遺跡の地下3層へ
発掘品の売却について目処をつけたユウとトリスタンは遺跡の地下3層に向かって出発した。いつものように背嚢を満載にして奥へと歩く。
今回は地下2層にある石製の門まで最短で進むため、地下1層を4日半歩くことになった。そして、石製の門の最寄りの階段から地下3層まで一気に抜けるのだ。
これでは探索に費やせる時間が1日となってしまうが、初回の今回は自分たちが1日も地下3層にいられるか2人とも怪しんでいる。地下2層よりも厳しい戦いを強いられる可能性が高いことから、早々に退却することも視野に入れているのだ。
石製の門までたどり着くとユウは魔塩を舐めて門を開ける。中途半端に開いた門の奥に進むと再び魔塩を舐めてすぐに門を閉めた。これで他の冒険者たちは入ることができない。
階下に下りた2人は改めて明かりで周囲を照らした。今までと同じ石造りの通路が続いている。前回にやって来たときにはほとんど意識していなかったが、何となく空気が重苦しかった。緊張によるものかそれとも本当に空気が重いのかはわからない。また、松明の炎はいつも通り燃えており、更にはわずかに揺れる。どうやら空気は流れているようだ。
階段のある場所から通路は左右に伸びていた。どちらも奥は暗くて何も見えない。
1度通路の左右を見たトリスタンがユウに声をかける。
「どっちに行く?」
「左の方にしよう。地下2層で通ったことのある通路が上に通っているから」
理由になっていないような理由を告げたユウが先頭を歩き始めた。直接通路が繋がっているわけでもないので具体的には何もないが、自分の知っているものが近くにあると何となく安心できる。地下3層には指針にできるようなものはまだ何もないので、ユウは安心を欲したのだ。
初めての場所でしかも暗くてよく見えない通路を2人は慎重に進んで行く。ここはまだ探索が始まったばかりの階層なので、ルインナルの基地で色々と聞いた知識がどこまで通用するのかわからない。それだけにどちらも緊張感が増す。
姿を周囲の風景に同化できる魔物、陰から毒を吐く魔物、そして巨体を俊敏に動かしてくる魔物などを想像しながら2人は周囲に目を向けた。
何もないことは良いことだが、それだけにひたすら緊張する時間がひたすら続く。体力よりも精神力が少しずつ削られていった。
視界に扉が崩れた部屋が見えてくる。いくつも並んでいる理由はわからないが何かあるかもしれないと2人は期待した。
先頭を進むユウが最も手前の部屋の入口で立ち止まる。そうして松明の先端を入口の奥へとかざした。すると、何か粘性の高いものがべちゃりとその先端に落ちてくる。
「え?」
反射的に松明を引っ込めたユウはその先端に付いた物を見つめた。何やら痰のようなもので異臭がする。炎が消えかかっているので慌てて壁に擦り付けてできるだけ剥ぎ取った。
何かが付着する前よりも炎の勢いが弱くなった先端を見ながらユウが独りごちる。
「これってもしかして、毒守宮の毒?」
「今どこからそれが吐かれたかわかるか?」
「この入口の真上から落ちてきたから、たぶん入口の真上にいるんじゃないかな」
「うわぁ、そうなるとここには入れないな」
「板みたいなのがあったら、頭に乗せたまま中には入れると思うけれど」
「この部屋に何かありそうだったか?」
「見える範囲には何もなさそうだったよ」
「それなら後回しにしようぜ。他にも部屋はあるんだからな」
部屋の入口の真上にいる魔物を倒す手間を考えたユウはすぐにうなずいた。魔物がいない部屋の方が多いはずなので、まずはそちらから探索するべきだと考える。
以後、2人はしばらく並ぶ部屋を順番に探索していった。毎回松明の先端をまず室内にかざして攻撃されるかを確認し、なければ顔だけ入れて室内を見回す。入口の真上を一番最初に見るのは当然だ。それから室内に入って四方の壁を奥まで見て回り、同時に天井も異常がないか確認していく。地下3層最初の部屋での出来事が強烈だったのでいつも以上に慎重だ。
これでは時間ばかりかかってなかなか先に進めないが、当人たちはそれでも構わないと思って丹念に各部屋を回っている。何しろ初めての階層、しかも事前情報がない場所なのだ。今回は稼ぎを無視してでも気を抜かずに探索して回った。
その途中でユウは懐かしいものの残骸を見つける。石人形だ。かつて遺跡で動く実物を見たことがあるが、ここのものは崩れてただの石に戻ってしまっていた。これもかつては動いていたことを思うと何となくもの悲しくなる。
更にいくつもの部屋を回ると今度は驚くべきものがあった。小さな部屋にいくつかの石の箱が置いてあったのだが、その石の蓋を苦労してずらすと魔石が詰まっていたのだ。しかも石の箱ひとつにつき魔石が数百個も入っている。
「嘘、こんなにぎっしりと入っているなんて」
「夢みたいだよな。これ、相当な金額になるぞ。しかもこれ、でかい!」
「もしかして大魔石?」
「ははっ、すげぇ! 俺たちも金持ちになれるんじゃないか!?」
小さな部屋にはまだいくつかの石の箱が手つかずで残っていた。これにすべて魔石が詰まっているのならば相当な換金額になるのは確実だ。2人で開けてみると、どれも魔石が入っていた。
大当たりの小部屋を発見した2人は興奮して魔石を麻袋に入れていく。背負える荷物の量から持って帰ることのできる数は限られるが、まだ自分たちしかこの辺りにはやって来ることができない。なので安心して後日にまたこの場所を訪れれば良いと思える。
ただ、気になる点があるとすれば、換金するときに疑問を持たれる可能性が高いということだ。大魔石など早々発見できる代物ではない。魔石選別場の業者はもちろん、噂を聞いた者たちもどこで手に入れたのか気になるのは間違いなかった。
では今回持って帰るのを諦めるのかと問われるとそんなことはできるはずもない。稼ぐために遺跡には行っているのだから持って帰らないという選択肢はなかった。そうなると、せめて数量だけでも怪しまれないようにと調整する。
実に贅沢な悩みで2人は悶えた。これがしばらく続くことを考えると笑いが止まらない。
これなら大丈夫だろうという推測の元、ユウたちは持って帰る魔石を麻袋に入れて背嚢に収めた。小部屋に残っている分はまた次回に取りに来ることになる。
「トリスタン、そろそろ行こうか」
「そうだな。次に進もうぜ」
「いや、今日はもう帰ろう。充分稼いだから、探索は次にしようよ。この辺りは焦って探索する必要なんてないんだし」
「なるほど、確かにそうだな。実際、早く換金したいっていうのはあるし」
相棒の同意を得られたユウは荷物を背負うと部屋を出た。周囲は真っ暗だがなんだか輝いて見えるような気がする。
軽い足取りでやって来た通路を戻ろうとした2人だが、背後に何かいるような気配がしたので足を止めた。そして、ゆっくりと振り返る。
「ユウ、何かいるような気がしないか?」
「トリスタンも? 人じゃないよね。明かりが見えないし」
「ああくそ、せっかく幸運を噛みしめていたっていうのに」
見えないというのは恐ろしかった。何かいるはずなのにそれが見えないというのは際限なく緊張感を強める。
生唾を飲み込んだトリスタンが一歩退いた。すると、何かが飛び出してくる。
「ぅおぅ!?」
トリスタンが横に転がった直後、何かが飛び出してきた。全身堅そうな鱗に覆われ、頭部には目がなく頭の半分が鋭い牙で覆われた口が大きく開いている。盲目鰐だ。
転がったトリスタンは跳ね起きたが、まだ安心はできなかった。暗闇から2匹目の盲目鰐が噛みつこうと飛び込んできたからだ。
それを合図に、体の大きさが異なる盲目鰐が更に2匹もユウに突っ込んで来た。まるで自分が先に飲み込もうと競い合っているかのようである。
悲鳴すら上げられなかったユウは相棒と同じく横に転げて突撃を回避した。跳ね起きるとすぐさま踵を返す。
「トリスタン、逃げるよ!」
「おぅわかった!」
1度は倒した魔物とはいえ、さすがに4匹をまとめてというわけにはいかなかった。何しろ大きい個体だと8レテムにも達するのである。しかも複数に通路一杯に並んで突撃されると後ろに回り込むこともできない。無理に回り込もうとすると喰われるのがオチだ。
幸い、俊敏な魔物ではあるが長距離を早く歩くことはできないので逃げ切ることは難しくなかった。なので、しばらく走ると振り切れる。
何とか逃げ切ったユウとトリスタンは荒い呼吸を繰り返した。あの辺りはしばらく近づけない。つまり、残してきた魔石は当面手に入らないわけだ。
目の前にあった大金を失ったことで2人ともがっくりと肩を落とした。




