遺跡内で知った意外な顛末
地下2層で一定の成果を上げたユウとトリスタンは探索を切り上げて帰ることにした。既に2日間地下2層で歩き回ったので期限に達したためだ。
略地図から最寄りの階段を探したユウはその経路に従って進む。そして、その階段から地下1層に上がった。その直後、地下1層の略地図を描いた羊皮紙にペンを走らせる。
「ユウ、その略地図からすると、今上がってきた階段は2日前のとは違うんだよな」
「そうだよ。でも、地下2層の略地図と合せると、大体どの辺りなのかは推測できるから上がったんだ。今日も魔物に襲われるかもしれない下で野宿するよりかはましでしょ?」
「確かにな。それじゃ、今から略地図に描いてある場所まで戻るわけか」
「うん。あそこは1度野宿しているからやりやすいしね」
相棒を納得させたユウは自分で描いた略地図を見ながら歩き始めた。これから未知の領域を進むわけだが、ほぼ魔物が出ない上に略地図を描いた場所までそれほど遠くないので不安はない。
予想通りだった未探索の場所を通り抜けたユウとトリスタンは4日目に発見した階段にたどり着く。そのまま通り過ぎて前回利用した小部屋に入った。
翌日、正確には砂時計で鐘4回分計った後に2人は遺跡の入口を目指して歩いた。これから4日間は1日に鐘6回分進む。さすがに地下1層だけあって順調だった。略地図もあるため迷わずに歩けるのも大きい。
最低限の警戒はしつつも2人が地上に帰れることを喜んでいると、移動を始めた初日に他の冒険者パーティと出くわす。輝く星の4人だ。
互いに知り合いだと知ったユウとキャレが喜んで近づく。
「久しぶりだね、キャレ」
「やっぱりそっちも遺跡に入っていたんだな。向こうから来たということは、帰りか?」
「そうだよ。地下2層はやっぱり大変だね。全然油断できないよ」
「まぁな。しかし、あそこで活動できたらちゃんと稼げるだろう? 地下2層ならまだ当分はやっていけるさ」
「途中で地下3層に下りる階段を見つけたんだけれど埋まっていたんだ。3層への階段はどれもあんな感じなの?」
「そうだな。後は大きな門がいくつか見つかっているが、どれも開かないんだ」
「どうして? もしかして壊れているのかな?」
「俺たちじゃわからなかったな。今は気高い意思と明るい未来が必死になって探しているだろうさ」
話に出てきた探検隊と遺跡探索クランの名前を聞いてユウは少し顔をしかめた。特にクランの方は1度衝突しているので色々とやりにくい。
そこまで話をしたキャレが思い出したかのような顔をする。
「そうだ。ユウ、あんたは先日酒場でクランの連中とやり合ったそうだな」
「うっ、知り合いが喧嘩を始めて負けたんだけど、ロビンって奴が勝った後にまだ追撃していたから。あのままだと知り合いが死にかねなかったんだよ」
「俺もそんな感じで話を聞いたよ。大変だったな。その知り合いっていうのは暖かいナイフの連中か?」
「そうだよ。ひどい怪我をしていたから簡単な治療をして、その後知り合いの冒険者に宿まで送ってもらったんだ」
「なるほど、そうだったのか。だったら悪い知らせを教えなきゃいけないな。あいつら、ルインナルの基地を出て行ったよ」
「え? どうして?」
「人づてに聞いた話だと、やってられないと言っていたそうだ」
キャレから話を聞いたユウは罪悪感に襲われた。レンナルトが完全に負けてからではなく、まだ喧嘩をしているときに加勢すればこんなことにはならなかったのにと思う。傷の具合がどうだったのかはもうわからないが、もはや完治することを願うしかできない。
肩を落としたユウだったが、キャレは更に話を続ける。
「他にももうひとつ、あのクラン絡みでユウに教えておかないといけないことがある」
「なに?」
「酒場でやり合ったヤツの中にロビンがいたそうだな。あいつ、ユウのことを探しているらしいぞ」
「うわぁ。本当に?」
「ああ。落とし前をつけるとか言ってるそうだ。帰ったら気を付けるんだぞ」
「悪いのあっちなのになぁ」
「その理屈が通用したら、そもそも喧嘩なんて起きていなかったんじゃないか?」
「ということは、あっちのクランメンバー全員で僕を探しているってことかな」
「それがそうでもないみたいなんだよな。知り合いにも聞いたんだが、ロビン以外は動いていないらしい」
「どうして? あれって向こうは10人以上来ていたんだよ」
どうにも腑に落ちない話にユウは首を傾けた。あれだけ派手にクランメンバーがやられたというのに何もしないというのはありえない。もちろんその方がユウにとっては嬉しいのだが、それでは相手の面子が立たないだろう。なのになぜロビン1人なのか。
怪訝な表情を見せるユウにキャレが笑顔を見せる。
「これについては面白話を聞いてるぞ。あの酒場での乱闘の件、元々はクランと暖かいナイフの喧嘩だっただろう。あれでクラン側は勝ったから、クランとしてはあの話は一応それで終わりになってるらしい」
「えぇ、そんな理屈が通用するの?」
「ちなみに確認するが、ユウがやり合う前の乱闘はロビンたちが勝ったことは酒場にいた連中も認めてるんだよな? 俺が話を聞いた限りではそうだったが」
「それは認めていると思う。だってあの乱闘が終わった直後、店内の雰囲気が最悪だったから」
「だろう。それでクラン側、たぶんパトリックは面子を保てたと判断したようなんだ」
「でもそれでロビンは納得していないんだよね?」
「そうなんだ。他の連中は渋々認めたらしいが、ロビンのヤツは珍しくクランリーダーのパトリックに最後まで噛み続けたらしい。それで、そこまで言うのなら1人でやれとパトリックから言われたそうだ」
「相当恨まれているなぁ、僕」
「最後は派手に蹴飛ばしたそうじゃないか。あれが気に入らなかったんじゃないか?」
面白そうに言ってくるキャレの話を聞きながらユウはあのときのことを思い返した。最後に蹴り飛ばすと鼻血を出しながら床に倒れたのは記憶に新しい。
会話が一旦途切れたところで今度はトリスタンが口を開く。
「でも、どうしてクラン側はそれで幕引きを図りたかったんだ? こう言ったら何だが、中途半端な気がするんだが。最後はユウが残っていた4人をぶっ飛ばしたんだぞ。それだって酒場にいた客は見ていたのに」
「勝った後のユウとやりあったのは、ロビンが勝手にやったことになっているらしい」
「なんだそれは?」
「終わったらさっさと引き上げれば良かったのに、いつまでも店内で挑発していたのが悪いということだそうだ。今までと比べてクランが随分とおとなしくなったと他の連中も驚いてる」
「やっぱり今までのクランだったら、ユウも全員で探していたんだな。だったら尚更わからないな。どうして今回だけこんな終わらせ方をしたんだろう?」
「そこまではわからない。ただ、こんなクラン側の内情が俺たちにも流れてくるっていうのも珍しいからな。たぶんクランの連中が噂話として広めてるんだろう。今回はこの程度で終わらせてやるっていう意味でな」
「ということは、何か大きなことをやろうとしているから、酒場の件は早く終わらせたがっているわけか」
「だと思う。こんな終わらせ方ができるのも、暖かいナイフが基地を出て行ったからだろうな。クラン側としては乱闘で一定の成果を上げたわけだし、最低限の見せしめはできたと考えたんだろう」
黙って話を聞いていたユウは複雑な思いだった。レンナルトを助けられなかったことは心残りだが、同時にそのおかげでクラン全体を敵に回さずに済んだわけだ。ロビン1人がまだ諦めていないということだが、クラン全体を相手にすることを考えれば大したことはない。遺跡内で襲われる可能性もかなり低くなったと考えて良いだろう。
色々と話をしていたキャレは仲間から声をかけられて苦笑いをした。すぐにユウへと顔を向ける。
「遺跡内なのにのんびりと話をしすぎたな。俺たちはこれから探索に行くところなんだ。この辺で終わりにしよう」
「ありがとう。気になっていたことがはっきりとわかって良かったよ。特にクラン全体に狙われずに済んだことを知れたのは本当に良かった」
「役に立てて良かったよ。今度会ったら1杯奢ってくれ。それじゃあな」
笑顔で右手を挙げたキャレが通路の奥へと去って行った。
残されたユウとトリスタンはしばらくその場に立って知り合いを見送る。その後、トリスタンがユウに話しかける。
「良かったな、というべきなんだろうな」
「そうだね。レンナルトたちのことは残念だったけれど、僕に関しては不幸中の幸いだよ」
つぶやくようにしゃべったユウがため息をついた。何とも心中複雑である。それでも、確かに安心している面はあった。
 




