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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第24章 魔法の道具と古代人
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戦い終わって島の端で

 数の上では圧倒的に不利なユウとトリスタンだったが、問答無用で戦いを始めて相手の機先を制したことから勢いを得る。包囲網が完成する前に破綻させ、相手のリーダーであるパトリックを行動不能に陥らせたことで相手側が麻痺したのも大きい。


 後は包囲網のなり損ないの構成員を1人ずつ倒していけば良いはずだった。しかし、そこでロビンが強烈な叫び声と共にユウへと襲いかかってくる。


「おああああああああ! テンメェぇぇブッ殺すぅぅぅぅぅ!」


 怒り狂ったロビンが勢いに任せて剣を振り回してきた。剣の型も何もない、本当に単に振り回すだけの攻撃だ。ロビンからするとユウを恨む理由はいくつもあるだろう。そこにまたひとつ、リーダーであるパトリックを倒したという実績が加わったのだからこうなることも理解できた。


 ただ、ユウからするとその理由はどれもが逆恨みの類いである。自分たちが今までやって来たことをすべて無視した上でのものだ。そんなものをユウが受け入れる理由はない。


 勢い以外に見るべきものもないロビンの攻勢をユウは余裕で避け続けた。しかし、時間はかけていられない。そして、この敵は生きている限り止まらないだろう。


 でたらめに振り回される剣を避けたユウはロビンの側面に移ると槌矛(メイス)でその側頭部を打ち抜いた。その瞬間、ロビンのわめきは止まり、その場に崩れ落ちた。


 相手側の中心人物2人を倒したことで心が折れたのだろう、立っている者たちは次々と逃げていく。残っているのは死んだ者と痛みで動けない者だけだ。


 周囲を見たユウはトリスタンを見つけると近寄る。


「トリスタン、どうだった?」


「最初の一撃で1人を倒して相手の勢いを削いだら、後は簡単だったな。ユウは何人倒したんだ?」


「3人だよ。パトリックと数合わせの素人は手を潰して、ロビンは殺したんだ」


「あの発狂したように叫んでいた奴か。こっちは4人全員一応生きてはいるんだが」


「一応?」


「いや、剣で斬りつけたからな。全員血を止めないと危ないんじゃないかなと思って」


 微妙な表情をしたトリスタンの視線を追いかけたユウは手首を切り落とされて呻いている男を目にした。槌矛(メイス)と違って剣の場合は刃で相手を傷つけるのでどうしても出血する。あれで死んでしまったら苦しむだけきついことは間違いない。


 治療するということも一瞬頭によぎったユウだったが、すぐにそこまではしなくても良いと思い直す。海賊船に襲撃されたときや他の船を襲ったときも、敵の船員は相手に治療を任せるか最低限の手当しかしていなかった。ましてやこんな一方的に襲ってきた者たちを介抱する必要があるとはユウには思えない。


 少し考えたユウは相棒に返答する。


「別に治療する必要はないんじゃないかな。最初に言ったけれど、結果的に死ぬのなら仕方ないと思う」


「ああ、うん。そうだったな」


 戦う前に言ったことを再度伝えたユウは地面に転がっているパトリックに目を向けた。今も泣き呻いている。


 ユウの視線に気付いたパトリックの顔が更に歪んだ。苦しそうにしながらも口を開く。


「ちくしょう、てめぇ、絶対にブッ殺してやる。絶対に許さねぇからな」


「好きにすれば良いんじゃないかな。僕たちはもうここには来ないから」


「ちくしょう、絶対探し出しててめぇのもんを全部めちゃくちゃにしてやる」


「これから僕はこの島から出ていくけれど、それでも追いかけてこれるの?」


「絶対だ、絶対にブッ殺してやる」


 思わず相手をしたユウだったが話にならないことを再確認しただけだった。命乞いをしない態度は立派だと言えなくもないが、相手の反応などお構いなしにしゃべっているのは短絡的すぎるだろう。本当にユウを殺すつもりならまずこの場を切り抜けて生き残らなければならない。


 隣に立つトリスタンが疲れた様子でパトリックを見やる。


「あれは駄目だな。痛みで我を忘れてるんだと思う。だから相手にするなよ」


「うん。でも、僕への恨みは忘れそうにないよね」


「今回ので深く刻み付いたって感じだからな。いっそのこと殺しておくか?」


 相棒に問われたユウはすぐに返答できなかった。殺しても殺さなくても後味は悪そうに思えたからだ。どうしたものかと考える。ちらりと隣のトリスタンを見た。今や普段通りの表情だ。


 ああそうかとユウは小さくつぶやいた。危険が及ぶのは自分だけではないことに気付く。仲間であるトリスタンもパトリックにとっては復讐の対象になるのだ。実際にはさっき告げたように島を出たら追われることはないだろう。しかし、禍根を残しておく理由もない。


 槌矛(メイス)を持ったままユウは黙ってパトリックに近づいた。尚も恨み言をはき続ける相手に話しかける。


「ちょっと気が変わったから伝えるよ。もう諦めない?」


「はっ、ビビったのかよ。てめぇは絶対に許さねぇからな」


「諦めないっていうのなら、今ここで殺すけれど」


「オレを殺しても、オレの仲間がお前をブッ殺すからな。絶対にだ!」


「それは無理なんじゃないかな。だってみんな逃げていったよ?」


 呻くパトリックは周囲を見ようともしなかった。目の前のユウにしか意識を向けられないほど痛みで余裕がないのかもしれない。


 自分に対する憎悪でパトリックの感情が凝り固まっていることを知ったユウはため息をついた。予想はできたが、もうこれは話し合いでどうにかなるものではないと実感する。


 若干渋い顔をしたユウは槌矛(メイス)を振り上げてパトリックの脳天に思いきり振り下ろした。いつもの感触が手に伝わり、地面に横たわったパトリックが死んだことを知る。


 嫌そうな顔をしながらユウは踵を返した。トリスタンが出迎えてくれる。


「うん、まぁやっておいた方が後腐れがなくていいよな」


「気分は良くないけれどね」


「で、他の連中はどうする?」


「放っておこう。あの人たちは僕たちに何かしようとは思っていないだろうし」


 相棒と並んで歩くユウは手にした武器を腰に吊しながら言った。相手の怪我人を見ていると心が折れているように見えたのだ。そもそもここから町に帰らないといけないが、果たしてたどり着けるのかという問題もある。


 自分たちの荷物を置いた場所にたどり着くと2人はそれを背負った。朝から大変な目に遭ったが、もうこれで本当に何もない。


 ようやく気兼ねなく旅を再開できることにユウは安心した。




 4日後、ユウとトリスタンはマギスの町にたどり着いた。1度夜中に黒妖犬(ブラックドッグ)の襲撃を受けたが撃退している。それ以外は至って何もない道中だった。


 サルート島の玄関口となっている港町は去年初めてやって来たときとまったく同じ様子だ。磯の香りが漂い、歓楽街と市場は賑わい、港は活気がある。同じ島でも最も規模が大きいのでその分だけ躍動感があった。


 町に着いた翌日、2人は今度こそとばかりに休暇を楽しむ。朝から賭場に向かい、昼からは市場を巡り、そして夜は酒場で盛り上がった。


 カウンター席に座るユウたちは楽しげに食事をする。厄介事は何もないので解放感がたまらなかった。


 木製のジョッキを空にしたトリスタンがユウに話しかける。


「腹の底から楽しめるっていうのは本当にいいよな」


「そうだね。今は先に進むことだけ考えたら良いから楽だよ」


「だよな。で、次はどうするかもう考えているのか?」


「まだはっきりとは。ただ、ティパ市に一旦戻ろうかと思っているんだ」


「何でまた?」


「ほら、ティパ市の側には豊魚の川が流れているじゃない。あそこで体と服を洗おうと思うんだ」


「お前そんなことのために」


 理由を聞いたトリスタンは呆れた。さすがに1年近く洗っていないことを考えるとどこかでという気にはなるが、そのために船旅をしようとまでは思わない。


 相棒の反応を見て苦笑いするユウは更に話を続ける。


「他にも、次に向かう船を探すためっていう理由もあるけれどね」


「船ならここからでも出ているじゃないか」


「でも、船の数が全然違うじゃない。ティパ市の方がずっと多いでしょ。多いということはそれだけ行き先がたくさんあるってことになると思うんだ。それに、次から次へと船がやって来るだろうから、ほしい仕事を待つ期間も短くなるだろうし」


 思った以上によく考えられている提案にトリスタンは感心した。同時に、通りがかった給仕女にエールの代わりを注文する。


「まぁそれはいいや。今はそれよりも娼館だな。前の町だと中途半端だったから」


「ティパ市でもできるんじゃないの?」


「今したいんだよ! それに先延ばしにしていたら、いつまで経ってもできないままだろう!?」


 いきなり力説を始めた相棒に気圧されたユウは言葉を間違えたことを後悔した。何とか話題を変えようとする。


 今度から話題選びには気を付けようとユウは内心で誓った。

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― 新着の感想 ―
結局なぜ夜間行軍のようなことをしてまで主人公らを追いかけてきてたんだろう
悪い主人公ならポンする前に、ずっと間接的に妨害に近いことをやってたネタばらしや金貨じゃ持ちきれない程に稼げたことを丁寧に説明してあげたでしょうけど、サクッと済ませてあげて優しい!
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