安心できる休暇
遺跡から戻って来たユウとトリスタンはルインナルの基地に帰還した。門番に時間を尋ねると六の刻を過ぎた頃ということだ。つまり、酒場と宿くらいしか開いていない。
魔石の換金は明日に回すことにした2人は酒場へと向かった。かつて店内で喧嘩をした店である。精神的にこっそりと中に入ったユウたちはカウンター席の隅に座った。それから通りかかった給仕に料理と酒を注文する。給仕からも周囲からも何も言われない。どちらも体の緊張を解いた。
届けられた料理と酒を食べ始めた2人は暖かい食事に頬を緩める。遺跡から帰ってきた直後は何よりのごちそうだ。しばらく黙々と食べる。
ある程度空腹を満たしたところで2人の手の動きが鈍くなった。今度は木製のジョッキを片手に口を動かす。
「ようやく落ち着けたな。魔石を換金できなかったのは残念だが、今回は期待できそうで嬉しいぜ」
「僕たちでも稼げそうな場所を見つけられたのは良かったよね。あれでしばらくは生活費の心配がなくなるから」
「そうだよなぁ。でも、魔石ばっかりっていうのは少し寂しいよな。たまには魔法の道具なんかも発見してみたいもんだぜ」
「確かにね。でも、大昔の道具がそもそも使える状態に残っているかはあんまり期待できないんじゃない? 遺跡の中があんな状態だし、普通は道具も全部駄目になっているのが普通だと思う」
「お前もっと夢を見ろよ。大陸を巡っている奴が、なんでそこは妙に現実的なんだ」
「いやそんなことを言われても」
自分の発言に呆れられたユウが困惑した。言われてみるとその通りだが性格なので何ともできない。
話が自分に不利になってきたユウは話題を変える。
「それにしても、今日と明日は安心して休めるね。明るい未来が遺跡の中にいるって知っているから」
「特にロビンがな。あそこで見かけたときは正直焦ったが、こうやってのんびりと休めるとなると悪くないな」
「やっぱり休みの日は気兼ねなく休めないとね」
相棒の言葉にユウはうなずくと木製のジョッキを傾けた。心の底から安心できることを実感する。
そうやって2人で帰還直後の夕食を楽しんでいると、1人の酔っぱらいが声をかけてきた。どちらも知らない冒険者である。
「いよぅ、にーちゃん! あんた、この前店の入口辺りであのロビンの野郎をぶっとばしたヤツだろぅ?」
「え? あ、はい、そうですが」
「やっぱりそうか! いやぁ、あんときゃスカッとしたぜ! いつもムダに威張り散らしてすぐキレては殴ってくるヤツだったからな」
「それを聞いていると本当に無茶苦茶な人物ですね、ロビンって」
「そぅだとも! あんなヤツはさっさとくたばっちまえばいいんだ! どうせクランの後ろ盾がなきゃ大したことなんてできねぇよ! そうだろ、みんな!」
しゃべっているうちに興奮してきたらしい酔っ払いは振り向いて店内の客に声を上げた。すると、あちこちで賛同する声が聞こえてくる。たまにユウへと礼を告げる声もあった。
突然店内の注目を浴びることになったユウは目を白黒させる。こういう絡まれ方は初めてなのでどうにも慣れない。隣に顔を向けるとトリスタンがにやにやと笑って木製のジョッキを軽く持ち上げて返してきたのを目にする。こちらも楽しんでいるようだ。
そこからは店内の多数の冒険者と一緒に騒ぐことになる。常日頃からあの遺跡探索クランから圧迫されていたソルターの町以外出身の冒険者たちが気勢を上げた。
とはいってもそれほど長くは続かない。徐々に冒険者たちはそれぞれ自分たちの囲むテーブルへと顔を戻していった。
ある程度落ち着いてくると最初にユウへと声をかけてきた酔っ払いが再び話しかけてくる。
「おう、ありがとな、にーちゃん! 今日の酒が一段と旨くなったぜ!」
「それは良かった。今はあのクランも遺跡の中だから、今のうちに羽を伸ばしておくと良いんじゃないかな」
「にーちゃん、あいつらが今どこにいるのか知ってんのか?」
「僕たちはさっき遺跡から出てきたばかりなんだけど、2日ほど前にあのクランが遺跡の奥へ向かうのを見かけたんだ。クランリーダーのパトリックとあのロビンの姿も見たから、クラン総出なんじゃないかな」
「へー、そうなのか。そりゃいいや! 好き放題、言いたい放題だぜ、ははは!」
余程嬉しいらしいのか酔っ払いは楽しそうに笑った。落ち着くと手に持った木製のジョッキを傾ける。そして、上機嫌なままふらふらと別の場所へと移って行った。
ようやく解放されたと一安心していたユウはカウンターに向き直る。更に残っている肉を摘まむと口に入れた。すっかり冷めているが旨い。
隣をちらりと見るとトリスタンが更に奥に座る客と話をしている。冒険者ではなく商売人か行商人の風体だ。その様子をぼんやりと見ていると、話終わったトリスタンが顔を向けてくる。
「お、ようやく落ち着いたな、人気者」
「嫌味に聞こえるよ」
「まぁそう言うなって。今隣のおっちゃんから興味深い話を聞いたんだ」
「どんな話?」
「2日前に見かけた明るい未来なんだが、どうも遺跡の地下3層にそろそろ到達しそうだって話を聞いたんだよ」
「え? それって本当?」
「ああ、付き合いのある行商人がクランの下っ端が自慢げに話すのを聞いたそうなんだ」
「それってしゃべったらまずいやつなんじゃないのかなぁ」
「俺たちには都合がいいけれどな。それで、今度こそ地下3層に行くんだって息巻いていたらしい。4日程前の話だそうだ」
食べるのを止めて相棒の話を聞いていたユウは頭の中で計算した。当時、ユウたちにとって遺跡の入口から2日の距離とは通常だと3日の距離になる。下っ端がしゃべった翌日にパトリックたちが遺跡へと入ったのならば辻褄は合った。
しかし、そこまで考えたユウはひとつ疑問が湧いてくる。
「でも、どうやって地下3層に行くの?」
「それがな、瓦礫に埋もれた階段の瓦礫を取り除いて掘り進めているらしいんだ。鉱山の採掘坑みたいに柱で穴を補強までしているらしい」
「随分と本格的だね」
「何度か失敗して階段を変えているそうだから、本気度が違うんだそうだ」
「なるほど、だから僕たちは見逃されたんだ。その話が本当なら、酒場の喧嘩に構っている暇なんてないだろうしね」
「そうだな。宝の山がすぐ近くにあるんだ、多少の面子なんていくらでも我慢するだろう」
自分が見逃された理由を知ったユウは深くうなずいた。大事の前の小事だったというわけだ。
一旦話に区切りがついて会話が途切れた。店内の騒がしさを背景にユウは色々と考える。そして、小さくため息をついた。
それを見たトリスタンがユウに声をかけてくる。
「どうした?」
「いやね、地下3層へ到達したら明るい未来はその階段を独占するだろうから、僕たちはその先に行けないだろうなって思ったんだ」
「なるほど。そうだな、あいつらがよそ者の俺たちに開放してくれるとは思えないよな」
「百歩譲ってよそ者に譲ってくれるとしても、ロビンたちに勝った僕たちはねぇ」
「ああ確かに。そうなると探検隊の方に期待かな」
「あっちもどうだろうね。そもそも冒険者じゃないから」
「自分たちの探索が終わったら案外開放してくれるかもしれないぜ?」
「そうかなぁ。僕は逆に封鎖するように思えるよ」
「封鎖? けど、ロビンたちは地下3層にもうすぐ到達するんだろう? 意味がないように思うが」
「もし封鎖するなら他の人のことなんて関係ないと思うよ。自分たちの成果を他人に渡したくないっていうだけでやる可能性もあるんだし」
「そういうことか」
「結局、自力で地下3層に行くしかないみたいだね、僕たちは」
「しばらくは気にしなくてもいいんじゃないか? 今はまだ地下2層でやれているんだし」
「うん、僕もそう思う。まだ先の話だね」
話しているうちにだんだんと2人の雰囲気はしんみりとしてきた。当面の稼ぎの問題はなくなったが先行きはいまいち明るくない。次に進める可能性はあるものの、その方法は今のところ見当たらなかった。
翌日、2人は精神的に解放された休日を久しぶりに楽しんだ。同時に次の探索の準備も進めておく。
他にも、冒険者ギルド派出所に行って遺跡内で遭遇した追い剥ぎの冒険者について報告した。しかし、見た目だけで冒険者の名前やパーティ名もわからなければ対処しようがないと告げられてしまう。なので報告するだけに終わった。何とも歯がゆい結果ではある。
しかし、悪いことばかりではない。遺跡から持ち帰ってきた魔石を換金したところ、金貨1枚以上になったのだ。これだけあれば次の探索の準備をしてもまだ利益が手元に残る。
財布の中身と常ににらめっこをする必要がなくなったユウとトリスタンは次の稼ぎを求めて再び遺跡へと入った。




