揺れるクラン、穴を掘る探検隊
遺跡から帰還した翌日、ユウとトリスタンは日の出と共に目を覚ました。とはいっても起き上がったわけではない。5月に近い日の出の時間は一の刻と二の刻の間くらいだ。つまり、非常に早いのである。明るさで目が覚めたものの、休日にこれほど早く起きる理由は今の2人にはない。なので、毛布を頭から被って即二度寝だ。
2人が寝台から起き上がったのは結局三の刻だった。途中で目覚めても起きずにごろごろとしていたからなのだが、ともかく寝台から離れたのはその頃である。
外出の支度ができた2人は冒険者ギルド派出所へと向かった。今回も明るい未来について話を聞くためだ。昨晩酒場で聞いた話が正しいのならば、必ずあの遺跡探索クランにも何らかの影響が出ていると考えたのである。
掘っ立て小屋の中に入り、2人は列に並んだ。受付カウンターの前までやってくるとユウが受付係に声をかける。
「おはようございます。最近の明るい未来について知りたいので教えてください」
「お前ら、前にも聞きに来てたよな。あそこと何かあったのか?」
「もう何ヵ月も前の話ですが、今年に入ってあそこのクランメンバーと喧嘩をしたことがあったんですよ。それで、あっちのクランメンバーの一部にちょっと嫌われているんです」
「あいつらと喧嘩? ああ、もしかして、酒場で乱闘があった件か。懐かしいなぁ。お前が当事者だったのか。納得した。いいぞ、教えてやろう」
腑に落ちたといった様子の受付係がユウとトリスタンに遺跡探索クランの動向について説明を始めた。
それによると、あの遺跡探索クランは最近活動が停滞しているという。原因は他の冒険者が地下3層に続く新しい階段を利用するようになったからだ。このせいで、パトリックたちが抑えている階段は利用されなくなり、他のパーティから情報を得られなくなった。更には地域内の魔物の襲撃対象がクランメンバーに集中するようになり、被害が大きくなっているらしい。
「今まではある意味ルインナルの基地に滞在する多くの冒険者の支援を受けていたあのクランは、ここ最近で急にその支援を受けられなくなってにっちもさっちもいかなくなりつつあるらしいと聞いている」
「でも、またソルターの町から人を呼べば良いんじゃないですか?」
「地下3層で戦えない連中を呼び寄せても仕方ないだろう? ある程度戦えるヤツっていうのはどこでも限られてるんだ」
「そうなると、あのクランはこれからどうなるんですか?」
「さすがにクランだけあってまだいくつかパーティを維持しているが、今の状態だと細々とやっていくしかないだろうな。少なくとも、よそ者を抑える力はもうないんじゃないかな。お前らとしては喜ばしいことだろう」
何となく嬉しそうな雰囲気の受付係に言われたユウは曖昧にうなずいた。自分が狙われる可能性が低くなったことは喜ばしいが、受付係が喜ぶ理由が良くわからない。
色々と考えてみると思い当たる節はひとつあった。他の冒険者があの遺跡探索クランに頼らずに地下3層で活動できるようになったことだ。むしろ他の冒険者の活動を妨害する前に勢力が弱まったことを喜んでいるのかもしれない。そう思うと何となく腑に落ちた。
冒険者ギルド派出所で一応の成果を聞き出したユウとトリスタンは建物から出る。すると、ルインナルの基地の防柵辺りが騒がしいことに気付いた。何人かの冒険者が騒がしい場所へと向かっている。
立ち止まっていた2人はその様子をずっと眺めていた。そのままトリスタンがつぶやく。
「あれ、なんだろうな?」
「どうせこの後予定なんてないんだし、行ってみよう」
興味が先立ったユウを先頭に2人は足早に向かう冒険者の後を追った。基地は広くないのですぐに騒がしい現場にたどり着く。そこでは、複数人の冒険者が来襲してきた魔物と防柵越しに戦っていた。
その様子を離れた場所から眺めていたトリスタンが独りごちる。
「突撃猪、結構でかいな。冒険者が8人くらいいるから楽勝か。いや、いい勝負をしている?」
格子状の防柵に突撃する突撃猪を複数人の冒険者が槍で突いていた。魔物側の攻撃は防柵で防がれているので冒険者側は一方的に攻撃しているわけだが、どうも槍での攻撃に力があまりはいっていない様子だ。
首をひねるトリスタンの横でユウが声を上げる。
「半分くらいはもしかして体のどこかが悪いんじゃないかな。怪我が治りきっていないか、それとも後遺症が残ったか、どちらかだと思う」
「もう半分は?」
「単に腰が引けているだけじゃないかな。あの防柵があるから大丈夫だと思うんだけれど」
微妙な表情を浮かべたユウがトリスタンに返答した。同時にかつて冒険者ギルドの職員から聞いたことを思い出す。この基地の警備は負傷した者や地下2層に行けない者が就いていたはずだ。そうなると、あの冒険者たちの動きにも納得である。
やがて、積極的に動く者だけが防柵の近くで槍を何度も突くようになり、そうでない者はその背後で槍を構えたままぼんやりとするようになった。そうして更に時間をかけてようやく襲撃してきた突撃猪を倒す。歓声を上げるときは全員一緒だった。
夕食時というには少し早い時間帯にユウとトリスタンは酒場に入った。時間が中途半端に空いたので早めにやって来たのだ。店内に客はあまりいない。
カウンター席に座った2人はエールを注文して雑談を始めた。話題の中心は今朝見た基地の警備についてだ。思うところを互いに語り合う。
一通り語り終えた2人が次に何を話そうかと迷ったとき、トリスタンと空席ひとつ挟んで隣に座る人足がくだを巻いているのを目にした。耳を傾けると遺跡で穴を掘っていたらしいことがわかる。2人は顔を見合わせた。
ひとつ席を移動したトリスタンが酔っ払った人足に声をかける。
「よう、随分と不景気そうな顔をしているな」
「誰だよ、あんたは」
「遺跡に入っている冒険者だよ。見たらわかるだろう? あんたも入っていたようだが。まぁこれでも飲んで落ち着いたらどうだ」
「お、おお。いいヤツだな、あんた! へへ、ここは何かとカネがかかるからよ、1杯飲むのも大変なんだよな」
「まったくだ。遺跡で稼げないとすぐに素寒貧になっちまうもんな」
「その通りだよ。オレもここに来てる商売人と話をして雇ってもらうつもりなんだ。早く町に帰りてぇ」
最初は不審そうにしていた人足も木製のジョッキを差し出されてからは態度が柔らかくなった。そこから酔っ払いにありがちな話題の飛躍を何度か経る。
「で、人足のあんたが遺跡に入って何をしていたんだ?」
「穴を掘ってたんだよ。ほら、土砂や瓦礫で埋まってる階段ってのがあるだろ? そのひとつをオレたちに掘らせたんだよ。テオドルっていう旦那がね」
「テオドルっていうことは、探検隊の気高い意思か」
「あーあー、確かそんな名前だったなぁ」
「でも、あそこは地下3層に通じる階段をもう確保しているはずだよな」
「違う違う。オレたちはその地下3層の階段で穴を掘ってたんだよ」
「ということは、地下4層に行くためか!」
「そうなるねぇ。でもよ、さすがにあの場所は魔物がうようよいて危なっかしいんだ。一度掘ったときに出た土砂を捨てに行ったら仲間が1人喰われちまってよ。ありゃぁ怖かったなぁ」
「今も掘っているのか?」
「いや、オレはもう掘ってねぇ。金払いは良かったんだが、命あっての物種だ。いつ魔物に襲われるかわかんねぇ所じゃ怖くて働けねぇって言って辞めたんだよ」
「探検隊は今も掘ってるのか?」
「たぶんそーじゃねぇかなぁ。隊員ってヤツらが、最近は地下3層の探索がやりにくくなったって言ってたしよぉ」
「探索がやりにくくなった?」
「そうらしいぞぉ。何でも、今月に入って急に冒険者のパーティとよく出くわすようになったらしいからな」
元はトリスタンの席だった場所に移動したユウは酔っ払った人足の話を聞いて内心で驚いた。アルビンが他の冒険者に教えて回ったあの階段の影響が探検隊にも及んでいることを知ったからだ。考えてみれば当然で、ユウたちがシーグルドたちに出会ったのはあの階段近辺だった。つまり、探検隊と探索範囲が重なっていたわけである。
元は自分たちが魔石を売っても注目されないようにという理由から階段の公開に踏み切ったわけだが、思った以上に他にも影響を与えているようだった。これが巡り巡って自分たちにどんな形で跳ね返ってくるのかは今のところまだわからない。
相棒が酔っ払った人足と話をしているのをぼんやりと見ながらユウは考える。やはりそろそろこの遺跡の探索を切り上げた方が良いかもしれない。
木製のジョッキに残ったエールを飲み干すとユウは給仕に代わりを注文した。




