正体不明の魔物との再戦
前回の探索でひどい目に遭わされた魔物を討つべく、ユウとトリスタンは準備を整えた。好景気に湧くルインナルの基地を後にして2人は広大な遺跡へと入ってゆく。
もはや何度も入って慣れた遺跡の地下1層をユウたちは歩いた。略地図通りに進むので迷いはない。これで4日半進む。そこから地下3層へと下りた。本番はこれからだ。
松明と戦斧を両手に持って2人は目的地を目指す。通路の両脇にはたまに部屋などが現れるが探索は後回しだ。怖いのは途中で対処不能な魔物に遭遇することだ。かつて盲目鰐が複数現れたように、2人では対処できないために奥に進めなくなるのは何より困る。
何事もないようにという願いは通じた。前回ユウが負傷を治療した部屋にたどり着く。ここで背負っていた背嚢を置いて身軽になった。
体の調子を確かめたユウがトリスタンに声をかける。
「トリスタン、そっちはどう?」
「いつでもいいぞ。初っ端はユウが仕掛けて、後は左右に分かれて切りかかるんだよな」
「そうだよ。この悪臭玉が効いてくれないなら、残念だけれど諦めるしかないね」
「あいつの鼻を思い出すと効きそうな気がするぞ」
「それじゃ、行こうか」
再び通路に出たユウとトリスタンは更に先へと歩いた。ここから先はあの魔物がいる場所なので、暗闇からいきなり襲われないように精神を張り詰めないといけない。
時間をかけて慎重に進んだ2人は2レテム程度の大穴が空いている場所までやって来た。暗闇から急襲されなかったのは幸いである。
「ユウ、もう1度瓦礫を放り込んでみるか?」
「穴の中にいるのならそうするしかないよね。いないのなら、どこだろう?」
「あれだけ大きな魔物だからこの辺の部屋には入りきらないだろう。いるとしたら通路の奥か」
その場でしばらく様子を見ていたユウとトリスタンは何も反応がないとわかると、次の行動に移った。前と同じ部屋から大きめの瓦礫を持ってきて大穴に放り込む。そうしてそこから離れた。
前の魔物がいつ出てきても良いように2人は武器を構えて待つ。しかし、なかなか出てこない。いくら待っても出てこないので互いに顔を見合わせる。
「トリスタン、出てこないね?」
「もしかして、もうこの辺りにはいないのか?」
相棒の何気ない言葉にユウは脱力した。再戦を誓ってやって来たというのにとんだ肩すかしである。通路の奥を労せずして探索できるというのは喜ばしいことだが、どうせなら決着をつけたかったとユウは思った。
すっかり緊張感をなくした2人だったが、何やら床にかすかな振動を感じることに気付く。船とは違うので遺跡の床が揺れることなど普通ならあり得ないが、それが実際に起きていた。
不思議ではあったが同時に2人は微妙に嫌そうな顔をする。近くに大穴があり、床の振動は徐々に大きくなってきていた。
より顔を歪めたトリスタンががユウに話しかける。
「あまり考えたくないことなんだが、あの大穴ってたぶんあの魔物が開けたんだよな」
「うん。他はちょっと思い付かないよ」
「だよなぁ。ということは、あの魔物、恐らく穴を掘れるんだよな」
「今思い返すと、あの手の爪って地面を掘るためのものじゃないかな?」
「俺もそう思う」
「ここからすぐ離れるよ!」
更に振動が大きくなったことからユウは叫ぶと同時に動いた。トリスタンも同じように立っていた場所から離れる。
その直後に石畳の一部が沈んで直径2レテム程度の大穴が現れた。更に前に見たあの正体不明の魔物が鼻面を天井に向けて姿を見せる。
まさか直接穴を掘ってやって来るとは思わなかった2人は離れた場所からその姿を呆然と眺めた。同じ穴を使って再び姿を現すと考えていたのだ。それが、文字通り足下を崩して真下から襲ってくるとは予想外だった。
完全に出鼻をくじかれた2人の目の前で正体不明の魔物が鼻面を向けてくる。ここに至ってユウはその姿が土竜に似ていることに気付いた。
出会い頭は完全に意表を突かれたユウたちだったが、立ち直るとすぐに行動に移る。今日はあの魔物を倒すためにここまでやってきたのだ。ぼんやりと見ている場合ではない。
最初に土竜もどきに突っ込んだのはユウだった。戦斧を床に置き、穴から上半身だけを出した魔物に対してある程度近づく。次いで腰から悪臭玉を取り出してその鼻面に投げつけた。鼻の先にぶつかった玉は割れ、中身がその近辺に拡散する。
「ギヤヤヤアアアア!?」
前回は威嚇という感じだったが、今回は明確に悲鳴だとわかるような声だった。大きな声を上げながら土竜もどきは狂ったように上半身を振り回す。
作戦が成功して突っ込もうとしたトリスタンはすぐに止まった。とても危なくて近づけない。爪はもちろん、あの巨体のどこかでもぶつけられたら簡単に吹き飛んでしまう。
「ユウ、これどうするんだ? 効果はあるようだが、これじゃ近づけないぞ」
「そうは言われても」
余程苦しいのだろう、土竜もどきは暴れるあまり全身を通路に曝し出した。そして、頭部や鼻面が壁に当たるのも構わずに全力で床の上をのたうち回る。
これはしばらく様子を見るしかないと考えたユウはトリスタンと共に明かりで照らしながらその様子を眺めた。時間の経過に従ってその動きは鈍っていくが、それがどんな状態なのかがよくわからない。単純に弱っているのか、力尽きかけているのか、気絶しかけているのか、それとも他の何らかの状態なのか判断がつかなかった。
じっと大きな魔物の様子を見ていたユウはトリスタンに声をかける。
「だいぶ弱ってきたから、そろそろ攻撃しようか」
「そうだな。いつまで待てばいいのかわからないしな」
「念のためにもうひとつ投げておこうか?」
「悪臭玉を? 止めておこう。また延々と暴れられても困るだろう」
「わかった。それじゃ、左右に分かれてあの鼻を攻撃しよう。でも、危なくなったらすぐに逃げること」
「わかった。あの巨体でのたうち回るのに巻き込まれたら、ひとたまりもないからな」
「それじゃ行くよ」
手はずを決めたユウとトリスタンは二手に分かれて土竜もどきに近づいた。2人に対する魔物側の反応はない。体の動きはある程度落ち着きながらも鼻をひくつかせて苦しんでいる。
充分に近づいた2人は前足の鋭い爪を気にしながらも戦斧を目の前の鼻面に振り下ろした。熊のような毛の部分とは異なり、鼻面近辺は刃で切り裂ける。
「ギヤヤヤアアアア!」
先程とは違う絶叫が土竜もどきの口から発せられた。鼻面の傷口からは赤黒い血が飛び散る。
もう1度だけ戦斧を鼻面近辺に叩き込んだ2人は土竜もどきから離れようとした。そのとき、ユウは振り回された前足の鋭い爪により右の二の腕を切り裂かれる。しかし、顔をしかめつつも止まらずにその場を離れた。
鼻を潰された土竜もどきは再び激しく身悶える。今度は先程とは違っていつまでも暴れ続けた。
一方、退避したユウはその様子を見ながらどうしたものかと考える。このまま動かなくなるまで待つとしたらかなり時間がかかりそうだからだ。そのとき、隣のトリスタンが声をかけてくる。
「怪我をしているのか」
「さっき逃げるときにちょっと引っかけられたんだ」
「荷物のある所まで戻って治療しようぜ」
「でも、あれがまだ生きているし」
「別にもういいだろう。勝負はついたんだから。仮に逃げられたところで俺たちが勝ったことには変わりないからな」
「まぁ、殺すことは絶対の条件じゃないからね。わかった。一旦戻ろう」
勝つことが目的で殺すことは目的ではないことを思い出したユウはうなずいた。荷物のある部屋まで戻るとトリスタンに治療してもらう。治療のために買った水袋が早速役に立つのは何とも複雑な気分だった。
痛み止めの水薬を飲んで落ち着いた後、2人は再び土竜もどきのいる場所へと戻る。すると、あの魔物はまだのたうち回っていた。
その様子を見ていたトリスタンがつぶやく。
「どうしてさっさと逃げないんだろうな?」
「わからないよ。でも、あの様子だと逃げられないんじゃないかな。目も耳もなかったから、鼻が頼りだったのかもしれないでしょ」
「ああなるほど。そうなるとあいつもう駄目なのか」
「あんな弱点が一番攻撃されやすいところにあるなんて不思議だな。体なんて全然攻撃を受け付けないのに」
「そうだよな。でも、そもそも体はでかくても、戦うのには向いていない魔物なのかもしれないぞ」
実際のところどうなのかユウにはわからなかった。魔物の生態はあまり知られていないのでそのどれもが憶測だ。しかし、何となくトリスタンの言い分は正しいのではと思えた。
それはともかく、このまま待つのか何かするのか判断しないといけない。ユウはしばしの間どうするべきか悩んだ。




