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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第24章 魔法の道具と古代人

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古代人と現代の生活

 門番の誰何を何とかやり過ごしたユウとトリスタンは疲れ果てていた。遺跡の中では肉体的に厳しかったが、地上に出てからも門番相手に精神をすり減らしてしまったからだ。


 それにしても、あらかじめ取り決めたマガの素性は在野の女魔法使いしか役に立たなかったのには2人とも肩を落とした。結局半分以上は出たとこ勝負で何とかなってしまう。


「在野の女魔法使いがお供と2人で遺跡に入って迷っていたところを俺たちが助けて面倒を見ることになった、ということにこれからはなるんだな」


「そうだね。古代人の研究にのめり込めすぎて自分を古代人だと思い込んじゃって、言葉まで忘れちゃった人になるけれど」


「俺が初見で聞いたら絶対距離を置くなぁ」


「しょうがないじゃない。僕たちの言葉を話せないんだから」


「それじゃ、あれは何語をしゃべっていることにするんだ?」


「特殊な言語ということにしよう。僕は死んじゃったお供の通訳の人にそれを教えてもらったことにする」


「絶対無茶があるよな」


「もうここまで来たら押し切るしかないよ。片言しか話せないっていうことにして」


 次第に開き直ってきたユウが強く言い切った。出だしから大きく狂った素性の説明をきちんと取り繕うことはもうできないと諦める。不安はあるがもはやどうしようもなかった。


 疲労と不安を抱えながら2人は酒場へと向かう。貧民出身が多い冒険者の中に貴族然とした風貌のマガが入ったら注目されるのは間違いない。しかし、当面一緒に行動する以上は避けて通れなかった。


 3人で店内に入る。中は繁忙期ではないらしく閑散としていた。一斉に注目されないだけましだと言える。


 テーブル席に座ったユウとトリスタンは給仕に酒と料理を注文した。次いでマガを見てはユウが気付く。マガは自分で注文できない。


 小さめの声でユウはマガに話しかける。


「マガってお腹は減っているかな?」


「ある程度だけれど」


「それじゃ、エールと黒パンと肉入りスープを頼むけれど、良いかな?」


「お願いするわ」


 本人の要望を聞いたユウは給仕にマガの料理と酒も注文した。それでようやく落ち着いた気分になれる。そして、今になってマガが眉を寄せていることに気付いた。


 気になったユウはマガに異界諸言語で話しかける。


「どうしたの?」


「この集落に入ってからだけれど、ひどい臭いがするようになったわね」


「あー、うん、それは何て言うか、生活臭みたいなものだから」


「すえた臭いや汚物の臭いなんかが?」


「昔はそういう臭いってあんまりしなかったらしいね」


「まるで下水道に入っているみたいだわ」


 本物の下水道はもっとすごい臭いだということをユウは口にしなかった。古代文明のときはずっと清潔だったとかつて聞いたことがあるものの、ユウからするとそちらの方が想像できない。


 しばらくすると注文した料理と酒が運ばれてきた。ユウとトリスタンの前には、エールの入った木製のジョッキ、黒パンが載せられた皿、そして肉の盛り合わせだ。一方、マガの前にはエールと黒パンと肉入りスープである。


 温かい食事を前にした2人は笑顔になった。まずは木製のジョッキを傾けると料理に取りかかる。


 その様子を見ていたマガも最初に木製のジョッキを両手で持った。顔に近づけると中に入っているエールをじっと見つめる。鼻に近づけてわずかに首を横に傾けた。そうしてようやく口にする。とても難しい顔になった。


 木製のジョッキから口を離したマガがつぶやく。


「遺跡の中で飲んだあの薄いエールと味が似ているわね」


「こっちはエールだからね。本物のお酒だよ」


「薄くてもあっちもお酒でしょう?」


「酒精があるという意味ではそうなんだけれども、僕たちにとっては水と同じなんだ」


「水は飲まないの?」


「古代のような浄水がないから飲まないんだ。お腹を壊しちゃうよ」


「なるほど、酒精で殺菌しているのね。それと、こっちは変な臭いや味がしないわね」


「水袋に入れるとどうしても袋の臭いとかが付いちゃうからね。それはこれからも我慢してもらうしかないよ」


 木製のジョッキに入っているエールを見つめるマガを見てユウは苦笑いした。高度な文明の立派な食事がどんな物かは想像するしかないが、現代ではこれが平民のごちそうである。ここで生きていく以上は慣れてもらうしかなかった。


 エールに続いてマガは肉入りスープを口にして再び難しい顔をする。ただ、今回は小さくうなずきながら連続して木製の匙を動かしていた。どうやら及第点だったらしい。尚、黒パンに関しては遺跡と同じだと顔をしかめる。ユウが小さくちぎってスープにひたして口に入れたのを見て食べ方を知るとその後は何も言わなくなった。


 他にも、肉の盛り合わせから切り取った肉を2人から受け取ったマガはそれを口にする。ゆっくり確かめるように口を動かしていた。かなり慎重だ。感想は何もなかった。


 こうしてユウたち3人は少し早めの夕食を食べる。今回はマガに現代の食事を知ってもらうために雑談はその手の話題が中心となった。




 食事が終わるとユウたち3人は酒場を出た。この頃には客も増えて来たのでマガを見る者たちも多かったが、店に入るときほど注目されていなかったのは救いだ。


 もうほとんど雪も見えなくなった基地内を歩き、3人が次いで向かったのは安宿である。食事と同様に寝床の確保も重要なわけだが、ここもやはりマガの理解を超えていた。


 店先で店主に宿代を支払うとユウたち3人は毛布をもらう。手渡されたそれを受け取った瞬間、マガの目が見開かれた。顔を引きつらせて叫ぶ。


「何よこれ! 臭いし汚いじゃない!」


 店主を含めた周辺にいた人々が一斉にマガへと目を向けた。太陽帝国語だったのは幸いであったろう。ユウ以外は怪訝な表情をしただけだ。


 片言でも言葉を理解したユウが周りの人々に愛想笑いをしながらマガを引っぱってゆく。


「マガ、ここにはそういうのしかないから諦めて」


「嘘でしょう!? さすがにこんなのを使いたくないわよ!」


「でも、それがないと風邪を引いちゃうよ。最悪僕が今使っているこの毛皮製品の外套を貸してあげるけれど、どっちが良いかな?」


「なんでこんな選択を迫られているのよ」


 異界諸言語でユウはどうにかマガを説得しようとした。ユウの外套は1年近く洗わずに使い続けている代物だ。それに対して、毛布は誰が使ったのかもわからず、しかも最後にいつ洗ったのかも不明だった。


 かなり渋い表情をしていたマガは最終的にユウの外套を選んだ。実はその方がずっとましなのだが、よく理解していないマガは本当に苦渋の決断をした様子である。


 しかし、マガの苦難はまだ終わらない。


 大部屋の隅でユウと話し合っていたマガは他へと顔を向けた。室内には大きな木箱のような物を縦横に一定間隔で置いてあり、その上に毛布が敷いてある。安宿の客たちはその毛布が敷かれた木箱の上に座ったり寝転んだりしていた。


 それらを目にしたマガが震える。


「ねぇ、ユウ。もしかして、今晩寝るところってこれなの?」


「そうだよ。寝台ひとつに3人まで横になるんだ」


「3人!? どう見ても2人じゃない!」


「あーそれはだね、真ん中の人は頭と足を反対に向けにして横になったら」


「私、この世界で生きていけそうにないわ」


「そんな大げさな」


「ユウはいつか言っていたわよね? この世界じゃ入浴や水浴びなんてほとんどしないって。そんな人たちと一緒に寝ろっていうの?」


「あんまりこんなことは言いたくないんだけれど、これからはマガも僕たちと同じ生活をすることになるんだよ?」


 ユウの話を聞いたマガが目をいっぱいに広げた。今まで見聞きしたことをまとめると気付けるような事実だが、どうやら精一杯目を背けていたらしい。


 さすがにこれはかわいそうに思えたユウはトリスタン顔を向ける。


「トリスタン、最近は寒くなくなってきたから、部屋の隅の寝台でマガと2人で寝てくれないかな。僕はその隣の寝台の端を使うから」


「マガは今まで何て言っているんだ?」


「不潔すぎて耐えられないらしいんだ」


「個室があったらましだったんだろうけどな」


「ルインナルの基地にはないもんね」


「それじゃ、マガが使う寝台で寝るのはユウに代わるよ」


「どうして?」


「この基地って娼館がないだろう? 俺、半年近くも行っていないから」


「あー」


 絶望のあまり表情が抜け落ちたマガの隣でユウは相棒の提案に曖昧にうなずいた。そういえばトリスタンもトリスタンで色々と我慢していることを思い出す。


 結局、マガにはこの寝台で眠ってもらった。太陽帝国語で色々と文句を言っていたが、横になるとすぐに眠ったのは疲れていたからだろう。


 ユウとトリスタンもようやく落ち着いて眠ることができた。

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― 新着の感想 ―
そりゃそうよ人によっては発狂案件よ マガさんここ湿度低い極北なだけまだマシなのかも これユウくんのおばあちゃんも辛かったやろうな ユウくんのおばあちゃんは乙女ゲー聖女または悪役令嬢転生ぽいなと思ってる…
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