文明的な生活
冒険者と元冒険者の集団はついにソルターの町にたどり着いた。魔物に襲われることなく無事に旅路を終えたことを全員が喜ぶ。
徒歩の集団と同じく、冒険者と元冒険者は急速に散っていった。違いは互いに挨拶をして去ってゆく点だ。
町まであと少しというところで鐘の音を聞いたので現在は六の刻過ぎだとわかっている。空がまだ青いので勘違いしてしまうがもう夕飯時なのだ。
2人だけとなったユウとトリスタンは町の東門あたりに歓楽街があることを覚えていたのでそちらへ足を向ける。懐かしさすら覚える喧騒が耳に入ってきた。正しく文明的な場所だと強く感じる。
空腹を感じていた2人はとある酒場へと入った。室内では大勢の客が食事と雑談を楽しんでいる。その合間を縫ってカウンター席へと向かった。
背中から荷物を下ろして注文を給仕に伝えようとしたユウは違和感の正体に気付く。店内を動き回っているのは給仕女なのだ。そういえばそうだったと1人納得する。
改めて給仕女を呼んだユウはトリスタン共々料理と酒を注文した。そうして席に座る。
「やっと町に帰ってきたね」
「こんなに人をたくさん見るのは久しぶりだよな」
顔を向け合せた2人は多少浮かれた様子だった。まるで大都市にやって来た田舎者を彷彿とさせる。
そんな2人に給仕女が料理と酒を持ってきた。ユウたちはその料金を聞いて驚く。ルインナルの基地の半分だ。思わず安いと漏らすと給仕女に礼を言われた。
トリスタンはすぐに気付く。
「確か、これが普通だったんだよな。あの基地が高かっただけで」
「僕も今思い出したよ。駄目だ、すっかり感覚が狂ってしまっているね」
まるで何も知らない子のような感じに陥ってしまっていることにユウとトリスタンは2人して笑った。これはしばらく感覚を取り戻す訓練が必要だと感じる。
地味に間抜けな話だが、そんなことですら2人は楽しんでいた。今は何であれ明るく輝いて見えるのである。久しぶりの町の味はとても刺激的だった。
翌日、2人は三の刻に寝台から起きる。周りに宿泊客はほとんどいない。思いきり背伸びをすると外に出る準備を始めた。
今日は久しぶりに文明的な遊びを堪能するため、2人で賭場へと向かう。久々ということでトリスタンは特に張り切っていた。しかし、張り切りすぎたのかそれとも博打の勘がすっかり鈍っていたのか、結構負けてしまう。そんな相棒を見て冷静になったユウは、いつも通りちびちびと賭けては少しずつ負けていた。
休憩も兼ねて一旦賭場を出た2人は酒場へと向かう。昼時なので食事のための客が多い。カウンター席に座ると給仕女に料理と酒を注文する。値段が基地の半額ならば1日に2度食事と酒を酒場で楽しめるというわけだ。
食事上での話題は朝に行った賭場の話である。何が良くて何が悪かったのか、次はどうするのかと言い合う。特にトリスタンの方は今までは準備運動でこれからが本番だと張り切っていた。今の2人はかなり懐が温かいので多少の損は問題ない。
料理と酒を楽しんだ後、2人は酒場の前で別れた。ユウはその足で市場に向かう。生活感溢れる異臭が懐かしく思えた。
市場の中は歓楽街とはまた別の活気に溢れている。声を張り上げる屋台の親父、見物する客に品物の良さを伝える露天商の男、そして客と値段交渉をする店舗の店主など、熱心な声があちこちから聞こえてきた。
昼食を食べたばかりのユウは食べ物の匂いに釣られることなく市場の中を回る。久しぶりの人混みなのでなかなか歩きにくい。あまり歩き慣れない様子を見られ続けるとスリが寄ってくるので警戒を強める。
少し負担が強くなったがユウはそれでも市場巡りを楽しんだ。たまに喧嘩しているところにも出くわすがそれは避ける。久々の雑踏を堪能した。
休暇2日目、ユウは二の刻になると安宿の寝台から起きた。今朝は1人である。トリスタンは昨晩娼館に行ったきりだ。夕食を共にしたときに今夜は帰らないと宣言されたのである。別れる直前のやたらと張り切っていた姿が印象的だった。
ということで今朝は1人である。三の刻に冒険者ギルドの建物前で合流することになっているのでそれまでは手空きだ。外に出る準備を済ませると再び寝台で横になる。
三の刻の鐘が鳴るとユウは起き上がって安宿を出た。人通りはあるが過密というわけではない。人の流れに合わせて歩く。
ユウが冒険者ギルド城外支所に着くと、入口の隣でトリスタンが既に待っていた。そのまま近づいて声をかける。
「おはよう。昨晩は楽しめた?」
「そりゃもう! 何といっても半年ぶりだったからな。とりあえずすっきりしたぜ」
「とりあえず?」
「今日も行くんだ。今度は誰にしようかなぁ」
夢見がちに思いを巡らせる相棒になんと声をかけようかユウは迷った。しかし、やることがあるので現実に引き戻す。
2人揃うと城外支所の中へと入った。室内はそれほど冒険者はいないので落ち着いた雰囲気だ。その中を通って受け付けカウンターへと向かった。
代表してユウが右腕がない受付係に声をかける。
「おはようございます。マギスの町まで行きたいんですが、護衛の仕事はありますか?」
「どこかで見たことがあると思ったが、去年同じようなことを聞いてきた冒険者だな。確か、広大な遺跡に行ったんじゃなかったのか?」
「戻って来たんですよ。充分稼げたんで」
「結構なことだ。素寒貧になって帰ってきたりそのまま死ぬ奴もいるっていうのにな」
「ありがとうございます。それで、仕事はありますか?」
「冬ならあったんだがな。春になってからは地元の冒険者だけで仕事を回してる状態なんだ。だから、マギスの町まで歩いて行ってくれ」
「やっぱりそうですか」
「ああ。それにしても、あの遺跡の話は結構広まっているが、なかなか儲かるらしいな」
「うまくいけば、ですよ。そうでなければ物価の高さで有り金を全部巻き上げられてしまいますから」
「素寒貧になる連中がそんな感じだな」
景気の良い話を聞いた受付係が楽しそうにうなずいた。ルインナルの基地から戻ってきた冒険者たちはソルターの町の冒険者ギルドで仕事を探すので、その手の話は集まりやすいのだ。
しかし、表情を改めた受付係が話題を変えてくる。
「そういえば、明るい未来の話は知っているか?」
「クランリーダーがパトリックっていう人のところですよね。確かこの町が地元だって」
「そいつらのことだ。あいつらの噂話が少し前からこの町で広がってるんだよ。遺跡から逃げ帰ってきたって」
「その話は向こうでも聞きました。怪我人の傷を癒やすことなく基地を出て行ったそうですね」
「お前らは何か知っているか?」
「あの人たちが遺跡から出てきた直後の姿を見たことがあります。かなり手ひどくやられている様子で、何かに追われているような様子でした。それで後から聞いた話ですが、どうもその翌日に基地を出て行ったらしいんです」
「そんなことがあったのか。そのせいもあって、あいつらの評判は今こっちだとかなり悪い。元々無茶なことをしていたっていうこともあったからな。ただ、そのせいでかなり気が立ってるとも聞いてる。この町から出て行くっていうんなら、尚のこと関わらないようにするんだぞ」
言われなくてもそのつもりだったユウとトリスタンは真面目な顔つきでうなずいた。
昼食後、2人はマギスの町に行くための準備を始めた。急ぐ必要はないのだが、冒険者ギルドでの話を聞いてやる気になったのだ。ゆっくりとするのは次の町でも良いのではないかと思ったのである。
必要な物を求めて市場へとやって来たユウたちは店を順番に回っていった。去年にも巡ったことがあったのでどの店で何を買うのか大体決まっているので早い。
とある雑貨屋でトリスタンが買い物をしているとき、たまたま手持ち無沙汰になったユウは店主と話を始めた。前にも物を買って少し雑談をしたことがあるのでやりにくさはない。
「それにしても、去年せっかくやりやすくなったと思っておったのに、またあのバカどもが戻って来てかなわんわい」
「パトリックやロビンたちですよね。向こうで手ひどくやられたようですけれど」
「その腹いせなんじゃろうな。まぁたこの辺りでよそ者に難癖を付けておるんじゃよ」
「怪我したときくらいおとなしくしておけば良いんですけどね」
「まったくじゃ。まぁしかし、前ほどの威勢はないようでな、逆にやられることもあるらしいわい」
店主はその後も愚痴を延々と話し続けた。パトリックたちがやられたときの話をするときだけは嬉しそうに語る。あのクランは勢力を取り戻したくて案外と焦っているのかもしれない。
その後トリスタンが会計にやって来るまでユウは店主の話に付き合った。




