目の当たりにした影響
遺跡内で大金を稼げるようになってからのユウとトリスタンは休暇を3日間としている。この間に体を休めつつ次の探索の準備を進めるわけだが、何をどうするかはそのとき次第だ。大抵は先に準備を済ませてから休むが、そうでないときもある。
休暇初日に充分休んだ2人は翌日に探索の準備に取りかかった。朝の間は武具の手入れをして昼から消耗品の補充をする。大半がいつも通りの作業だ。
しかし、この日は2人とも雑貨屋で不要になった道具を売った。別の町で買った雪靴である。春の間にサルート島を去る決断をしたからだ。
いつも松明をまとめて買うため店主に顔を覚えられていたユウたちは一般的な値段で引き取ってもらう。多少高めに買ってもらえないか交渉したが駄目だった。秋ならばともかく、今の時期では求められない道具だからだ。
道具を引き渡し、売却金を受け取ったユウがつぶやく。
「まぁこんなものか」
「ありがとよ。また何かあったら売ってくれ、兄さん」
「そうするよ」
懐に金をしまったユウとトリスタンが踵を返そうとしたとき、店主の顔が渋いものになった。視線を追いかけて振り向くと新たな客が入ってきたところだ。普通なら歓迎すべきはずなのだが、その4人のうち1人の顔にユウは見覚えがあった。明るい未来のクランメンバーである。
かつての揉め事については既に解決済みだが、新たに因縁を付けられる可能性はあった。そのため、距離を取るに越したことはない。
早々に店を出た2人だったが、背後から大きな声が聞こえてきたことで振り返る。
「おい、なんで値引きができねぇんだよ!」
「さすがにそれだけしか買わないのに値引きなんてできないよ」
「前は値引いたじゃねぇか」
「あのときは大量に買ってくれたろう。だからだよ」
「銅貨の1枚や2枚くらいいいじゃねぇか」
「だったら銅貨の1枚や2枚くらい値引かずに払ってくれ」
「んだとぉ。オレたち明るい未来の言うことが聞けねぇのかよ。後で痛い目を見るぜ?」
「そのときは冒険者ギルドに訴えてやる。最近、あっちの覚えがよくなくなって来たってことくらい、オレたちでも知ってるんだぞ」
予想よりもずっと強気に反論している雑貨屋の店主を見てユウとトリスタンは呆然とした。以前なら決して見かけなかった対応に事態の推移を見守る。
あくまでも折れない店主に対して遺跡探索クランのメンバーは次第に苛立っていくのがよくわかった。代表して交渉というか脅迫していた男も表情が険しくなってゆく。そうしてついにその代表が店主の胸ぐらを掴んだ。
さすがにこれ以上は見過ごせないとユウは動きかけたが、先に4人組の冒険者たちが割って入った。しかし、当然このままことが収まるはずもない。
乱暴に店主から引き離された代表が大声を上げて冒険者の1人に罵声を浴びせる。
「てめぇ、死にてぇのか!」
「誰がオレたちをやるってんだ? 凄んだって怖かねぇんだよ。今のてめぇらはな」
「んだとぉ!」
「やるってんなら外に出ようぜ。前からてめぇらはムカついてたんだ」
「上等だコラァ!」
流れるように話が付いた当事者たちは雑貨屋の店から出て対峙した。道を譲ったユウとトリスタンをはじめ、店内にいた他の冒険者や通りがかりの人々が集まり始める。
地面が見え隠れする程度にしか雪が積もっていない原っぱで喧嘩が始まる。どちらも4人ずつなので全員が1対1だ。それに対して周囲の声援は全員が冒険者たちへと送られている。遺跡探索クランのメンバーを応援している者はいない。
喧嘩の様子を眺めながらトリスタンが感想を漏らす。
「あいつら、随分と嫌われているな」
「僕たちの知らないところでも色々とやらかしているみたいだから、そのせいじゃないかな。あ、1人倒れたね」
冒険者側の1人が遺跡探索クランのメンバーを殴り倒して馬乗りになった。そこから更に殴りかかる。ここから喧嘩の趨勢が冒険者寄りになった。他の3人の戦いもすべて冒険者側が優勢となる。
倒れたクランメンバーが動かなくなると勝負がついた。近くで殴り合っていた別のクランメンバーは2人同時に戦う羽目に陥ってすぐに倒されてしまう。残り2人も同様だった。こうして勝利した冒険者たち4人が両手を挙げて周囲に応えると歓声が上がる。
喧嘩が終わると野次馬は三々五々に散って行った。みんな機嫌が良い。
気になったユウが勝った冒険者の1人に話しかける。
「お疲れ様。気持ち良く勝てたね」
「おう! あんな連中、大したことねぇぜ!」
「でも、あいつらって後で仲間と一緒に仕返ししてこないのかな?」
「心配いらねぇって。今のあいつらは遺跡で数を減らしてそんなに人数がいねぇんだ。しかも、稼ぎも悪くなったもんだから、この基地内でも前ほど威勢は良くねぇんだよ。だからみんなもう連中を怖がってねぇんだ。さっきの野次馬どもの姿を見たろ?」
楽しそうに笑った冒険者は上機嫌で雑貨屋に戻っていった。
その様子を見ていたユウとトリスタンはいよいよあの明るい未来の衰退を実感する。状態は思った以上に悪そうだった。
六の刻になるとユウとトリスタンは酒場に向かった。この頃は日の入りの時間が七の刻に近いので夕方はこれからだ。しかし、店内は既にほぼ満席で騒がしい。
今日はカウンター席がほぼいっぱいで2人並んで座ることができないと知ったユウはテーブル席を探した。すると、見知った顔を見つける。
「キャレ、遺跡から戻ってきていたんだ」
「ユウじゃないか! あんたも戻って来たところかい?」
「昨日から休みなんだ。今日は次の探索の準備をしていたところだよ」
「そうだったんだ。ところで、良かったら一緒にどうだい?」
「ありがとう」
誘われたユウはトリスタンと共にキャレのパーティが囲むテーブルの席に座った。給仕に料理と酒を注文したユウはキャレに向き直る。
「そっちの最近の調子はどうかな?」
「もう最高だよ! 例の商売人から新しい階段を教えてもらってからは絶好調さ」
「ということは、明るい未来が抑えている階段はもう使っていないんだ」
「もちろんだよ。今は誰も使ってないんじゃないかな。何しろあっという間に新しい階段の噂で持ちきりになったかと思うと、みんな新しい階段に乗り替えたからね。あのアルビンっていう商売人が知らない冒険者にも教えてやってほしいってみんなに言っていたからだろうな」
「やっぱりみんな思うところがあったんだね」
「そりゃそうだよ。横から稼ぎをかすめ取られたら誰だって考えるさ。それに、今じゃすっかり立場も逆転してるからね」
「どういうこと?」
「遺跡の中で連中と鉢合わせても譲らなくてもよくなったんだが、最近のあいつらは実力行使を躊躇うようになったんだ」
「どうして、ってもしかして、それだけ人数が減ったっていうこと?」
「その通り! あいつら遺跡の探索でこのところ死傷者を出しているらしくて、俺たちと争うなって命令されてるそうなんだ。去り際にそんな負け惜しみを言うんだからバカだよな」
言い終えたキャレが楽しそうに木製のジョッキを傾けた。誰にも制限されずに遺跡を探索できてご満悦のようである。
「そういえば、今日雑貨屋で買い物を終えて店を出た直後に、あのクランのメンバーが値切れって店主に迫っていたところに出くわしたんだ」
「お、面白そうな話だな」
木製のジョッキから口を離したキャレが興味深そうに顔を突き出してきた。トリスタンとしゃべっていた他の3人もユウに目を向ける。
相手パーティの注目を受けたユウはそのまましゃべり始めた。店主と言い争うところから外に出て他の冒険者と喧嘩をしてクランのメンバーが負けるところまですべてである。
輝く星の面々はユウの話に聞き入った。嫌な相手がやられる話なので実に楽しそうだ。
ユウが話し終えるとキャレが賞賛する。
「俺もそれを見たかったな」
「あと半日早かったら見られたかもしれないね」
「まぁいいさ。今度は俺たちが遺跡の中で蹴散らしてやるから」
「キャレたちはあのクランのメンバーと遺跡の中で会ったことはあるの?」
「先月に1回だけな。あの後ユウに相談したんだ」
「ああ、あの前だったんだ」
「でも、あれからは会ってないな。最近はまた探索する場所を変えたから、もう早々には会わないと思う」
言い終えたキャレがエールを口に流し込んだ。木製のジョッキを空にすると給仕を呼んで代わりを注文する。
注文した料理と酒を口にしながらユウはその後もキャレたちと話に興じた。ときおり話し相手を変えてはしゃべり続ける。キャレたちとの楽しい席は久しぶりなので話題は尽きない。そのせいもあっていつもよりも長く酒場に居続ける。
その日のユウはトリスタンと共に遅くまでキャレたちとテーブルを囲んだ。




