再び活性化するルインナルの基地
10日間の探索を終えたユウとトリスタンはルインナルの基地に帰還する。今回は地上に出たとき、今までとは違って空が朱かったのが2人には印象的だった。遺跡の探索を何度かしていて初めてのことである。
基地内に入った2人はいつものように魔石選別場へと向かった。しかし、その足取りには微妙な迷いがある。属性付き中魔石と大魔石を売却することへのためらいだ。これで注目されるとこれからの探索がやりづらくなる。
ところが、魔石選別場に着くといつもと様子が違うことに2人は戸惑った。今までなら魔石選別場で魔石を売却する冒険者の数は少なく静かな場所だったが、今は換金する冒険者が何人もいて賑やかになっているのだ。
盛況になっている魔石選別場の様子を遠巻きに見ていたユウはトリスタンを伴って冒険者ギルド派出所に入った。ここも建物内の雰囲気が明るくなっているのにすぐ気付く。受付カウンターの前にできている列に並ぶと周囲を眺めた。どうやら本当に景気が良いらしい。この10日間で何かあったようだ。
自分の番が回ってくるとユウは受付係に声をかける。
「こんにちは。この10日間遺跡に入っていてさっき魔石選別場の様子を見てきたんですけれど、前と違って随分とたくさんの冒険者が魔石を換金していますよね。何かあったんですか?」
「10日か。それなら知らないのも無理はないな。実は、あの遺跡探索クラン明るい未来が地下3層に通じる階段を他の冒険者に開放したんだ」
「ええ!?」
「あれだけよそ者には厳しかった連中がいきなり方針転換して驚くのも無理はない。実際、オレたちも驚いてるからな。しかし、事実だ。魔石選別場の様子を見たんなら、今の話も信じられるだろう?」
「でも、どうして階段を解放したんでしょうね?」
「クラン側の言い分では遺跡は充分広いからよそ者を含めて探索しても問題ないと判断したそうだ。実際のところは知らないが、こっちとしては一般開放してくれる分には気にしない」
普段は冒険者を雑に扱う受付係が珍しく丁寧に説明してくれることからも、ユウはこの件が冒険者ギルドにかなり好意的に受け入れられていることを知った。これで冒険者全体が潤うのだから当然だろう。
他にもいくらか話を聞いたユウは再び魔石選別場に向かった。歩いている途中でトリスタンが話しかけてくる。
「意外すぎて感想が出てこないな」
「何か裏があるんだろうけれど、それを差し引いても思い切ったことをするよね」
「まぁ、今の俺たちには関係ないけれどな」
「でもこの様子だと、僕たちが大きな魔石を換金しても目立たないんじゃないかな」
それは半ば希望的観測であったが、ユウはあまり外れていない憶測だとも思っていた。少なくとも考えているほどは目立たないと確信する。
魔石選別場に到着した2人は買取カウンターの列に並んだ。カウンターでのやり取りに耳を傾けていると極端な大金を手に入れている人はほとんどいない。しかし、金貨を手に入れている冒険者は珍しくないようだった。
自分の番がやって来ると、2人は麻袋に入れていた魔石を買取カウンターの上に取り出して数え始める。数が多いのでカウンター奥の業者がもう1人応援でやって来た。そんな業者が属性付き中魔石や大魔石を見たときに顔色を変える。
「すごいな! こんなもんまで見つけたのか。大金持ちだな。しかも結構あるぞ」
「全部でいくらになりますか?」
「銀貨で119枚だな。銀貨だぜ? 金貨でほぼ12枚じゃないか。いいよなぁ」
「金貨と銀貨でもらえますか」
「はは、銅貨だと麻袋に入れなきゃ持てないもんな」
羨ましそうに感想を漏らす業者にユウはわずかに言葉を引きつらせた。ちらりと周囲を見るとやはり目を向けている冒険者は多い。当然羨望の眼差しが多いわけだが、感覚的に嫉妬の感情はほとんどないように見えた。
確認のためにユウは魔石を箱に入れている業者に話しかける。
「10日程前までとは違って、今はここの景気も良さそうですね」
「ああ、これも明るい未来が地下3層への階段を解放してくれたおかげさ。色々と問題のある連中だが、やるときはやる連中だったってわけだ。正直、見直したよ」
「ということは、みんな地下3層に行っているからですね」
「お前みたいに大金を掴んだ連中は例外なくそうだよ。ここ数日じゃ金貨1枚以上稼ぐヤツなんて珍しくなくなっちまった。まるで去年の夏頃みたいさ」
「僕みたいに稼いでいる人は珍しくないわけですか」
「いやさすがに大魔石を持ち込んだり属性付き中魔石をこんなにたくさん持ってくるヤツは珍しいぞ。でも、これからはお前らみたいなのも出てくるんだろうな。いいことさ」
肩をすくめた業者の話を聞いたユウは曖昧にうなずいた。大金には違いないし珍しいことも確かだが、他の冒険者にとって手の届く範囲になってきたということらしい。これなら、良い場所を見つけたと思われても襲われる可能性はあまり高くならないだろう。自分で似たような場所を見つければ同じように大金を手にできるからだ。
魔石を換金し終えた2人は魔石選別場を離れた。そこでトリスタンがユウに話しかける。
「思っていたよりも目立たなくて良かったな」
「まったくだね。これなら安心して魔石を換金できるよ」
「まさか明るい未来に助けられるとはなぁ」
「何が幸いするかわからないよね。後はロビンが諦めてくれたら言うことはないんだけれども」
「今どうしているんだろうな、あいつ」
次第に日没が近づいて来る中、ユウとトリスタンは酒場へと向かった。中に入るといつもより活気がある。地下3層へ続く階段が解放された影響は確実に冒険者全体に広がっているようだ。
カウンター席に向かっていた2人は途中で誰かに呼び止められた。振り向いてみるとテーブル席にキャレとその仲間3人がテーブル席に座っているのが目に入る。
「ユウ、久しぶりだな! 一緒に飲まないか?」
「いいよ。随分と景気が良さそうじゃない」
「わかるか?」
給仕に料理と酒を注文した2人はキャレたちが占めるテーブル席に座った。すぐに会話が始まる。
「表情からして前とは違うからね。大金を手に入れたって顔に書いてあるよ」
「そいつは緩みすぎだな。少しは自重しないと」
「その様子だと、地下3層に行ったんだ」
「例の明るい未来が解放してくれた階段を使ったんだ。思った通りきつい場所だが、その分儲けも多い。何しろまだほとんど手つかずの場所だからな。けど、やりがいがある」
「でも、よくあのクランがよそ者に階段を開放したよね」
「俺も最初はそう思った。だから理由を聞いてみたんだが、広すぎてとても自分たちだけじゃ探索しきれないとクランリーダーが判断したらしいんだ」
「酒場で乱闘していたときには、遺跡は俺たちのものだって叫んでいた人たちがねぇ」
「実際に探索して考え方が変わったのかもしれないな。クランメンバーの態度にはまだ思うところはあるが、あれだけの実利を示されちゃ黙るしかないね」
ユウたちが注文した料理と酒が届けられたところで話が一旦中断した。ユウが木製のジョッキに手をつけたところで再開する。
「でも、それは表向きの理由だというのはさすがに俺でもわかる。でないと、連中に利益がないからな」
「階段を解放してあのクランにどんな利益があるの?」
「さっきも言ったが、地下3層は魔物の襲撃がかなりきついんだ。実際、3層に行ったパーティで怪我をした連中は多いし、もう戻って来ていないパーティの話も出てきてる。恐らく連中も3層で活動を始めて思ったよりも犠牲が多くて驚いたんじゃないかな」
「ああ、つまり、よそ者を先に入れて露払いさせようっていうわけなんだ」
「他にも、魔物の襲撃対象を増やすことで自分たちの負担を減らす目的もあると思う」
「うーん、やっぱり色々と考えているんだなぁ」
「そうだな。それに、地下2層に戻って来たときに情報の提供を要求されるんだ」
「どういうこと?」
「地下3層で活動したパーティが描いた地図の複写と、どこで何をしてどんなことに遭ったのかということをあいつらに話さないといけないんだよ」
「でもそれって探索をしている人にとってかなり重要なものじゃない」
「そうなんだが、地下3層に行ける階段を抑えているのは連中だし、何より魔石や発掘品は要求しないと言っているからな。だったらそのくらいはって、みんな納得してるんだ」
うまいことしているなとユウなどは思った。遺跡に入る目的である稼ぎには手をつけず、遺跡内部の状態や状況を知るための情報に的を絞ったわけだ。これなら妥協する冒険者やパーティは多いのもうなずける。
この後もユウたちはテーブルを囲んで色々と遺跡関連の話を続けた。




