遺跡の状態(前)
探索2日目は波乱に満ちた日だった。マガの要請で休眠部屋に入ると魔物の群れに遭遇し、やっとの思いで外に出たら今度はロビンたちと争うことになってしまう。これらの出来事をどうにか乗り越えたユウたち3人だったが、精神的な疲労が強かったのでその後の探索は精彩を欠いた。
仕方なく、3人は鐘1回分早めに休むことにする。探索が杜撰になって発掘品や魔石を見逃してしまうのはまだしも、魔物に不意打ちをされるのは困るからだ。
研究地区にあるとある小部屋をマガに教えてもらったユウとトリスタンはその部屋をこの日の野営地とする。魔物がいないことを確認してから全員が床に座った。
水袋から口を離したトリスタンが声を上げる。
「駄目だ。今日は後半全然だったな」
「仕方ないよ。あれだけ魔物に追いかけ回されていたら」
「しかもロビンの奴に絡まれたしな」
「あれは確かに嫌だったよね」
「その後のユウの仕返しには本当に驚いたけれどな!」
話を蒸し返されたユウは目を逸らした。思い付いたときは成功させることばかり考えていたので全然気にならなかったが、終わってからじわじわと色々思うようになっていたのだ。仕返しをしたこと自体に後悔はないが、あれが適切だったかは議論の余地があるかもしれない。
一旦話題を変えるため、ユウは異界諸言語でマガに話しかける。
「マガ、明日は地下4層を調べるんだよね?」
「その予定よ。ここからだと、動力地区、上下水道地区、都市制御地区の順に回ることになるかしら」
「何か気を付けないといけないことってあるかな?」
「今どんな状態なのかまったくわからないから何とも言えないわね。動いていないでしょうからそこまで危険だとも思えないけれど。それより、化け物に襲われる方がずっと危ないわよ。今日みたいに何十匹も現れたら手に負えないわ」
「そのときは逃げるしかないと思う。そうなると、逃走経路が重要になるね」
「来た道を引き返すしかないんじゃない? 初めての場所は逃げ道として適切ではないと思うの」
「僕もそう思う。そうだ、逃げるときに転移魔法陣は使えないかな?」
「起動させるのに時間がかかりすぎるわ。それに、転移先の魔法陣が使えるかどうかや転移先で魔物と出くわしたらという問題はやっぱりついて回るわよ」
「うーん、そううまくいかないかぁ」
「でも、魔法陣に魔石を置いて常時起動状態にしておいたら使えなくもないわね」
「そんなことができるんだ」
「前に魔法陣の技師からそんなことを聞いたことがあるわ。うろ覚えだけれど」
「でもそれだと、付けっぱなしだから追いかけてくる魔物も一緒に転移してこない?」
「その可能性があるのよね。それに、あれって転送元でないと魔法陣を停止できないから。やっぱり使えないわ」
致命的な問題点があることを聞いたユウはがっかりとした。敵との距離を一気に広げられる妙案だと思ったのだ。しかし、実際にはそんな都合の良い方法はおいそれとないようである。
なかなか思うようにはいかないと思いつつ、ユウたちはゆっくりと一晩過ごした。
探索3日目、ユウたち3人はある程度疲れを癒やしてから野営地を出発した。今日は未知の階層へと向かうので今まで以上に気を引き締める。
地下3層の研究地区から出た3人はマガの指示に従って通路を進んだ。たまに崩落で通路が埋まっていたり魔物が厄介だったりして迂回することはあったが、元は都市なので迂回する経路はいくらでもあった。そして、地下4層の動力地区に近い場所までやって来る。
石製の門の前に立ったマガは手を触れると何かをつぶやいた。すると、門が少しずつ開いてゆく。
「すごい。全部開いた」
「どうしたの?」
「僕が魔塩を舐めてこの門を開けたときは半分ぐらいしか門が開かなかったんだ」
「逆に珍しいわね。どうしてそんな中途半端にしか開けなかったのよ?」
「別に好きでそうしたわけじゃないよ。たぶん、舐める魔塩の量が少なかったからなんじゃないかな」
「転移はしっかり調整してくれるのに門は中途半端にしか開けないって、よく考えたら変な話よね。随分と気まぐれな精霊じゃない」
「話ができたら理由を聞けるんだろうけれど、会話はまったくできないからなぁ」
「ところで、その魔塩って魔力を補充できるのよね?」
「うん。そうだよ」
「今の世の中だと魔力の回復はみんなその塩を舐めてやっているのかしら?」
「たぶん違うと思う。でも、どうしているのか僕は知らないんだ。これが原料になるらしいんだけれど」
腰の巾着袋を取り出したユウはその口を開けた。そうして中に入っている魔塩をマガに見せる。
「これ、ちょっと舐めても良いかしら?」
「良いよ。味は本当にただの塩だから多すぎるとかなり塩辛いよ」
巾着袋の中身をわずかに摘まんだマガはそれを口の中に入れた。それから口を少し動かして顔をしかめる。
「本当に塩の味がするわね。ああでも、確かに少し魔力が回復したように感じるわ」
「そうなんだ。僕は舐めても何もわからないんだよね。魔法を使えないからかな」
「魔力を感じる訓練をしたことはある?」
「ないよ。そんなのがあるんだ」
「魔法を使うときは必ずさせられる訓練よ。中には本当に何も感じない人もいるらしいけれど、やれば大抵は魔力を体感できるようになるわよ」
「へぇ、それはやってみたい。教えてよ」
「帝国語を覚えてからね」
期待に満ちた表情をしていたユウの顔が一気に失望のものへと変わった。太陽帝国語は今も少しずつマガから教えてもらっているがまだ先は長い。マガ以外には使えないというのが難点になっているのだ。
異界諸言語でマガと魔法の話をしていたユウはトリスタンから声をかけられる。
「ユウ、ちょっといいか」
「あ、ごめんトリスタン。先に進まなきゃいけないよね」
「それもあるが、この門は開けたままにしておくのか? それとも通ったら閉めるのか?」
問われたユウはしばらく考えた。地下2層から地下3層に続く階段に続く門は毎回閉めていたが、今回はどうするのかまだ何も決めていない。
他の冒険者たちの侵入を防ぐのならば閉めるべきだろう。地下4層の階段付近をゆっくりと探索するのならばそうするべきだ。しかし、ユウたちはマガの調査が終わる頃にはこの遺跡から離れる。やりたいことはやり路銀も充分に稼げているので、実のところ地下4層についてはあまり興味がなかった。それならば、いっそのこと門を開放しておいても構わないだろう。
「開けっぱなしにしておこう。どうせマガの探索が終わったらこの遺跡から離れるんだし、地下4層を独り占めにしておく理由はないでしょ」
「なるほどな。確かにそうだ。だったらこのまま行こうぜ」
ユウの説明に納得したトリスタンが門の奥を指差した。階段の造りは今までと同じようである。
門を通り過ぎて階段を降りたユウは最初に羊皮紙とペンを取り出して略地図を描き出した。遺跡の中では現在位置を常に把握しておくことは基本である。そのため、未踏の地では最優先で地図を描いた。
階段周辺の略地図を描き終えたユウは出発できるとマガに声をかける。最初の目的地である動力地区の方向を教えてもらうと先頭に立って歩き始めた。しかし、いよいよ気合いを入れて探索するぞと意気込んだ矢先に嫌なものを見つける。
「うわ、穴だ」
「これってあの巨大土竜の掘った跡か?」
少し先の通路の床に約2レテム程度の穴が空いていたのを見たユウとトリスタンは顔をしかめた。かつての苦闘が脳裏に蘇る。戦い方がわかってしまえばそれほどではないのだが、初めてだったのでやたら苦労したのだ。
そんな苦手意識のある魔物の跡を苦々しげに見るユウにマガが声をかける。
「これが何の穴なのか知っているの?」
「大きな土竜が開けた穴なんだ。前にこの遺跡で戦ってかなり苦労したことがあって、ちょっと苦手なんだよね」
「今も近くにいるのかしら?」
「わからない。前は大きな瓦礫を穴に放り込んだら出てきたけれど」
「別に無理をして呼び出す必要はないわよね。そのまま横を通り過ぎたら良いでしょう」
「僕もそう思う。トリスタン、穴はこのまま無視して進もう」
「賛成。俺もあいつの姿は見たくないな」
魔物は極力回避という意見で3人の考えは一致した。面倒なだけの魔物との戦いは少ない方が良いのだ。幸い、通路の幅は充分あるので穴を回避することはできる。
できるだけ刺激しないようにと慎重に穴を避けて3人は進んだ。もちろんこの穴に関してユウは略地図にしっかりと描き込む。帰路で再び通るからだ。
記録が終わると3人は再び進む。魔物の痕跡があるということは、他にも魔物がいるということだ。油断できない。
ユウたち3人は慎重に通路を進んでいった。




