市場に比べて質の良い品物を買えるからだ。市場に入るといくつも並ぶ店から良さそうな薬屋を選び、新しい水薬を買い揃えた。一緒に傷薬の軟膏や包帯、それに松明の油も手に入れておく。
次いでユウは古着屋を回った。今は毛皮の服を着ているが、旅を続けているといずれ普通の服が必要になる。特に夏でも毛皮の服で過ごせるのは大陸北部だけだ。なので、今のうちに買っておかないといけない。
こちらも何軒か店を回った後、ウール製の上下の衣服、全身を覆える外套、そして革のブーツを購入した。金貨単位での出費を強いられたユウだったが、ようやく着慣れた服を手に入れられて安心する。
ここで一旦買い物を中断したユウは再び豊魚の川の河原へと戻った。目的は水浴びと洗濯である。今回の大いなる目的のひとつだ。
河原に背嚢を置いて毛皮の服を脱いだユウは豊魚の川に入った。大陸でも北の端なので夏にもかかわらず冷たく感じるが、それでも1年ぶりの水浴びを喜ぶ。
一通りはしゃいだユウはゆっくりと体を洗った。垢をこすり落とすのが気持ち良い。やがて終わると川を往来する船を眺める。随分と静かで穏やかな時間だ。頭の中を空っぽにしてぼんやりと川につかり続ける。
体が冷えてきたところでユウは一旦河原に上がると脱ぎ捨てた毛皮の服とブーツを手にした。そして川の中に持って行って洗い始める。川に沈めて揉み洗いした。その間に体が乾いてゆく。
一応洗ったユウは水を絞ると河原に毛皮の服を広げた。乾かしている間に自身は新しく買った衣服とブーツを身に付ける。なんだかとても新鮮な気持ちになった。
そこまで終えてユウは低品質な水袋を洗っていないことを思い出す。今回はこれも買い替える予定なので慌てて洗った。
以後のユウはひたすら河原でのんびりとする。毛皮の服とブーツを乾かすためだ。しかし、さすがに時間がかかる。昼の間ずっと干していたがそれでも湿っていた。
大陸北部の夏では昼間の時間は長い。六の刻でようやく空に朱色が混じり始めたところだ。そんなときにトリスタンが河原に入ってくる。
「ユウ、結局朝からずっとここにいたのか」
「市場で薬を買ってからはね。賭場はもう良いの?」
「今日はな。それより、酒場に行こうぜ」
「わかった。これをしまうからちょっと待ってて」
「まだ湿っているじゃないか」
「だから麻袋に入れておくんだよ。さすがに直接背嚢には入れられないからね。明日もまたここで干すよ。乾いたら売るんだ」
「だったら俺の着ているこれも同じように売るか」
「洗わないの?」
「別にいいだろ。どうせ買い取った古着屋で洗うんだろうし」
「体くらいは洗ったら? もう1年は洗っていないんだし」
「あー、そうだな。体は明日洗おう」
生乾きの毛皮の服とブーツを麻袋に入れたユウは出発の準備を整えた。トリスタンに続いて歩き始める。そうして歓楽街へと向かった。
翌日、ユウはトリスタンと共に豊魚の川の河原へとやって来た。朝一からユウは河原に生乾きの毛皮の服とブーツを並べ、トリスタンは川の中で体を洗う。
川から上がってきたトリスタンが毛皮の服ではなく普通の服を着たのをユウは目にした。興味をなくすと再び川を往来する船に目を向けたが、隣に座った相棒に声をかけられる。
「あ~さっぱりした。ユウ、そっちの毛皮はどのくらい乾いた?」
「まだだよ。普通の服とは違って厚いから乾きにくいんだ。今日1日にはかかるんじゃないかな」
「だったら俺は賭場にでも行こうかな。先に毛皮の服一式を売り払って種銭を作ってから」
「良いんじゃないの。六の刻にまたここに来てよ」
「お前、ずっとここにいるつもりなのか。大変だなぁ」
同情の視線を向けられたユウは少し口を尖らせた。その顔を見たトリスタンに笑われるとそっぽを向く。
そのまま河原から去ってゆく相棒を見送ったユウはため息をついた。確かに待っている間はやることがない。自伝を書こうかとも考えたユウだったが、安宿よりも書きにくいここでは疲れるだけだとすぐに気付いて止めておく。
結局、ユウは毛皮の服一式が乾くのを待つ間、体を動かすことにした。柔軟体操をゆっくりと入念に行い、それから素手で各種武器を持ったときの型の動きをなぞってゆく。どうせ夕食のときまでこの場を動けないので思う存分繰り返した。
毛皮の服がほぼ乾いた翌日、ユウとトリスタンは三の刻の鐘が鳴ると共に安宿を出て市場へと向かった。最初に向かったのは古着屋だ。最もかさばる荷物となった毛皮の服一式を売り払うためである。
衣類一式を買ったときに古着屋を回った経験から、ユウは買った店とは別の場所に毛皮の服一式を持ち込んだ。そこで雑談を交えながら売値を交渉してゆく。東端地方で買って以来使い続けていたこともあって探せば割と傷みがあった。修繕や洗濯済みであることを強調して減額されるのを防ぐ。結果、どうにかして一般的な金額で引き取ってもらえた。
毛皮の服一式を売却すると次は水袋だ。サルート島で急いで買った品質の悪い水袋を下取りして真っ当なものを買う。これで嫌な臭いがしたり水漏れを気にせずに済む。地味に気になっていたことだったのだ。
雑貨屋から出たユウはトリスタンと共に酒場へと向かった。昼時には少し早いが昼食としたのだ。いつものように肉をたくさん食べてエールで流し込む。
店内にそろそろ客が増えて来た頃、ユウとトリスタンは酒場から出た。次いで向かったのは冒険者ギルド城外支所だ。
城外支所の建物に入ったところでトリスタンがユウに疑問をぶつける。
「護衛兼船員補助の仕事を探すんだよな。どの辺りに行くつもりなんだ?」
「西に向かう船なのは当然なんだけれども、問題はここからどの辺りまで行けるかなんだよね」
「大陸西部まで行く船があればいいんだけれどなぁ」
「駄目だったら、大陸西部に向かう船がたくさん泊まっている港町を紹介してもらおうよ」
この辺りの具体的な地図が良くわからないユウたちは相談しながら受付カウンターに続く行列に並んだ。まずは受付係に相談しなければならない。
自分の番が巡ってくるとユウはトリスタンと共に受付係へと質問を投げつけた。それによると、一足飛びに大陸西部へと向かう船はさすがにないらしい。そういう船は海を隔てた向こう側にあるウェスラの町へとよくやって来るそうだ。また、そちらへと向かう船の仕事は1件のみあるという。
「ただし、今日締め切りなんだよな。急がないと間に合わなくなるぞ」
「すぐに紹介状を書いてください!」
次を逃すといつ都合の良い依頼が舞い込んでくるかわからないのでユウは勢い良く受付係に頼んだ。苦笑いしながらも受付係がうなずいて用意を始めてくれる。
書いてもらった紹介状を手にしたユウはすぐに踵を返した。トリスタンもそれに続く。何とも慌ただしい休暇だった。




