冒険者たちの変化
10日ぶりに地上へ戻ってきたユウとトリスタンは白い息を吐きながら空を見た。遺跡内で計測していた時間によるともう六の刻を過ぎているはずだが、まだ夕方にもなっていない。
ルインナルの基地へと向かう道は往来する冒険者によって踏み固められている。その上から雪が降り積もることも最近はないので滑りやすい。油断してたまにこける者もいるくらいだ。
門番にまだ六の刻にもなっていないことを教えてもらった2人はそのまま酒場へと向かった。酒場は相変わらず満席にならない程度の盛況さだ。店主の思惑はともかく、いつでも必ず席に座れるというのは疲れた冒険者としてはありがたい。
給仕に注文を済ませた2人はカウンター席に座った。すぐにトリスタンが口を開く。
「結局今回は魔石を取れなかったな」
「そうだね。こういうときもあるよ。でも、その代わり良い物を見つけたじゃない」
「まぁな。しかしあの箱みたいなやつは、一体何なんだろうな?」
「一見すると箱に見えるんだけれどね。棒というにしてはかさばるように見えるし、とても軽い。魔法の道具ならもちろんだけれど、そうでなくても使い方が想像できないよ」
「不思議だよな。さすが古代の遺物だ」
2人が雑談をしていると給仕が注文した料理と酒を運んできた。久しぶりの暖かい料理を目の前にしたユウたちは喜んで口にする。体の内から温まり始めた。
しばらくは黙々と食べていた2人だが、その間にも周囲の音や声は耳に入ってくる。大半は不明瞭な音だが中には一部が聞き取れる声もあった。
ユウが口を動かしながらそれら声の断片を耳にしているといくらか話の内容がわかってくる。仲間内の話、他人の悪口、過去の自慢、そして遺跡の話などだ。その中でも、地下3層に続く階段の話だと集中して聞く。
「にしても、あそこの階段は遠いよな。入口から1週間もかかるんだぜ?」
「そうぼやくなって。誰に気兼ねすることもなく地下3層に行けるんだからよ」
「まぁな。連中の顔色を窺わずに探索できるって一点だけでも使う価値はあるわな。しかし、どこのどいつが見つけた階段なのかねぇ」
「それはオレも不思議に思ってるんだよな。ここで一儲けしてどこかに行ったヤツがあの商売人に託したってのがどうにも引っかかる。普通そんなことするか?」
「だよな。それに、去年ならまだしも、今年に入ってから儲けてこの基地からいなくなった同業者なんて知らねぇ。ホントにそんなヤツがいたのか」
「ただ、実際に階段はあるんだよな」
「まぁ深く考えてもしゃーねーな。とにかく、教えてくれたヤツに乾杯だ!」
カウンター席の隣、ユウの背後で酒盛りをしている冒険者たちの笑い声がひときわ大きくなった。次の話題は武具や道具だ。
ある程度食べて飢えが満たされると、ユウは空になった木製のジョッキを持ちながら給仕を呼び止めた。代わりを注文してからカウンターに向き直る。
「トリスタン、たまにだけれど、地下3層に続く階段の話が聞こえてくるね」
「そうだな。ということは、アルビンさんがちゃんと話を広めてくれているってことだな」
「この調子だと今月中にはみんなあっちの階段に移るんじゃない?」
「俺もそう思う。そうなったらあの明るい未来も色々と困るだろう。キャレには朗報だな」
給仕から手渡された木製のジョッキを手に取ったユウは相棒の言葉に同意した。そのままエールを口に含む。
先日、サルート島にやって来て以来の知り合いであるキャレから遺跡探索クランの横暴さについて2人は話を聞いた。それで他の冒険者たちも困っていたそうだが、奇しくも自分のために商売人アルビンへと頼んだことが役に立つ。
このルインナルの基地にいる多くの冒険者の役に立てたことはユウとしても嬉しかった。この様子ならば今後もユウたちが大きな魔石を持って帰ってきても注目されないと確信できる。
改めて店内の様子を窺うと前のときよりも雰囲気が穏やかになっていた。騒がしさに変化はないがその内容はずっと明るく楽しそうである。
そんな楽しげな店内の雰囲気を背に受けながらユウは残りの食事を続けた。
翌日、この日からユウとトリスタンは3日間の休暇になる。休みが1日だけのときとは違い、精神的にかなり余裕があった。
初日はどちらも宿泊している安宿で朝の間に武具の手入れをする。何度もやっていることなので慣れたものだ。最近の2人は戦斧を使っているので、この手入れに力を入れている。切れ味を求めるのならば刃先に神経を尖らせるのは当然だ。昼からは店を回って消耗品の補充である。消耗する品は大体決まっているので回る店も買い求める品もいつもとほとんど変わらない。これは順調に探索できている証拠なので2人とも嬉しかった。
休日2日目は2人で冒険者ギルド派出所へと足を向ける。パトリックたち遺跡探索クランについて尋ねるためである。やはり冒険者の話は冒険者ギルドに集まりやすいのだ。
受付カウンターの前に立ったユウは受付係に声をかける。
「明るい未来について話を聞きたいんですけれども」
「あの遺跡探索クランについてか? それはまたどうして?」
「酒場でちらっと聞いたんですけれど、最近あのクランが抑えている階段を使う冒険者パーティの数が減ってきているって耳にしたんです。それで、原因は何かなと思って聞きに来たんですよ」
「酒場でそんな話が広まってるのか。しかし、あのクランは順調に探索を続けていると今のところは聞いているがな」
「そうなんですか?」
「そうだ。地下3層へ下りる階段の利用者が減ってるという話は今のところは聞いていない。もしその話が本当なら、近くあのクランに何らかの影響が出るだろうな」
自分たちが知っている話を冒険者ギルド側が知らないということにユウは驚いた。その顔に出た表情を受付係に見られて苦笑いされる。
「うちは冒険者の情報が広く集まるのは確かだが、どんな話も最速で知るわけじゃないんだ。だから、本当にここ数日広まった話なんかだと知らないこともあるぞ」
「なるほど、そうだったんですね」
「しかし、あのクランが抑えてるのとは別の地下3層へ続く階段が見つかったという話は聞いたことがある。これが関係してるのか?」
「たぶんそうです。酒場で聞いた話ですと、既に何組かのパーティは新しい階段を使って地下3層で活動してるそうですよ」
「そうなると、新しく見つかった階段の方に他の冒険者が移るのも時間の問題だな」
「前に知り合いから聞いた話ですと、あのクランは遺跡内で自分たちと利害関係が対立したら無条件で譲れって他の冒険者に迫っているらしいですからね」
「その話は知っている。実際はそんな穏やかな話じゃないらしいが」
「止めさせることはできないんですか?」
「冒険者同士の、特に遺跡の中での取り決めだからなぁ。しかも、苦労して自分たちが開通させた階段となるとあまり強くも言えないんだ」
何とも言えない表情を浮かべた受付係が肩をすくめた。実績を上げているクランだけに面と向かって注意しにくいという理由もある。
いささか肩を落としたユウに代わって今度はトリスタンが前に出た。それから受付係に声をかける。
「探検隊の気高い意思の方はどうなっているか知っているか?」
「いや、あっち側は冒険者じゃないから更にわからないな」
「普段の会話すらしていない?」
「そうなんだ。こっちとしては色々と話を聞きたいところだが、あっちはこちらに用がないみたいでね。他の冒険者の話から地下3層で活動していることは知っているが」
「俺たちも情報提供を求められたことがあったな。ということは、今はそのくらいしかわからないのか」
「残念だったな。もし、あいつらのことで何かわかったら、こっちにも教えてくれ」
逆に情報の提供を求められたトリスタンは力なくうなずいた。
用を済ませた2人は掘っ立て小屋から出る。今回は知りたいことを知ることはできなかった。
今は昼下がりだがそれでもまだ寒い。2人は酒場へと足を向けた。その途中、ユウが思ったことを口にする。
「このままみんなが新しい階段を使うようになったら、あのクランはどうするつもりなんだろう」
「ユウ、どうした?」
「明るい未来が結果を出せているのって、他の冒険者から情報をもらっていたからっていう側面があったでしょ。それがなくなったら思うように探索できないんじゃないかなって思って」
「普通に考えたら行き詰まるよな。問題はそこからどうするのかだが」
パトリックたちがあの階段を解放した理由は自分たちだけの力では探索できないからということをユウは思いだした。そうなると、今後あの遺跡探索クランの未来は暗い。
変なとばっちりが来ないことをユウは祈った。




