探検隊の救出(後)
最近の広大な遺跡では石人形をどうやり過ごすかということが非常に重要となっている。何しろ一般的な武器では倒せないので逃げるしかないからだ。この新たな敵のせいで冒険者たちの探索はやりにくいものになった。
ただし、悪いことばかりではない。地下3層に生息している魔物は発見され次第殺しにかかることがわかっているからだ。遺跡内を歩いているとたまに殴り殺された魔物の死骸を見かけるが、そんなことができるのは石人形だけである。
そのため、この人型をした石の塊に対する評価は冒険者の中で良くもあり悪くもあった。回避方法さえ確立すれば有用と言う者がいれば、厄介な敵が増えただけだと言う者もいる。
この中にあって、近づいて来た石人形をすべて停止させるユウの妨げの小棒は非常に効果的な魔法の道具だ。何しろそのまま素通りできる。魔物が減った分だけ今までよりも進みやすいとも言えた。
救出された探検隊が地下3層を進んでいるときにも石人形に遭遇したが、初めてその動きが停止したのを目の当たりにしたときは誰もが驚愕する。特にシーグルドは最初呆然とし、次いで石人形の体をあちこち触った。しかし、当然何もわかるはずもなく、ちらりとユウを恨めしそうに見てから先に進んでゆく。
これを何度か繰り返した後、一行はようやく地下2層へと続く階段にたどり着いた。ここまで来ればもう安心だ。まだ魔物が出る階層ではあるが、10人以上が集まる一団で進むのならばまず確実に魔物は蹴散らせる。明らかに探検隊の隊員たちは緊張を緩めた。
そうしてついに地下1層まで上がってくる。魔物が出ない階層なのでより一層の安心感できた。ここまで来るとキャレたち4人も表情が緩む。追い剥ぎに狙われることもないだろうから仕方がない面はあった。
地下1層に上がって最初の野営地を選んだとき、一行の雰囲気は明るかった。地上に帰ることができることがわかっているからだ。食事のときの話題もはずむ。
部屋の壁際に座っていたユウは近くに座るキャレと一緒に食事をしていた。干し肉と黒パンであるが、ほぼ仕事を終えた今は旨く思える。
「ユウ、助かったよ。最後に付き合ってくれてありがとう」
「これで僕もお役御免だね。後はキャレたちだけでもやれるよ」
「契約だとここで完了ってことになるけれど、そのまま最後まで一緒について来るのか?」
「明日から別行動するつもりだよ。地下1層なら1日に鐘6回分歩けば4日で地上に戻れるからね」
「そんなに早く地上に戻りたいのか、それとも前に言っていた理由か」
何とも言えない表情を浮かべたキャレが考えるそぶりを見せた。
もちろんユウはっきりと答えない。曖昧に返事をする。
「想像に任せるよ。今の僕たちは自由の身だからね」
「報酬の受け渡しはどうするんだ?」
「キャレが帰還したときにもらうよ。僕たちの方が2日早く外に出るだろうから、基地で待っているよ」
「わかった。期待しててくれ」
苦笑いするキャレに対してユウは笑顔を見せた。仕事は完遂できたので機嫌が良い。後は帰るだけだ。
この日は何も気兼ねすることなくユウはよく眠れた。
翌日、ユウとトリスタンは出発の準備を整えた。一見するといつも通りにしか見えないが、用意ができると最低限の挨拶をする。昨日話をしたキャレとその仲間には軽く挨拶をし、探検隊ではテオドルに声をかけた。さすがに黙って去るのは問題があるからだ。
顔を向けてきたテオドルにユウが話しかける。
「おはようございます。今から先に基地へと戻るので挨拶をしにきました」
「先に戻る? どうしてそんなことをするんだ?」
「実は、手持ちの水と食料があと4日分のみなので、他のみんなよりも早めに基地へ戻る必要があるんです。探検隊に直接雇われているのは元々輝く星のみですから、僕たちがいなくなっても困らないでしょう。もう地下1層ですしね」
「確かにな。まぁそれなら構わんだろう。キャレとは話はついているんだな?」
「昨日話をしました。契約も完了しているので問題ありません」
「ならばこちらから言うことはないな」
一礼したユウはトリスタンと共にテオドルから離れた。そこでトリスタンから話しかけられる。
「やっと終わったな」
「本当にね。帰ったら一休みして、それから基地を離れる準備をしないと」
「今度こそ本当に離れるんだよな」
「そうだよ。護衛の仕事があったら言うことはないんだけれどなぁ」
挨拶も終わって気を抜いた2人は部屋から出ようとした。すると、背後から呼び止められる。振り向くとシーグルドが近づいて来た。ヴィゴも背後に続いている。
相手の自分に対する印象も悪くなってきているのでユウは意外に思った。話しかけられる理由は思い付くが、今この時期というのは不思議である。
「ユウ、今までずっとあの石人形が停止することについて考えていたんだが、それを成しているのは発掘品ではないか?」
「それについては答えないと申し上げたはずですが」
「キャレと契約している間はだろう? その契約はもう完了したとさっき言っていたのだからその言い訳は通用しないぞ」
得意気に語るシーグルドを見ながらユウは面倒だなと思った。こうなることが予想できたから救助に乗り気ではなかったのだ。キャレを見捨てられない時点で覚悟はしていたが、実際にその場面になるとどうしても後悔がにじみ出てくる。
シーグルドの背後に控えるヴィゴにユウはちらりと目を向けた。話をするだけなら連れてくる必要はない。貴人に護衛が付くのは当たり前だが、その人選がこれというのは攻撃的に過ぎる。今もにやにやと笑顔を浮かべていた。
その意味はユウもさすがに理解する。シーグルドの絶対に話を聞くという強い意志の表れだ。ここで突っぱねたら、次はいよいよ実力行使だろう。
「どうして発掘品だと思ったんですか?」
「あんな不思議なことができるのは魔法の道具しかない。しかも、遺跡の中を徘徊する石人形の動きを止められるものなど古代文明で作られたものしか不可能だ。しかし、君のような冒険者がそんなものを当たり前のように持っているとは思えない。ということは、この遺跡を探索したときに手に入れた物に違いないというわけだ」
なかなか鋭い推理にユウは内心驚いた。まったくその通りだからだ。なぜか悔しい思いがこみ上げてきたので認めたくないがそういうわけにもいかない。
「ご明察です」
「そうだろう! そうだとしかあり得ないと思ったんだよ!」
「ご満足いただけたようで何よりです。それではこれで」
「待て。では見せてくれ。どんな物か知りたいんだ」
当然といった様子で要求してきたことにユウは呆れた。貴族だから平民に要求して当たり前という態度がにじみ出てきている。今や被っていた皮は脱ぎ捨てられつつあった。
ため息をついたユウは懐から灰色の円筒形の棒を取り出す。隣のトリスタンが少し目を見開くが今は気付かないふりだ。
手に取ろうとしたシーグルドの手から離そうとしたユウだったが止めた。あまりやり過ぎると無礼だと怒り出す可能性がある。背後のヴィゴの笑顔を忘れてはいけない。
灰色の円筒形の棒を手に取ったシーグルドは興味深そうにそれを眺めた。いろんな角度から見ては何かをつぶやく。
「まるで石のようだな。ユウ、これはどうやって使うのだ?」
「わかりません。持っていたら石人形が停止するんです」
「使い方がわからないのか。しかし、現に使えると。つまり、常時発動型の魔法の道具か」
まるでお気に入りの玩具を触っている子供のようにシーグルドは夢中になって灰色の円筒形の棒を見たり触ったりしていた。いつまでも飽きる様子がないといった感じだ。
じっくりといじり回したシーグルドはやがてユウへと顔を向ける。
「ユウ、これを譲る気はないか?」
「ありません。そう言われるのが嫌だったから見せたくなかったんですよ」
「しかしだな。君はもうこの遺跡から離れるのだろう? だったら、これを必要とする者に譲るべきではないか」
これが商売人相手なら知ったことではないと突っぱねることもできた。しかし、相手が貴族である以上、無碍にしすぎるのは自分の身が危ない。今までは契約を盾にできたが今はその契約がないので尚更だ。
仕方なくという様子でユウは応じる。
「金貨100枚でしたら構いませんよ。この前別の商売人に他の発掘品を金貨60枚で売ったんです。これはそれよりも有用ですからそのくらいはもらわないと譲れませんよ」
「むむ」
値段交渉はしないという態度でユウは臨んだ。他の事例を持ち出されたシーグルドは難しい顔をする。しかし、最終的には応じた。
交渉が成立するとユウは灰色の円筒形の棒を返してもらい、一足先に基地へと向かった。




