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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第24章 魔法の道具と古代人

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色々と困ったこと

 地下3層から地下1層まで上がって遺跡の入口を目指した初日、ユウたち3人は見つけた小部屋に入って一夜を明かすことにした。正確には鐘2回分の休憩をするのである。


 食事を済ませると後は夜の見張り番と仮眠が待っているわけだが、ここで問題が発生した。ユウとトリスタンにではなく、マガにだ。


 今までにない真剣な表情の顔を向けてきたマガにユウは気圧される。


「ど、どうしたの?」


「とても大事なことだから、正直に答えてほしいの。2人は、その、用を足した後、どうしているのかしら?」


 マガの疑問を聞いたユウは目を見開いた。そういえば、前に出会った古代人もこの件で一悶着あったことを思い出す。自分たちとはまったく違う生活様式に驚愕したものだ。


 それはともかく、今である。どうやらマガに生理現象が襲いかかってきたらしい。表情からすると切羽詰まってきているのがわかる。


 隣に座るトリスタンは異界諸言語がわからないのでマガの顔をぼんやりと見上げるだけだ。ユウにも目を向けるが今はとりあえず無視である。


「僕たちの場合だと、その辺に落ちている石ころや葉っぱで拭いているよ」


「正気なの?」


「残念ながら、これが今の習慣なんだ。マガの時代とは違うんだよ」


「野蛮だわ。あまりにも野蛮すぎる!」


「色々と発展していた古代からするとそうなんだろうけれど、残念ながら今はこのやり方なんだ」


 歯を食いしばって震えるマガを見ながらユウはどうしたものかと考えた。とりあえずの解決方法はあるのだが、それはささやかな犠牲をユウに強いることになるので可能ならば避けたい。一瞬説得を試みようかと思ったが、鬼気迫る顔を見て諦めた。


 自分の背嚢(はいのう)からユウは松明(たいまつ)用のぼろ布を何枚も取り出す。


「マガ、前の古代人のときはとりあえず布で代用してもらったんだ。あのときは手拭いだったけれど、これでも使えるはずだよ」


「ありがとう。あなたに心からの感謝をするわ」


「ただ、今の世界だと布はとても貴重なんだ。だから根本的な解決方法を考え」


「ごめんなさい。今は少し急いでいるの。これはもらっておくわ」


 話を途中でさえぎられ、ぼろ布を落ち着きのない態度で取られたユウは呆然とした。小部屋から暗い通路に平気な様子で出て行ったマガの頭上に光の玉が浮かび上がるのを目にする。マガが明かりを(とも)す魔法を使えることをこのとき初めて知った。


 隣に座っているトリスタンがユウに声をかけてくる。


「何の話をしていたんだ?」


「用を足した後、どうやってきれいにするのかって聞かれたんだ」


 何のことか理解できたトリスタンの反応は薄かった。興味がなければこんなものである。


 すっきりとした表情のマガが戻って来たのはそれから結構な時間が過ぎてからだった。




 仮眠を取った後、ユウとトリスタンはいつものように小部屋を出発しようとした。しかし、マガに止められる。一瞬顔を見合わせた2人だったが、すぐにマガへと向き直った。


 2人に顔を向けられたマガが口を開く。


「ユウとトリスタンに提案があります。転移魔法陣を使いましょう」


「あれを? どうしたの急に」


「昨晩、今の環境に重大な問題があることを認識しました。そのため、一刻も早くこの問題を解決するべく地上へと向かう必要があります」


「ああ、昨日の用を済ま」


「しかし、今のように歩いていてはまだ4日ほどかかるわけですよね? それでは遅すぎます。よって、転移魔法陣を使うことで帰路にかかる時間を1日未満に短縮します」


「そんなに嫌だったんだ」


「人としての尊厳に関わる話です。嫌も何もありません」


 地上に出たところで用を済ませた後の習慣に変わりはない。ユウはそれを伝えようとしたが気圧されてしまってできなかった。それに、仮に伝えたところでマガをより絶望の淵へと追い込むだけだ。結局地上に上がって現実を知ったときに絶望してしまうわけだが、ユウは自分でマガの背中を押す勇気はなかった。


 しかし、魔法陣に関する疑問はある。これは聞いておく必要があった。真剣な表情のマガにユウは疑問をぶつける。


「あの魔法陣って、確か高純度の魔石が必要だったんじゃないの?」


「基本的にはそうですが、別に絶対ではありません。利用者が魔力を供給する場合は魔石からの供給は必要ないですから」


「あれ、そうだったっけ?」


「はい。ですから、私が魔力を供給しても良いですし、ユウが精霊に頼んでも構いません」


 曖昧だったユウの転移魔法陣の記憶がマガの説明によってはっきりとした。どうやって石棺の蓋を開けたのかという説明のときに精霊の話を既にしていたので、マガは当たり前のようにユウの精霊について言及してくる。


 力強く説明するマガの話をユウはトリスタンに通訳した。話を聞き終えた相棒は微妙な表情のまま疑問を口にする。


「一応使えそうだっていう話は前に聞いたが、本当に大丈夫なのか? あと、魔法陣で転移した後、どこに出るのかわからないと逆に手間になるんじゃないか?」


 通訳しつつもユウはトリスタンの疑問はもっともだと思った。絶対を追求したら何もできないことは理解しつつも、やはり空間が正常でない状態で空間系の魔法を使うことに不安はある。それに、転移先の場所も問題はあった。転移は便利であっても、どこに転移したのかがわからなければ迷子である。


「魔法陣が正常に動くのならば転移は大丈夫のはずよ。ただ、自分の住んでいた都市のものならまだしも、別の都市の魔法陣の転移先の場所がどこなのかはわからないわ」


「何かで調べたりできないの?」


「都市が生きていたらできるけれど。ああ、やっぱり駄目ね」


 話の途中で何かをつぶやいたマガが肩を落とした。何かができなかったらしい。しかし、すぐに気を取り直してユウに話しかける。


「私の方で調べる手段はないわね。だから、ユウ、あなたの地図を出してちょうだい」


「良いよ。はい」


「これに転移魔法陣の位置って描いていないの?」


「使えそうにない転移魔法陣をいくつか見つけたことはあるけれど、用がなかったから描き込んではいないかな」


「転移先がわからないと、私が転移魔法陣の座標を変更して使うのもできないわね」


「わかったらできたんだ」


「それでも難しいわよ。任意で座標を指定するのって専門の技師がするものだし。だから、ユウの中にいる精霊にお願いしましょうか」


「あれは外で古代人に非常用の方法で操作してもらって、精霊に細かい位置を調整してもらったんだ。あの方法で魔法陣を使うの?」


「それしかないわ。私が転移魔法陣を起動して、ユウが地上に最も近い魔法陣に転移するよう精霊に願うの」


 名案といった調子で笑顔を向けてきたマガを見てユウは少し困惑した。何が何でも転移魔法陣を使うという強い意志を感じる。


 とりあえず、ユウはトリスタンに通訳した。そして、相棒の意見も聞いてみる。


「使えるんだったらいいんじゃないのか? 何か問題があるのなら話は変わるが」


「空間をねじ曲げているっていうのが不安だったのは大丈夫なのかな」


「それを調べた当人がここまで転移魔法陣を使うって言うんなら信じるしかないな」


「まぁそれは確かに」


「ただ、転移先がどこかはっきりとしないという問題は解決していないけれどな」


「ここでいくら考えても良い案は出そうにないから、1度転移して向こうの周辺を探るしかないと思う」


「結局そうなるのか」


 予想していたらしいトリスタンが力なく笑いながらため息をついた。


 そうなると、後はユウがどれだけ正確に願えるかという問題になる。マガから略地図を返してもらったユウは地図を眺めた。遺跡の入口とその周辺を思い出す。


 次いで現在地の周辺にある転移魔法陣を巡った。地図には記載していなかったが、何ヵ所かは探索したときに印象に残っていたのである。そのうちのひとつが使えそうだとマガが判断した。


 転移魔法陣の上にある瓦礫を外に移し、砂などを簡単に払った後、3人は全員が魔法陣の中央に立つ。それからユウは魔塩を少し多めに舐め、マガが魔法陣を起動した。


 円筒形の範囲内が次第に明るく輝く中、ユウはひたすら転移先のことを思い浮かべた。壁の中に転移するのは嫌なので必死である。その後も輝きは強くなる一方でやがて真っ白になった。しかし、その状態は長く続かない。すぐにその輝きは失われていく。


 魔法陣の輝きが薄れるに従って周囲の景色が見えてきた。転移魔法陣が描かれた小部屋なのは確かだ。問題はこれがどの辺りなのかである。


 魔法陣の輝きが完全に消えると松明(たいまつ)の明かりのみとなった。揺らめく炎を頼りに通路へと出る。


 ユウは略地図と周囲の地形を見比べた。更には少し周辺を歩き回ってみる。しかし、現在位置がどこなのかいまいちはっきりとしなかった。

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― 新着の感想 ―
多分これマガさん使い切っちゃってるんじゃ 美女も腹痛の洗礼は免れないの恐ろしい… 朝の紳士の社交場、最近めっきり出番がなくて寂しいです またぜひ読みたいです!
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