毎月会う冒険者と商売人
10日間の探索を終えたユウとトリスタンは地上へと帰還した。今までとは異なる探索だったので特に疲れたが、今回は正体不明の魔物に勝つという目的を果たせたという満足感が大きい。
魔石の交換は必要ないので2人はルインナルの基地に戻ると酒場へと向かう。サルート島の3月半ばはまだ冬であるので早く暖かい場所に入りたいのだ。
踏みしめられた雪の上を歩いて2人は木造の掘っ立て小屋の店舗に入った。盛況なのがすっかりお馴染みになった店内の席は大体埋まっている。
何とか開いているカウンター席に座ろうとしたユウたちだったが、後ろから呼び止められて振り返った。店の入口からバートが入ってくる。
「ユウ、トリスタン! 先月ぶりだな!」
「毎月1回は会うよね。僕たちとそっちの周期がそんな感じで合っているのかな」
「だろうな。2人とも遺跡帰りか? オレんところは昨日こっちに着いたばかりなんだ」
「それじゃバートは明日まで休みなんだね。ところで、もう1人の専属護衛の人は?」
「宿で寝てる。昨日羽目を外しすぎて二日酔いなんだ」
「それはご愁傷様。とりあえず、座ろうか」
挨拶代わりの話を交わすとユウたち3人は近くのテーブル席を占めた。通りかかった給仕に料理と酒を注文すると早速話を再開する。最初に口を開いたのはトリスタンだ。バートに話しかける。
「あんたは相変わらず町と基地を行ったり来たりしているのか?」
「そうだぜ。ここ3ヵ月くらい変わんねぇな。雪の上を歩くのがとにかくめんどくせぇ」
「冬の森の中だと魔物もでるから大変だよな」
「そうなんだけどよ、たまには出てくれねぇと困るんだよな」
「何でまた?」
「魔物が出てくれないと、オレたち専属護衛のいる意味がなくなっちまうからさ。だから適度に出てくれるのが一番だね」
兼任とはいえ、荷馬車の護衛を何度もやって来たトリスタンが苦笑いした。頻繁に襲撃されるのは厄介だが、あまりにも平穏無事すぎると仕事がなくなってしまうのは確かだからだ。何事も程々にということである。
給仕が料理と酒を運んできた。3人とも木製のジョッキに口をつけてから食事を始める。ユウとトリスタンは久しぶりの温かい食事に笑顔となった。
あれこれと食べているユウにバートが話しかける。
「オレの方は相変わらずだが、そっちはどうなんだ?」
「基本的には前と変わらないんだけれども、今回はちょっと魔物を倒すために遺跡に入っていたんだ」
「面白そうじゃねぇか! 教えてくれよ」
目を輝かせながら顔を突き出してきたバートにユウが巨大土竜との戦いについて話した。トリスタンも加わって、最初に負けたこと、再戦して勝ったことをひとつずつ説明する。ある意味冒険譚のような話だったのでバートは大喜びで聞き入ってくれた。そのため、話す2人も後半は興が乗る。
巨大な魔物との戦いの話が終わると3人は木製のジョッキを傾けた。全員同時に中身を空にすると給仕に代わりを注文する。
「羨ましいぜ。冒険してるじゃねぇか! こういう話を聞くとワクワクするな」
「実際にやってみると大変だから勘弁してほしいと思うけれどね」
「けどよ、今回のそのでっかい土竜は自分で望んで戦ったんだろ?」
「その先を探索したくてね。でも、それも駄目になっちゃったけれど」
「どうしたんだよ?」
続きを話そうとしたユウは給仕がエールの代わりを持ってきたことで中断した。しかし、木製のジョッキを持つとすぐに再開する。
「巨大土竜と戦った後に近くで探検隊と出会ったんだ。あの気高い意思っていう探検隊に。それで、そこに僕たちが地下3層を歩き回って描いた地図や知っていることを売ったからだよ」
「なんでそんなことをしたんだ?」
「実は僕たち、あのパトリックたちとは別に地下3層に続く階段のある場所を知っていて使っていたんだ。でも、その辺りに探検隊がやって来たことで、もうあの辺はあんまり稼げなくなるだろうなと思って早めに売っておいたんだ。あっちの人の方が探索するのは上手だろうし人数も多いから」
「カネになる間に売っちまったってことか。そりゃ賢いな」
「それに、ここであの探検隊の人たちと良い関係になっておけば、後で良いことがあるかもしれないでしょ」
「貴族様に渡りをつけるっていうのはちょっとこぇなぁ」
「そうなんだけれど、僕たちは明るい未来の方とは良い関係じゃないからね」
「あー、乱闘したんだっけか、クランメンバーと。なるほどなぁ」
納得した様子のバートを見ながらユウはうなずいた。今は見逃されているが、今後地下3層であの遺跡探索クランと遭遇する可能性がある。なので、とりあえず別の勢力と関わっておいて損はないと判断したのだ。
こうして色々と情報交換をしながら3人で食事を進める。たまに出会う知り合いとの雑談はとても楽しいものだった。
翌日、次の探索の準備を進めながらユウとトリスタンはとあることを調べていた。それは明るい未来の動向だ。探検隊と出会ったということは、いずれこの遺跡探索クランと遭遇することを覚悟しておく必要がある。そのため、基地にいる間に何か有用な情報がないか探し回ることにしたのだ。
最初に向かったのは冒険者ギルド派出所である。広く一通りの話を知りたいのならばまずはここだ。それによると、かの遺跡探索クランはソルターの町から仲間を呼び寄せてから再び勢いを盛り返したという。これは自分たちで抑えている階段を利用する冒険者たちから得た情報も大きく貢献していた。そのおかげで、被害も相当抑えられたとのことである。しかし、最近は階段を利用する冒険者たちも慣れてきて探索領域を広げていることから、色々と利害関係がぶつかるようになったそうだ。
ちなみに、探検隊である気高い意思のことは表面上無視しているそうだが密かに張り合っているらしい。ただ、あちらは冒険者ではないのでその動向がほとんど漏れてこないそうである。地下3層で出会った冒険者たちに金銭で情報提供を求めているという話を聞くくらいだ。
これらの話を踏まえた上で2人は酒場や店で人から話を聞いていく。それによると、遺跡探索クランが探索領域を一気に広げ始めたという話を冒険者からよく聞くようになった。よそ者の冒険者と遺跡内でよく出会うようになったからというのが理由だそうだ。しかし、それによりまたクランメンバーの被害が増えているそうである。この話を聞いた2人はやはり近々遺跡内でこのクランメンバーと遭遇する可能性を憂慮した。
それともうひとつ、地下3層で活動する冒険者の間では階段に関する愚痴も耳にする機会が増えてきている。遺跡探索クランが抑えている階段を使うと利用料として地図と情報の提供を求められるが、そのせいでクランメンバーの多い遺跡探索クランに先回りされることが多くなってきているそうだ。このため、自由に使える地下3層へと続く階段を求める声は多かった。
こうして色々と話を集めると1日も終わりに近づいてくる。最後にバートから居場所を聞いたアルビンに会うために安宿へと向かった。
2人の訪問を受けたアルビンは嫌な顔もせず迎えてくれる。
「ユウ、トリスタン、お久しぶりだな。地下3層の探索はどうなんだ?」
「一応うまくいっています。発掘品はまだ見つけられていませんが」
「それは残念だね」
「ところで、ひとつお願いがあるんですけれど」
そう切り出したユウは、アルビンに自分が見つけた地下3層に続く階段の情報をルインナルの基地で広めてほしいと頼んだ。あの開けっぱなしにした石製の門である。
「この地図も複写して構いませんので、ぜひお願いします」
「そんな大切な情報をどうして?」
「魔石を安心して換金するためです。明るい未来について調べて見たんですが、よそ者の冒険者との軋轢が出てきています。もしかしたら例の階段の解放を取りやめる可能性が出てきたんです。そうなったときに僕だけ大量の魔石を換金し続けていたら注目されて危険だからですよ。それに、この門の階段近辺には既にあの探検隊気高い意思も現れていますから、もうあまり秘密にする意味もないんです」
「なるほど、そういうことなのか」
「出所を聞かれたら充分稼いでこの基地を去る冒険者から託されたとでも言ってください。教えるときアルビンさんが対価を求めるのは自由ですよ」
「ははは! ワシの利益も考えてくれていたわけか」
「なかなか発掘品を渡せないお詫びです」
「いいだろう。これからここに来る度に広めてやるぞ」
機嫌良く笑ったアルビンが快諾してくれたユウは喜んだ。本格的に広めるのは来月からになるとのことだが、そこはこの行商人に任せる。
伝えたことを伝えたユウはトリスタンと共に酒場へと向かった。




