微妙な休暇
遺跡から帰還した翌日はユウとトリスタンの休暇だ。久しぶりの地上だが真冬なので寒い。ただ、毎回10日間も遺跡に入っていると暦の感覚が薄くなってくる。気付けばもう2月の後半になっており、次の探索で地上に戻ってきた頃には3月だ。時間の経過が早く感じられる。
こんな状態なので基地の情勢に2人はあまり詳しくはない。情報収集を怠っているわけではなく、遺跡に入って戻って来る10日間で状況が変化しているからだ。特に最近は地下3層へ続く階段の解放もあってその傾向が強い。
年が明けたばかりの頃は沈滞気味だったルインナルの基地の雰囲気は今だと非常に明るくなっている。安酒場も安宿も表情の明るい冒険者の数がかなり増えた。それは冒険者ギルド派出所と隣接する魔石選別場も同じだ。
商売人や行商人もそのおこぼれに与っていた。破損した武具を交換するのに利用される武具屋、道具を買い揃えるために必要な雑貨屋、負傷したときに使う薬を売っている薬屋などは常に客の姿が店内にある。
ユウたちもそんな客の1人として雑貨屋の店内にいた。松明を買いに来ている。
品物を見比べているユウの隣で手を休めたトリスタンが周囲に目を向けていた。商品を持って店主と話をする冒険者を見ながらつぶやく。
「みんな、結構買っているな」
「遺跡に長く入るとなると、どうしても消耗品はたくさん買わないといけないからね」
「それは前から同じだろう。遺跡の奥に行かないと魔石なんかはもうないんだから」
「確かに言われてみれば。ただ、今までは節約して使っていたけれど、今は稼げるようになったからたくさん買うっていう人もいるんじゃないかな」
節約術としては、ユウたちが使い捨ての松明に油を垂らして更に鐘1回分使う方法があった。その他にも冒険者ごとに色々とやっていることがある。まとめ買いをしている者はそういうことをしなくても済むようになったということだ。
雑貨屋での買い物を終えた2人は店を出た。次は松明の油を買うために薬屋へと向かう。
その途中、2人は正面からやって来る人物を見て顔を強ばらせた。明るい未来のクランメンバーであるロビンだ。いつかはこういうときがやってくることは覚悟をしていた2人だが、実際にそのときになると緊張は隠せない。
相手のロビンもユウたちに気付いたらしく目を見開いた。そうして睨みつけてくる。しかし、それも短時間のことでつまらないものを見たという表情に変化した。
ロビンが一体どのような心情なのかわからなくなった2人は戸惑いながら歩き続ける。相手も歩いているので距離はすぐに縮まった。そうして手の届く範囲までお互いに近づくとロビンがぼそりと声をかけてくる。
「はっ、命拾いしたな。今はテメェごときに構ってるヒマはねーからな」
「え?」
「だが、テメェらには階段は使わせねぇ。リーダーもそう言ってるからな」
声をかけられて立ち止まって振り向いたユウとトリスタンは呆然とロビンを見た。更にその表情を見た相手にあざ笑われる。
「ま、テメェらはせいぜい2層でセコセコと稼いどくんだな」
言うだけ言うとロビンはそのまま立ち去った。もうユウたちには興味がない様子である。
その背中を見送った2人は互いに顔を見合わせた。そのままトリスタンが口を開く。
「地下3層の探索であっちも忙しいのか」
「たぶんそうなんだろうね。クランメンバーにも犠牲が出ているだろうから、もしかしたら人の数に余裕がないのかも」
「ああなるほどな。で、俺たちに階段を使わせないことでロビンは溜飲を下げたのか」
「地下3層って厳しいもんね。やっぱりどこも大変なんだと思う」
色々と思うところの多い相手ではあるが、自分たちを放っておいてくれるのならばユウにもトリスタンにも文句はなかった。このままお互いに関わらず探索できたら良いと2人は強く願う。
そんなユウたちは夕方になると酒場へと入った。今日は懸念事項がひとつ解決したので心が軽い。カウンター席に座ると給仕に料理と酒を注文し、それらを受け取ると夕食を始める。
店内の様子は昨日同様明るかった。多くの人々が希望を話し、実利を手にしている。程度の差はあっても大抵の人々がそんな様子だ。なので、誰もが陽気に話しかけてくる。
2人がカウンター席で食事をしながら話している酔っぱらいが話しかけてきた。かつての人物とは別の中年冒険者である。
「よう、あんたら、景気はどうだい」
「悪くないぜ。見たところ、あんたも良さそうだな」
「へへ、やっぱわかるか。地下3層に行って一稼ぎしてきたのさ。あそこはきついが、ガッツリ稼げるのがいいよな!」
トリスタンが話を受けると中年冒険者は笑顔で反応した。どうやら調子が良いことを話したいらしい。その後、自分たちがいかに地下3層で奮闘したかをしゃべってくる。適当に相づちや合いの手を入れてやると更に調子付いた。
話に一区切りがつくと中年冒険者はそれまでとは打って変わってしみじみと語る。
「それにしても、地下3層に行けねぇヤツは大変だよなぁ。2層じゃもう余程遠くへ行かないとなーんにも取れないんだからよ。しかも3層と違って大したものもねぇし。これからはますます苦しくなるだろうなぁ」
「地下3層に行かないのはどうしてなんだろうな?」
「さぁなぁ。装備に不安があるのか、それとも単に実力不足なのか、理由は色々とあらぁな。ま、無茶をしても死んじまったら何にもなんねぇし。そのまま2層で頑張るのが一番かもなぁ」
「地下3層だと被害が結構出ると聞いたが、実際どんなものなんだ?」
「怪我人が出るのは当たり前って感じだな。オレんところも仲間が怪我したし。ああでも、そんな大したもんじゃねぇぞ。本人もまだやれるって言ってるしな」
「でも、パーティメンバーが欠けたところは大変だろうな」
「オレの知り合いのところでもそういうのがあったな。4人が3人になっちまってよ、思い切って進めねぇって言ってたな」
「新しいメンバーを迎えるとか、欠けたパーティ同士で手を組むということはしていないのか?」
「メンバーの補充なんてそう簡単にできねぇよ。みんな色々と探してるけどな。あと、欠けたパーティ同士ってのはたまに見かけるな。合同パーティってやつだったか? あれ形式でやるんだと」
酔っ払いの話によると、地下3層は相応に稼げるが死傷者も少なくない場所というのが一般的な冒険者の見解ということだった。そして、地下2層での活動は今後厳しくなっていくという。魔物がいるのに稼げない階層になりつつあるということだった。
そこでひとつ気になったことをユウが尋ねる。
「おじさん、明るい未来のクランメンバーにも被害は出ているのかな?」
「階段を開放する前は結構出ていたみたいだぜ? 何しろ連中の仲間がここまで担がれて戻って来てたからな。あれが階段を開放した理由のひとつだってことはみんな知ってるさ」
「やっぱりそうなんだ」
「ま、それでオレたちにも稼ぎが回ってきたんだから結構なことさ。大きな声じゃ言えないけどな!」
気持ち良さげにしゃべった中年冒険者は話しに区切りがつくとまた別の所へと向かった。今度はテーブル席の4人組に話しかけたようである。
「ユウ、どうやら俺たちはぎりぎり稼げる場所に滑り込めた感じのようだな」
「みたいだね。でもこうなると、地下1層で追い剥ぎをする人が増えるんじゃないかな。地下2層で活動できなくなった人たちが上がって」
「嫌な話だな。せっかく調子が出てきたっていうのに」
渋い表情をしたトリスタンが面白くなさそうに感想を漏らした。普通のパーティの半分しかメンバーがいないので襲われると厄介だ。帰路で逃げ回るのもしたくはない。
夕食が終わると2人は安宿に足を向けた。大部屋の壁には蝋燭の明かりがぼんやりと揺らめいている。
いつものように後は眠るだけであったが、ユウはふと大部屋の奥の一角へと目を向けた。そこからうめき声が聞こえてきたからだ。
気になったユウは近くの寝台に座っている男に声をかける。
「あれってどうしたんですか?」
「地下3層で魔物にやられたんだと。まぁ最近じゃ珍しくねぇことだな」
「片腕、なくなっちゃっていますよね」
「ああ。冒険者としてはもう終わりだな。かわいそうに」
言い終わった男は首を横に振った。当人も冒険者らしく、寝込んでうめく男を少しつらそうな表情で見ている。
話を聞き終えたユウはトリスタンと一緒にうめく男から離れた場所の寝台を選んだ。その周辺の寝台はもうほとんど埋まっている。
荷物を下ろしたユウは寝台に座った。これからこういう日が珍しくなくなるのかと思うと表情が渋くなる。うめく男に背を向けて横になるとそのまま目を閉じた。




