諦めない者たち
買い物が終わったユウたちは歓楽街に向かっていた。時刻はまだ五の刻辺り、七の刻を大きく回らないと日が落ちないのでまだまだ真っ昼間である。
「ユウ、早く賭場に行こうぜ」
「いいけれど、昨日は結構負けたんじゃなかったの?」
「勘は取り戻したから、今日は勝つんだ!」
「そんな都合良くいくかなぁ」
相棒の主張にユウは懐疑的だった。これは更に負けが込む予兆かもしれないと考える。
どこまでも主張が並行する2人はそろそろ市場を抜けようかという場所で喧嘩騒ぎに遭遇した。珍しくないことなのでその脇を素通りしようとする。そのとき、ちらりと人の輪の中を見て驚いた。何と喧嘩している一方はロビンたちだったのだ。
顔をしかめたユウだったが、目を逸らそうとする前にたまたま顔を向けてきたロビンとしっかり目が合ってしまった。お互いに目を見開いて固まる。
「あー! テメェ! おぶっ!?」
明らかに油断と見える態度をとったロビンが喧嘩相手に殴られた。そのまま後ろへと倒れる。更に相手の追撃が入った。
そこからの形勢はロビンの相手側に大きく傾く。一方的にやられ始めたロビンを助けようとした仲間が同じように倒され、それが次々と連鎖反応を起こした。
こうなるともう挽回は無理だ。一方的にやられるロビンたちはまだ倒れていない仲間に肩で担がれて逃げていく。勝負はついた。
周りの歓声に応える冒険者風の男たちを最後に一瞥してユウはトリスタンと共にその場を去る。渋面を作りながら内心で頭を抱えた。道を迂回するべきだったと思うがもう遅い。
大きなため息をついたユウがつぶやく。
「はぁ、まさかこんなところで会うなんてなぁ」
「参ったよな。今すぐこの町を出るっていう方法もあるが」
「魔物に襲われるのとロビンたちに襲われるのとどっちがましかって話だよね」
「しかし、あのロビンって奴、まだお前のことを諦めていなかったんだな」
「基地から逃げたときにもう諦めたと思ったんだけれどなぁ」
浮かれていた気分が一瞬で緊張に満ちたものになったユウの気持ちは暗澹としていた。
確実にロビンたちを避けるのならば今すぐ町を出るべきである。しかしそうなると、最低一晩は2人だけで野宿しないといけない。必ずしも魔物に襲われるとは限らないが、多数の魔物に襲われた場合は危険だ。
一方、町に残った場合はロビンたちに見つかる可能性が高い。地元の人間なので地理に精通しているのは間違いなく、更に多数の仲間で追い詰められることになる。戦える人間は限られていても、人を探すための頭数を揃えることは今のパトリックやロビンでも可能だと見るべきだ。
どちらの危険を取るかユウは選択を迫られた。
ロビンたちに見つかったその日、ユウとトリスタンはすぐにソルターの町を出た。魔物よりもパトリックやロビンたちの方が危険だと判断したのだ。休暇2日目の半ばで町を出るというのは何とも悔しいものだが、身の危険を避けるためには仕方ない。
五の刻過ぎから歩き始めた2人は休みなしで鐘2回分近く魔塩の街道を歩いた。おかげである程度距離を稼ぐことができる。
日没寸前、2人は街道の脇に逸れて地面に座った。小さくため息をついてから干し肉と黒パンを食べ始める。
「あ~あ、本当なら今頃は娼館に行っているはずだったんだけれどなぁ」
「まさかこんな形で逃げるように町を出るなんて思わなかったよ」
「俺もだ。ユウ、お前松明を持っているか?」
「ないよ。使い捨ては買っていないし、油もないからぼろ布で代用もできない。今は満月に近い時期だから大丈夫だと思ったのもあるけれど」
「天気が晴れていなかったら危なかったな」
「本当は明日の天気を見て判断するつもりだったんだ。それなのにね」
それきり2人は黙々と食事を続けた。今は月の半ばを少し過ぎた辺りなのでまだ月明かりが強い。なので、晴れていれば松明なしでもある程度視界が利いた。これは不幸中の幸いである。
この時期のサルート島の夜は1年で最も短い。鐘2回分くらいだ。なので、2人は1回ずつ交代で夜の見張り番に就いた。自分たち以外に人がいないという状況はなんとも心細い。例え隊商の庇護が得られなくてもその後をついて行こうとする徒歩の集団の気持ちが良くわかろうというものだ。
そうして朝を迎える。魔物に襲われることなく一晩を過ごせたのは幸いだった。そんな幸運を噛みしめながらユウたちは出発の準備を整える。ここで後続の隊商を待ってその後を歩くという選択肢もあるが、パトリックやロビンたちのことを考えるとどうにも不安だった。
いざ出発というときになってユウは何気なく街道のソルター側に目を向ける。ほとんど無意識の行為だったが、徒歩の集団がこちらに向かって歩いて来ているのを見て驚いた。夜明け直後で隊商の荷馬車もない今、そんなことをする徒歩の集団など初めて見る。
ところが、近づいて来る集団の姿がはっきりとしてくると2人は目を見開いた。その集団はパトリックやロビンたちだったのだ。今の時間に追いつくということは一晩中歩いて来たことに他ならない。追いかけてくることは予想していたが、まさかそこまで執念深いとは完全に予想外である。
走って逃げることも一瞬考えたユウだったがそれは止めた。このままマギスの町まで追いかけられるのは嫌だったからである。相手の数は20人程度、そのうち武具を身につけているのはパトリックとロビンを含めて8人だ。他は貧民街のチンピラ程度か頭数を揃えるための素人と推測できる。しかし、一応木剣や棒などの武器は持っていた。
眠らず一晩中歩いて来たのなら寝不足と疲労で動きが鈍ることも期待できる。
「トリスタン、相手は夜通し歩いて来たみたいだから寝不足な上に疲れているはず。だから、ここで決着を付けておこうと思うんだけれど」
「逃げても追いかけてくるだろうしな。仕方ないか。荷物はどうする?」
「ここに置いておこう。僕たちから近づいて行けば、この荷物のことなんて気付かないままだと思うし」
「それと、ひとつ確認しておきたいんだが、あいつら殺すのか?」
「数が多いから殺すよりもまずは動けなくする方が重要だよ。ただ、結果的に死ぬのなら仕方ないと思う」
「そうか。よし、わかった」
方針を聞いたトリスタンがうなずくのを見たユウは歩き出した。同時に槌矛を右手に握る。相棒の方は短剣だ。もうひとつの武器が戦斧なので得意な方を選んだのだろう。
思い返せば、なぜここまで執着されるのかわからないし、石人形が出現したこととの関係など、気になることはいくつかあった。あるいはこの後尋ねれば得意気に語ってくれるかもしれない。
しかし、ユウはそれらを今更どうでも良いことと切って捨てた。多人数と戦うので話を聞く余裕がないというのがもちろん主な理由だが、聞いたところで今後何にも活かせないからでもある。また、感情的にも相手がしゃべる言葉を聞きたくないというのもあった。
ユウたちが近づいて来ると気付いたパトリックたちは半円形から2人を囲もうと動く。顔に青痣のあるロビンなどは剥き出しの敵意を向けてきていた。
相棒に顔を向けたユウが声をかける。
「問答無用で倒すよ」
「こっちの話なんて聞いてくれそうにないもんな」
正面に顔を向け直したユウは走り始めた。隣のトリスタンも続く。
その様子を見ていたパトリックたちは意外そうな表情を浮かべ、次いで怒りの形相に変わった。突っ込んでくるユウに叫ぶ。
「お前、一時は見逃してやったのによくも、っておい!? ぎゃっ!」
口上を述べようとしたパトリックに対してユウはそのまま槌矛を振り抜いた。1度は槍で受け流されたが、すぐに下から上へと振り上げて左手首に叩きつける。ちょうど籠手で守れていない部分なので攻撃が直撃した。その瞬間、パトリックが悲鳴を上げて怯む。それに対して、次いでその右手を槌矛で潰した。
転げ回って泣き叫ぶのを見たユウは振り向いて手近な敵にすぐ向かう。相手の包囲網が完成する前にその陣形を崩したが、多数の相手が精神的に立ち直る前に数をできるだけ減らしておく必要があった。時間をかけてはいられない。
次の相手は防具を身につけていなかった。粗末な服に棒を持っている。目を全開にして固まっていた。頭数を揃えるために駆り出されたのがよくわかる。明らかに戦い慣れていない。
しかし、放っておくわけにはいかなかった。槌矛で棒を叩きつけて相手が目をつぶって縮こまると、その左手を叩いた。途端に悲鳴を上げて棒を投げ出し、地面にうずくまる。
全体的に動きが鈍いとユウは思った。単純に戦い慣れていない者が大半なのがわかる。
これならば、包囲さえされなければ切り抜けられるとユウは実感した。




