遺跡を探索するにあたって
3人の会話が途切れたとき、給仕が注文した料理と酒を持ってきた。テーブルにいくつもの皿とジョッキが並べられる。
その間にユウはマガの質問の内容を考えた。常識的には難しい、というより無理だろう。女の一人旅は危険だということもあるが、それ以前の話としてマガに旅をやり通すだけの体力があるかという問題があった。ユウが今まで旅をして来られたのは、貧民として劣悪な環境でも生活できるようになったことと冒険者として2年間鍛えられたからだ。マガにどんな能力があるのかはわからないが、この生物としての強さがない限り旅は難しい。
ここまで考えてユウははたと気付く。そうなると遺跡で他の遺跡に転移する方法がなかったとき、マガはユウたちの旅に同行できるのだろうかと。問題は現代の知識がないだけではないことに今更気付いた。
難しい顔をしたユウがマガに異界諸言語で答える。
「1人では無理なんじゃないかな」
「だったら、ユウが帝国人に会ったっていう都市にはあなたにつれて行ってもらうしかないわ」
「そうだね。そもそも、今のマガはお金を持っていないからそれ以前の話だけれど」
「ほんっとうに世知辛いわね、いつの時代も」
ため息をついたマガは黒パンをちぎってスープにひたした。面白くなさそうにそれを口に入れる。
それを機に3人は夕食を始めた。トリスタンとマガが直接話せないこともあって全員が無言で食べる。店内でこのテーブルだけが静かだった。
とはいっても、まだ話し合わなければならないことはある。これが決まらなければ次回の遺跡の探索もできない。
トリスタンがユウに顔を向ける。
「ユウ、他の遺跡に転移する方法がなかったときのことは後回しにしよう。それよりも、まずは遺跡の中で探し回ることについて話をした方がいい」
「そうだね。マガ、まずはあの遺跡の中を探索するときのことを話し合おう」
相棒に指摘されたユウはうなずくとマガに呼びかけた。旅以前にまだやるべきことをやっていないのだ。
声をかけられたマガは少し苦笑いして答える。
「確かにそうね。先走りすぎたわ」
「僕とトリスタンはマガを見つけるまでも遺跡の探索をしていたんだけれど、主にお金になる発掘品や魔石を探し回っていたんだ。収入がないと生活できないからね」
「自分の住んでいた都市を家探しされているみたいで複雑な気分ね。でも、あの様子を見ると本当に長い年月が過ぎたんだってことがよくわかるわ」
「マガからすると僕たちは泥棒に見えるんだね。言われてみるとまぁ」
「元の所有者はもうみんな死んでいるんだから抗議のしようもないわよ」
「それで、今まではお金稼ぎのために探索をしていたんだけれど、次からはマガのために探索しようと思うんだ。ただ、その合間にお金稼ぎもさせてほしい」
「先立つものがなければ何もできないのは私にもわかるわ。私にだって現代のお金が必要なんだから、転移の方法とお金稼ぎは一緒にしましょう」
「理解してもらえて良かったよ」
互いに必要なことを合意できてユウは安心した。今のところマガの生活費はすべてユウが面倒を見ているので、マガ自身にも自分の食い扶持を稼いでもらいたかったのだ。トリスタンにもこのことを伝えると喜ばれた。
次いでユウは探索に関する事柄に進む。
「方針について決まったから、次は探索に関する大まかな話に移るね。遺跡の中を探索するにあたって注意しないといけないのは水と食料についてなんだ。何しろ僕たち人間は毎日何かを食べないと生きていけないから」
「わかるわ。地上に上がってくるときも水で困っていたものね」
「そうだったね。僕たちの場合なんだけれど、持って行く水袋の数の都合上、遺跡の中に入れるのは10日間が限度なんだ」
「あなたに買ってもらったこの背嚢ってまだかなり余裕があるわよ?」
「マガは本当に最低限の荷物しか持っていないからだよ。僕とトリスタンはそうじゃないんだ」
「少し前から不思議だったんだけれど、どうしていつもそんなに大きい荷物を背負っているの? どこかに置いていけば良いじゃない。そうしたらもっと水と食料を持って行けると思うのよね」
「僕とトリスタンにはその置いておく場所がないんだ。冒険者は個室のある宿に定住していないときは原則として全財産を常に持ち歩くのが普通なんだよ」
「ああ、それでそんなに荷物が多いのね。というか、個室のある宿って何よ?」
「今僕たちが泊まっているのが安宿で大部屋にみんなが泊まる形なんだけれど、1人から6人程度まで入れる部屋がある宿もあるんだ」
「2人以上っていうことは個室じゃなくて相部屋ね。それはともかく、その宿、良さそうじゃない。今晩から泊まりましょう」
「悪いけれど、この基地には安宿しかないんだ」
あからさまに落胆したマガを見たユウは申し訳なさそうな顔を向けた。期待が大きく膨らんだだけにその後の失望も大きかったようだ。
一旦会話が途切れたところでユウはトリスタンに今までの会話の内容を要約して伝えた。すると、がっかりするマガに同情の視線を向ける。
すっかりしょんぼりとしていたマガだったが、少し間を置いてからある程度復活した。気力が戻って来た目をユウに向ける。
「そうなると1回の探索は最大で10日間というわけね。ユウ、この集落の近くにある穴から私の眠っていた都市まで歩いてどのくらいかかっていたかしら?」
「普通だったら片道7日間くらいだよ。僕たちは寝る時間を削って4日半だけど」
「だから探索が1日しかできないのね。それなら、転移魔法陣を使って移動時間を短縮するしかないわ」
「また精霊にお願いして転移するの?」
「そうよ。私が起動してあなたが精霊にお願いするの。転移魔法陣に設定された座標がそのまま使えたら良いんだけれど、どこに転移するのか調べられないからそのままじゃ使えないのが難点よね」
「でも、精霊にお願いしたらどこにでも行けるんだよね」
「地下1層は。でも、地下2層からは転移先に化け物と出くわす可能性があるから簡単には使えないわ」
地下1層で精霊に任意の場所に転移してもらう案を実行できたのは魔物が出ないとわかっていたからだ。しかし、地下2層以下では魔物が出てくるので気軽には使えない。転移直後に魔物とばったり遭遇する可能性がある。
「マガ、それで遺跡のどの辺りを調べたいの?」
「まずは私が住んでいた都市ね。そこの地下2層の医療地区、地下3層の研究地区、これは私が眠っていたところね。それと地下4層の動力地区と上下水道地区と都市制御地区よ。医療地区と研究地区と都市制御地区には私が眠っていたのと同じ休眠部屋があるの。もしかしたら私と同じように眠っている帝国人がいるかもしれないから確認しておきたいわ。地下4層は都市の機能を維持するための地区だから、今どうなっているのか見ておきたいの。全部調べるとなると結構時間がかかると思うけれど、ひとつずつ見ていきたいわね」
考えるそぶりを見せながら話すマガの言葉をユウはそのままトリスタンに通訳した。確かに巡る場所は多いが納得できるとトリスタンもうなずく。
「ユウ、でも転移魔法陣が使えないなら地下4層なんてどうやって行くんだ? 俺たちは地下3層までしか行けないだろう」
「階段は使えなくてもあの石製の門は開けられるかもしれないんじゃないかな」
相棒の疑問に答えたユウも自信があるわけではない。気になったのでマガに尋ねてみる。
「地下4層にはどうやって行くつもりなの?」
「転移魔法陣が使えないのなら、歩いて行くしかないわね。階段は全部埋まっているとなると、隔壁を開けてその先にある階段を使うしかないわ」
「隔壁? それって何のこと?」
「ほら、地下3層から2層に上がるときに階段を登ったでしょう。あの先にあった石製の門のことよ。こっちから魔力を流したら動くみたいだし、地下4層へはそこから行きましょう」
「わかったよ。それと、さっきまずはマガが住んでいた都市って言っていたけれど、これってどういうこと?」
「あなたたちが遺跡と呼んでいる場所って、私からすると空間をねじ曲げていくつもの都市がくっつけられている状態なのよ。だから、自分の住んでいた都市とその周辺くらいは調べておきたいの。他の都市にも休眠部屋はあるはずだから」
「もしかして、全部探すつもり?」
「ユウの話だと無限にくっついているように聞こえるのよね。そんなはずはないんだけれども。ともかく、2つか3つくらいね。それで駄目なら、まったく別の所に行くつもりよ」
延々と探すことにはならないと知ってユウは安心した。付き合うにしてもさすがに限度はあるのだ。
テーブルを囲んだ3人の打ち合わせはその後も長く続いた。




