遺跡の状態(後)
遺跡の地下4層はユウたちが思っていた以上に進みにくかった。上層に比べて劣化している場所が多いからだ。天井が崩れて崩落していたり、側面から水が流れていて水没していたりと、魔物以外で苦労させられることが多くなった。
更にはその魔物の中でも主に巨大土竜関連で3人は1度ひどい目に遭っている。地下4層の通路の床にはたまに大穴が空いているのだが、そこから体長が50イテックにもなる魔物らしき大きな鼠が大量に出てきて襲ってきたのだ。どうやら肉食らしく、やたらと噛みついてくる。1匹ずつの強さはそれほどでもないのだが何しろ数が多い。集団で襲いかかられると武器で対処する余裕などなかった。
なので、3人はこの鼠の魔物らしきものが出てきたらすぐに逃げている。幸いマガの光の魔法と火の魔法を嫌うようなので何とか逃げ切れているが、ユウとトリスタンだけだったらどうなっていたかわからない。
今も鼠の集団から逃げてきたユウたち3人は肩で息をしていた。これで4度目である。
背嚢越しに通路の壁にもたれたユウが水袋を口にした。薄いエールの味が旨い。息が落ち着いてくるとマガに異界諸言語で声をかける。
「あの鼠の集団、マガの魔法で焼き払えないの?」
「通路一帯を丸焼きするくらいの火力が必要ね。私はそこまでできないわ。研究員であって戦闘は専門外なの。それに、ここでそんな大がかりな火を燃やすと、煙なんかで息苦しくなるわ」
「だから1匹ずつに小さく火を点けていたんだ」
「凍らせる方法もあるけれど、あれだけちょこまかと動き回られたらちょっと使えないわね」
「僕たち、ちゃんと動力地区へと向かっているんだよね?」
「それは間違いないわ。本当ならとっくにたどり着いているはずなんだけれど、まだ半分しか進めていないだなんて」
疲労もあってマガはすっかりうなだれていた。予想以上に道中が厳しい。
息を整えたトリスタンがユウに話しかける。
「これ、帰りも危ないよな。あの鼠と土竜がどこから出てくるかわからないから、いちいちあの穴を警戒しないといけないだろう。ここから階段までの間に穴っていくつあるんだ?」
「寄り道せずに戻るのなら2つかな。今のところどっちの穴からも魔物は出てきていないよ。ここじゃちょっと良い話だよね」
「それがいい話ねぇ」
疲れた表情を浮かべるトリスタンが首を横に振った。上層と比べて難易度が確実に上がっているのが実感できる。
体を休めた後、ユウたち3人は新たな経路をたどって動力地区を目指した。やはり崩れた通路と襲ってくる魔物に苦労するが、更に何度か迂回してようやく動力地区へとたどり着いた。
その場所は他と比べて非常に大きな部屋がたまにあるのが特徴だ。まるで巨人が生活していたのかというくらいに広い。そして、中にある崩れ去った何かだったものの残骸も大きかった。
最初に入った部屋でマガが光の玉で室内を照らすと、その大きさに圧倒されたユウは放心する。隣ではトリスタンも口を開けて周囲を眺めていた。
その中にあってマガは眉をひそめながら周囲に目を向けている。いくつかの残骸の前まで歩いてはそれを見て小さくため息をついていた。
何ヵ所かを回っていたマガだったが、やがてユウとトリスタンの元に戻ってくる。
「駄目ね。専門外の私から見ても論外なのがわかるわ」
「これだけ荒廃していたらね。さすがに僕でもわかるよ。他の場所も回る?」
「いくつか回りましょう。恐らく駄目でしょうけれどね」
「転移魔法陣を探す方がまだましかな」
それには答えずにマガは部屋の外へと歩いて行った。この都市を動かす場所がこれでは都市の機能を復活させることなどできない。
3人は動力地区の他の場所もいくつか回った。マガもこの辺りはよく知らないので推測と当てずっぽうだ。それでもどうにかマガの望む場所にたどり着けたが、結果はどこも同じだった。
仕方なく動力地区での調査は終了になり、今度は上下水道地区へと向かうことになる。転移魔法陣を使えれば便利なのだが、動力地区から上下水道地区へ向かう魔法陣がどこにあるのかはマガにもわからない。いくらか探してみたものの、見つからなかったので歩いて行くことになった。
都市の全体像を理解しているマガはおおよその方角を2人に示す。一旦地下4層に下りてきた階段まで戻り、そこから上下水道地区へと向かった。何か問題が発生して階段まで戻るときにできるだけ直線的な経路をたどるためだ。
そうしてまたもや通路の状態と魔物に苦労させられながら先に進み、鐘1回分の時間をかけて上下水道地区へと3人はたどり着いた。恐る恐る中に入ってみると、やはり何かの残骸しかない。更には例の魔物らしき鼠や盲目鰐などの魔物も多数襲いかかってきたので早々に逃げる。探索どころではなかった。
こうして探索3日目が終わる。2日目も色々とあったがこの日はそれ以上だった。疲れ果てた3人は階段まで戻って地下3層へと上がる。あの魔物のような鼠にいつ襲われるかわからないと考えると、地下4層で仮眠を取る気にはなれなかった。
階段の近くで見つけた小部屋に入ったユウたちは安全を確認すると床に座る。ようやく緊張を解いて体を楽にした。
時間になったので全員が干し肉と黒パンを食べ始める。最初の方は話もせずに黙々とだ。空腹なのではなく、疲れているからである。
それでも飢えが満たされると疲れもいくらか癒やされ話せるようになった。最初にトリスタンが口を開く。
「地下4層は俺たちの手には余るな」
「マガがいなかったらひどい目に遭っていたよね」
「まったくだ。あ~、明日もまた行くのかぁ」
「マガ、明日は制御地区っていうところに行くんだよね。そこで終わり?」
「そうよ。都市制御地区には休眠部屋があるはずだから、そこを探し出さないといけないわ」
「探し出す? もしかして、どこにあるのかわからない?」
「地下4層は眠る前にも行ったことがないわ。地図で見ただけなの。動力地区と上下水道地区は大まかな施設を見に行っただけだから簡単に案内できたのよ」
「うわぁ、そうなると、明日は1日中あそこで探索するんだ」
「私もこんなに大変になるとは思っていなかったわ。でも、後はあの地区さえ調べられたら、地下4層に用はないわよ」
「他の都市に行ける転移魔法陣は地下4層にはないの?」
「あるけれど、地下3層以上にもあるはずだからそこを探せば良いわ。できれば地下4層には行きたくないでしょう?」
問われたユウは苦笑いした。確かにその通りだ。地下3層以上ならまだ探索しやすい。
相棒にも通訳すると心底安心した表情を浮かべた。
探索4日目、この日は地下4層の都市制御地区と呼ばれていた場所を目指した。いつものようにユウとトリスタンが先を歩き、指示をしながらマガがその後に続く。
この地区へと向かう通路もやはり手強かった。上下水道地区に続く通路のように水没した場所こそ少なかったが、その代わり床に開けられた穴が多い。場所によっては壁に穴が空いていることもあった。
魔物に襲われる頻度が少なかったのは幸いで、鐘1回分もかからずに都市制御地区へとたどり着ける。ここは都市に備わった機能を操作する地区だ。石製の門をはじめとした各種設備や施設を操作する場所という説明をマガから受ける。
この地区の部屋は先の2地区に比べて普通だった。大広間というような空間はあるものの、巨大というような部屋や設備はない。中にある崩れ去った何かしらの機器や設備も常識の範囲内の大きさといえる。
「マガ、ここも駄目そうだね」
「動力地区が駄目だった時点でどうしようもなかったわ。魔力がなければ何も動かせないもの」
特に堪えた様子もなく、マガはさらりと答えた。
こうして、探索する対象は残すところ休眠部屋だけとなる。地下4層全体の状態が悪いので探すのに苦労することは容易に想像できた。
その推測は正しく、ユウたち3人はたっぷり鐘2回程度も時間をかける。そもそも休眠部屋は一般公開されている設備ではないので、関係者以外は知らないものだからだ。
このため、休眠部屋の探索は地区内をしらみ潰しすることで何とか部屋を見つけ出すことに成功する。ところが、中に入ることはできなかった。部屋の床がほとんど抜け落ちていたからだ。そして、まるで池のように泥色の水面が光の玉の明かりに照らされていた。
最悪の想定はユウたちもしていたが、これはさすがに想定外だ。3人揃って入口で呆然と立ちすくむ。しばらくは誰も声も出なかった。
ただ、いつまでもそうしているわけにはいかない。マガが大きな息を吐き出して踵を返して歩き出す。
反応が少し遅れたユウとトリスタンは慌ててその後についていった。




