石人形の影響
2人目の古代人を見送ったユウとトリスタンは遺跡から帰還した。空はまだ青いが門番によると六の刻を回っているという。近頃は七の刻を過ぎてもまだ日が暮れないので空の色合いは参考にならない。
ルインナルの基地へと入った2人は酒場へと向かった。室内の席は大半が埋まっている。
「トリスタン、久しぶりにカウンター席に座ろう」
「本当に久しぶりに思えるな。しばらくテーブル席が当たり前だったから」
半日ほど前に別れた古代人のことを思い出した2人は笑顔を浮かべた。大変だろうが何とかするだろうと気楽に思う。
雑談をしながら店内を歩いていたユウたちはカウンター席に着く前に声をかけられた。振り向くとテーブル席からキャレが手を振っている。
「ユウ、トリスタン、帰ってきてたのか。一緒に飲まないか?」
呼ばれたユウとトリスタンは輝く星の面々が座るテーブル席に座った。給仕に料理と酒を注文するとキャレたちに向き直る。
「久しぶりだね。僕たちは今遺跡から帰ってきたところだけれど、そっちは?」
「昨日だ。今回は長めの探索をしたから、休暇もちょっと長めにするつもりなんだよ」
「疲れたまま遺跡に入るのは危ないからね」
「そうだとも。さっき帰ってきたばかりなら、ユウたちもしばらく休むのか?」
「休むよ。ただ、もう遺跡には入らないけれどね」
「なんだって?」
「僕たちはこの休暇が終わったらルインナルの基地から出て行くんだ」
「どうして? 結構稼げてるんだったよな?」
「充分稼いだからだよ。それに、僕たちは旅の途中だからね」
「知り合いのパーティがまたひとつ減るわけか。残念だよ」
寂しそうな表情を浮かべたキャレが木製のジョッキを呷った。ユウも給仕に届けてもらった自分のエールを飲む。
他の仲間と話をしていたトリスタンが一区切りついたところで顔を向けてきた。そうしてキャレへと問いかける。
「そろそろ別の場所を探索するってこいつらから聞いたんだが、本当なのか?」
「その通りだ。今行っている場所は他のパーティと競合しているところが多いからな」
「けれど、他に行くって言ってもどこに行くんだ?」
「明るい未来が管理していた階段があるだろう? あそこからまた地下3層に行くつもりなんだ。知り合いによると、今はあの階段の辺りを誰も見張っていなくて通り放題らしい。まだ知っている奴らは少ないだろうから、今のうちに行こうかと思ってるのさ」
話を聞いていたユウは先日のことを思い出した。パトリックたちはもうこの基地を出ているのだ。そのことは口にせず、代わりにキャレたちのためになる提案をしてみる。
「キャレ、僕が持っている地図を描き写す気はないかな?」
「ユウたちの地図を? それは嬉しいが、そうか、もう遺跡に入らないからか」
「うん。地下1層から地下4層までの地図を金貨1枚でどう?」
「金貨1枚! しかも地下4層だって!?」
さすがに無料というわけにはいかなかったが、ユウは安値で知り合いに情報を提供することにした。最後まで良い関係でいられた冒険者パーティにはぜひ頑張ってもらいたいのである。
すぐに対価を支払ったキャレにユウは羊皮紙4枚を見せた。興奮した様子でそれを見たキャレが仲間に渡して早速描き写させるのを見る。その間にトリスタンと共に略地図にはない話を他のメンバーへと伝えた。特に今日初めて見た石人形について注意する。
「そいつの話は俺たちも知ってるぞ。何度も遭ったからな」
新しい敵の出現にキャレは苦悩の表情を見せた。あれはかなり厄介な存在で通常の武器で倒すのはかなり難しい。そんなものが通路を徘徊しているのだから大変である。
そういう意味では良い時期に去れるとユウは思った。対抗手段を持っているものの、厄介であることに違いはないからだ。その点はキャレたちに同情する。
「これからも遺跡に入るのなら頑張ってね」
「任せろ。それにしても、あの商売人の話を思い出すな。アルビンと言ったか。儲けて遺跡を去る冒険者から情報をもらった話だ。今のユウはそいつらに似ているな」
「あははは」
実はそれも自分たちの仕業ですとは言えないユウは笑って誤魔化した。隣のトリスタンも少し顔を引きつらせている。
都合が悪いので話題を変えるべく、ユウはキャレたちの今後について話を聞いた。
翌日、ユウとトリスタンは解放感にひたっていた。広大な遺跡にはもう入らないからだ。後はルインナルの基地を出発するだけで、それもいつかを明確に決める必要はない。
そんな2人は三の刻過ぎに起きると身支度を整える。今日は特にやることがないので気が緩みきっていた。
いつでも宿を出られる状態になったトリスタンがユウに声をかける。
「ユウ、今日はどうする?」
「どうするって、別に何もしなくても良いんじゃないかな。もう遺跡には入らないから急いで消耗品を買う必要もないしね」
「こうなると暇だな。他の町みたいに賭場や娼館があればいいのに」
「博打なら酒場でしている人がいたのを見かけたけれど、混ぜてもらったら?」
「あれは仲間内だけでやってるやつだから入りづらいんだ」
面白くなさそうにトリスタンが返答した。納得したユウはそれ以上何も言わない。
朝の間は安宿の大部屋でごろごろとしていた2人はさすがに昼からは外に出た。掃除をしようとした店主に嫌な顔をされたというのもある。
とはいえ、ルインナルの基地で行ける場所など限られていた。酒場にでも行こうかと考えたユウだったが、その前に冒険者ギルド派出所へと寄る。
2人は受付カウンターに続く列に並んだ。やがて自分たちの順番がやってくるとユウが受付係に声をかける。
「こんにちは。ソルターの町までの隊商護衛の仕事はありますか?」
「お前たち、遺跡の探索はもうやめるのか」
「ここにやって来て半年以上になりますが、そろそろ他に行こうと思ったんです」
「いつかはここを離れるときが来るからな。仕方ないのかもしれん」
「意外に残念がってくれるんですね」
「確実に帰って来る冒険者っていうのは重要なんだ。そういう連中は大抵稼いでくれるからな。もっとも、そういうヤツらほどもっと稼げる場所があればすぐにそっちへ行っちまうが」
「それで、仕事はありますか?」
「ソルターの町までだったな。残念ながら今のところはない。大体専属護衛で間に合っているからだ」
「こっちに来るときは仕事があったんですけれどね」
「半年前とは事情が少し違うんだ。あれからこことソルターの町の往来が活発になってきてね、一時期はそれに比例して魔物の襲撃も増えたんだ。けど、春先からその襲撃が急減して、今じゃ専属護衛だけでやっていけてる状態なんだよ」
「経路周辺の魔物を倒しすぎたってことですか」
「恐らくな」
今の護衛事情を聞いたユウは落胆した。帰りも隊商の護衛の仕事にありつけると期待していたからだ。こうなると2人でソルターの町まで行くしかない。
聞きたいことは聞けたユウは立ち去ろうとしたが、受付係が尚も語る。
「ただ、ルインナルの基地を去る他の冒険者たちと一緒に向かうことならできるぞ」
「他にもここから出て行く人がいるわけですか」
「そりゃやって来るヤツもいれば出て行くヤツもいるさ。そういう連中が一塊になって安全な旅をするってわけだよ。こっちで取りまとめて定期的に送り出してるから、申請するんなら受け付けるぞ」
危険な場所を戦える人間だけが集まって移動するというのは悪くない話だった。しかも更に道中の水と食料も冒険者ギルドが提供してくれるとのことだ。
ユウの隣で話を聞いていたトリスタンが受付係に尋ねる。
「珍しく気前のいい話だよな。どうしてそこまでするんだ?」
「ここの物価が高いからだよ。だからせめて帰りの飯くらいは用意してやろうっていう冒険者ギルドの好意さ」
「で、例えばどんな連中と一緒になるんだ?」
「個人の事情まではさすがに聞いてないぞ」
「そこまで教えてほしいわけじゃない。例えば、怪我をして動けない奴とか、問題の多いパーティとか、一緒に行動すると困る連中がいないか不安なだけさ」
具体的な事例を出してきたトリスタンに対して受付係が言葉に詰まるのをユウは見た。どうやら当たりらしい。つまり、ルインナルの基地にいられても困る連中をソルターの町に送り返しているのだ。
話を聞き終えた相棒にユウは顔を向けられる。
「ちょっと考えようかな」
「そうだな。俺もそれがいいと思う。なぁ、別に申請しなくてもいいんだろう?」
「どうするかは当人次第だね。冒険者ギルドの支援を受けたいのならいつでも言ってくれ」
何とも微妙な冒険者の支援にユウもトリスタンも困惑した。気持ち良く受けられない。
とりあえず一旦保留して2人は掘っ立て小屋から出た。




