知り合いの頼み
ユウとトリスタンが酒場に入って鐘1回分の時間が過ぎた。時刻は六の刻を過ぎている。店内の大半の席は既に客で埋まっていた。冒険者だけでなく、商売人、人足、職人などが1日の終わりを締めくくるためにやって来たのだ。
今も客はちらほらとやって来ている中、2人は給仕を呼ぼうと振り向いた。すると、店の出入口から見知った冒険者たちが入ってくるのを目にする。輝く星のキャレたちだ。目が合うと手を振られる。
「ユウも飲みに来てたんだな」
「今日は早めに来てね。そろそろ夕ご飯にしようかと思っていたところだよ」
「だったら一緒にどうだい? ちょっと話したいこともあるし」
話したいことと聞いたユウはトリスタンと顔を見合わせた。自分たちから話せることはすべて話したし、今更何をという気持ちが強い。
ともかく、その話を聞くためにも2人はキャレたちと一緒にテーブルを囲んだ。給仕に料理と酒を注文してキャレに向き直る。
「それで、話って何かな?」
「今日の昼、探検隊気高い意思の居残り組の代表者から依頼があったんだ。帰還予定日から5日過ぎても探検隊が戻って来ないから救出してほしいと。それで、これを引き受けたんだ。ただ、俺たちだけでは不安だからユウたちにも協力してほしいと思って誘いに来たんだよ」
「色々と言いたいことはあるけれど、その探検隊の居残り組からの依頼って冒険者ギルド経由なの?」
「直接俺たちのところに来た。地下4層でも確実に探索できそうなパーティに依頼したかったからなのと、すぐに救出してほしいからだと聞いてる」
回答を聞いたユウは微妙な表情を浮かべた。冒険者に依頼するときはギルドを経由するのが一般的だ。しかし、依頼を出したからといってすぐに適切な人物やパーティが応募してくれるとは限らない。そのため、迅速に依頼を実行してもらうため、依頼者が直接冒険者に依頼を持ちかけることがある。もちろんギルドは良い顔をしないが、今回の場合のような緊急性の高い場合は目をつぶることが多い。そういう意味で探検隊の依頼者は適切に対処しているといえるだろう。
しかし、だからといってこれが問題のないやり方というわけではない。直接取り引きなので話がこじれると面倒なことになる。しかも仲裁役がいないので解決できない場合が多い。だから直接取り引きを嫌う依頼者や冒険者も一定数いる。
「その依頼を引き受けるのはキャレのパーティだけ? それとも他のパーティと合同?」
「複数パーティに依頼するらしい。ただし、捜索範囲を決めて個別に捜査することになっているから一緒に捜索はしない」
「さっき不安だって言っていたけれど、何が不安なの?」
「地下4層だよ。やっぱり行ったことがないっていうのはね。でも、ユウたちは地下4層に行ったことがあるだろ。それなら協力してもらった方が確実に捜索できると思ったんだ」
「居残り組の代表者っていう人は僕たちのことを承知しているのかな?」
「まだ話していない。けれど、たぶん大丈夫だと思う。人数が増えるということはそれだけ捜索に有利だからな」
「報酬はどうなっているのかな。パーティ単位で報酬を支払うことになっていたら、1人当たりの報酬額が減るよ? あるいは1人いくらっていう形だったら依頼者が渋るかもしれない」
「報酬はパーティ単位だから依頼者は気にしなくてもいいぞ。1人当たりの報酬額が減るのは覚悟の上だ」
その後も色々と話を聞いた2人だったが、特におかしな点は見当たらなかった。頭数が増えるため報酬額が減ってしまう点が問題だったが、知り合いであるキャレの頼みというのであればその点は目をつむれる。
ただ、どうにも気が乗らない依頼だった。これは探検隊の隊長であるシーグルドの印象がユウにとって良くないからだ。最後に別れたときのことを思い返すとやる気になれない。
あともうひとつ、妨げの小棒についてだ。現在の地下3層には石人形が徘徊しているが、この発掘品は半径約5レテム以内でこれを停止させる能力がある。今回のような場合だと特に有用なわけだが、それだけに注目されると色々と厄介なことを引き起こす懸念があった。
では引き受けないのかというとそれも心苦しい。ユウたちは古代人の力も借りて地下4層を何とか探索できたと考えている。自分たちだけではきっと進むのもままならなかったはずだ。つまるところ、キャレたち4人だけで捜索に行った場合、結構な確率で死傷することが予想された。
そこまで考えてユウは根本的な質問をまだしていないことに気付く。
「キャレ、どうしてこの依頼を受けようと思ったの?」
「依頼を引き受けたら、探検隊がそれまでに集めた地下4層までの情報をもらえるからだよ。ユウからもらった地図なんかの情報と合わせると、これは遺跡を探索する上でかなり強力になると思わないか?」
理由を聞いたユウはなるほどと思った。これからもこの遺跡を探索するのならば、確かに探検隊の情報は有用だろう。どうにも困ったことになったとユウは感じた。
とりあえず、自分たちに妨げの小棒がなくて古代人がいない場合を想定してユウは話す。
「理由はわかったよ。その上で僕から話をするね。まず、地下3層の石人形だけれど、これは僕たちが持っている武器だとほとんど傷つけることも難しい。その上、相手の一撃を受けるとこっちは即死する。これは前に教えたよね。キャレたちはこれにどう対処するの?」
「それは知ってる。実際に目の当たりにしたけど、どうにも敵う相手じゃないっていうのはよく理解できたよ。ただ、基本的に1体で通路を徘徊してる上に足は速くないから、避けながら移動できると考えてるんだ」
「運悪く挟み撃ちにされた場合はどうするの? 特に探検隊の人たちと合流して帰るときだと、人数が多いから大変だよ」
「それが頭の痛いところなんだ。たぶんそんな事態にはならないと思うんだが」
「今の返答じゃ何も答えていないよ。本当にそのときになったら、助けるべき人が死んじゃうじゃない」
簡単な質問から始めたところでこの回答ということにユウは頭を抱えた。予想よりも石人形の脅威を正しく認識できていない。これでは探検隊を助けるどころではなかった。今までどうやって地下3層を探索していたのか気になる。
いよいよ困ったことになったとユウは顔をしかめた。ちらりとトリスタンを見ると難しい顔をしている。リーダー同士の会話に口を挟んでこないが、ユウと同じ思いだということは想像できた。
これは考え方を変える必要があるとユウは悟る。
「どうにも心配だから協力することにするよ。ただし、いくつか条件がある。それをすべて受け入れてもらえたらだけれど」
「どんな条件なんだ?」
「最初に、僕たちはキャレ個人に協力する形で参加する。探検隊の居残り組に雇われるんじゃなくて、輝く星に雇われるんだよ。これは、探検隊に直接関わらないようにするためなんだ」
「どうしてそこまで探検隊を避けるんだ?」
「前にあそこの隊長とちょっと揉めたことがあったからだよ。本当なら救助自体したくないんだけれども、キャレがどうしてもやりたそうだから僕たちは君を支援するという形にするんだ」
「なるほどな。それを聞くと少し頼みづらくなるが」
「でも、僕たちへの協力要請はなしにしないし、探検隊の依頼も断るつもりはないんでしょ?」
問われたキャレが苦笑いしてうなずいたのをユウは見た。今後も遺跡で探索するつもりのキャレにとって探検隊の情報は喉から手が出るほどほしいからだ。
それを知った上でユウは最も重要な条件を口にする。
「そして、石人形対策については実はある。ただし、それに関しては一切問わないこと。問うた場合は契約違反としてその場で契約終了とする。これは探検隊に関しても同じだよ」
「対策があるなら嬉しいが、随分と厳しいな。やっぱり探検隊絡みか?」
「そうだよ。探検隊の人たちに問い詰められたときのことを考えて、キャレたちも知らない方が良いんだ。更に、探検隊を救出できた場合、地下1層に上がった時点でキャレからの依頼を終了とする」
「まさか遺跡の途中で別れるのか?」
「それは探検隊、特にその隊長次第かな。今のところ石人形は地下3層だけにしか出てきていないから、地下2層からはキャレたちだけでも依頼は果たせるだろうし」
「そこまで探検隊を避けたいのか。揉めた内容が気になってくるな」
「遺跡の中で突然雇うと言われて断ったら相手が不機嫌になったっていう話だよ」
当時の概略をユウはキャレたちに説明した。これだけで納得してもらえるとは思っていないが、何かしらあったということだけは伝えておく。
この後も6人は探検隊を救出するための話を続けた。




