不安な休暇
酒場での乱闘から一夜が明けた。日の出と共に目覚めたユウだが調子は良くなさそうに見える。あれからすぐに安宿に戻ったがなかなか眠れなかったのだ。
避けようと思っていた遺跡探索クラン明るい未来とやりあってしまった。しかも厄介だと助言されたロビンというクランメンバーとだ。可能性どころか、絶対に報復される未来が見えるだけに厄介なことこの上ない。
寝台で干し肉を囓ってからため息をついたユウにトリスタンが声をかける。
「朝から辛気くさいな。昨日のことで気に病んでいるんだろうが」
「向こうが何かしてくるってわかっているんだから、気が重くなるのは当然でしょ」
「何かされるまでは昨日勝ったことを喜んでおけばいいだろう。どうせどんな態度で過ごしていてもされることは変わらないんだから」
「トリスタンはのんきだね。君も巻き込まれるんだよ?」
「覚悟を決めるしかないのならそうするだけだよ。いろんな話を聞いていると、遅かれ早かれこうなったんだろうし」
自分よりも余程腹が据わっている相棒を見てユウは羨ましくなった。そして、大きく白い息を吐き出すと気持ちを切り替える。不安がなくなったわけではないが態度に出すのは止めた。
いくらか明るくなったユウは自分からトリスタンに話しかける。
「ところで、レンナルトたちは随分と手ひどくやられていたよね。あれじゃしばらく遺跡には入れないだろうな」
「そうだな。地下2層で結構厳しいって言っていたから、今活動できなくなるのはなかなかきついんじゃないか」
「あの様子じゃ元々あんまりここで稼げていないか、稼いでも出費がきつくて余裕はないだろうし」
「俺たちも人のことは言えないぞ。今朝起きて買うべき物を思い浮かべたら、昨日の稼ぎがきれいさっぱりなくなるって気付いたからな」
「ああ、気付いたんだ。そうなんだよね。毎回今の2倍か3倍は稼がないと安心できないのはたまらないよ」
「商売人や行商人はいい商売してるぜ」
黒パンを噛みちぎったトリスタンが面白くなさそうにそれを噛んだ。
朝食を食べ終わった2人は安宿を出た。最初に向かったのは冒険者ギルドだ。受付カウンターで昨日のことを報告するが冒険者同士の喧嘩ということで片付けられてしまう。初回に一方的な説明をしてきた職員にも相談するが、やはり対応しにくいと告げられた。それだけあのクランが実績を上げているからである。
あまり期待はしていなかったものの、予想通りの対応にユウとトリスタンは肩を落とした。こうなると自衛するしかないわけだが、圧倒的に人数の多い相手クランにどう自衛すれば良いのかで悩む。
昨日の今日で外を普通に出歩くことは危険だが探索のための準備は進めないといけない。なので、2人は周囲を窺いながら店を回る。
「まるで遺跡の中にいるみたいだよね」
「せっかく基地の中にいるっていうのに、全然落ち着けないのはつらいな」
多人数から狙われている可能性が高いと思うとユウもトリスタンも落ち着かなかった。店に入って品物を吟味しているときは周りから見られる心配がないので安心する。
そんな2人は買い物が終わると酒場へと向かった。昨日とは違う店だ。昼下がりに店内へと入ると人がまばらにいた。食事時の終わったカウンター席の一角に並んで座る。どちらもエールを注文した。
給仕から受け取った木製のジョッキに口をつけたユウはトリスタンに話しかけられる。
「明日からの探索は8日間だったが、最初の3日間は地下1層を進んで、2日間は地下2層を探索するのでいいんだよな」
「最初は僕もそう思っていたけれど、地下2層に下りられる階段があちこちにあるんだから、闇雲に地下2層を探し回る必要はないと思うんだ」
「ということは、次はもっと奥に進むわけか」
「奥に進むほど手つかずの場所が増えるならそうすべきだと思う。だから、今回は地下1層を4日間進んだ辺りの地下2層を2日間探索しようと思う」
「1日鐘6回分進むわけだから、通常の6日分歩いた場所になるのか」
「そうだよ。ここなら前の辺りよりも何か見つけられる可能性が高いと思うんだ」
「もっと稼がないといけないもんな。魔法の道具なんかがあったら一発なんだろうけど」
「夢があって良いよね」
魔法の道具を見たことはあるが発見したことはないユウはトリスタンに同調した。やはり冒険者という仕事をしていることもあって、そういう夢は少なからず見てしまうものなのだ。
2人が楽しげに話をしていると背後から声をかけられた。肩をふるわせた2人が振り向くとキャレが立っている。知り合いだとわかるとあからさまに緊張を解いた。
声をかけたキャレがそんなユウたちの様子を不思議そうに見る。
「どうしたんだ2人とも」
「何でもないよ。ちょっと驚いただけだから。それよりも、キャレはその様子だと、今遺跡から戻ってきたところなの?」
「そうなんだ。それでここにすぐ来たんだが、あんたら2人の後ろ姿を見つけて声をかけたってわけだよ。しかし、こっちの酒場で見かけるのは初めてじゃないか?」
「うん、こっちには初めて来たんだ。たまには別の店に行こうと思ってね」
「ま、そういうときもあるな。それじゃ、また」
離れた場所のテーブル席を占めた仲間に呼ばれたキャレが話を切り上げた。体を反転させると仲間の元へと向かう。
その背中を見送ったユウとトリスタンは顔を見合わせた。そのままトリスタンが口を開く。
「あいつはこっちの店に通っていたのか」
「向こうのお店では見かけなかったもんね」
「だからどうしたってわけじゃないが、昨日の件があるからなんか会いづらいな」
「でも、あの様子だとまだ知らないみたいだね」
「遺跡から帰ってきたばかりだって言っていたからだろう。知られるのも時間の問題だぞ」
「やっぱり避けられるかなぁ」
「どうだろうな。まぁ、そのときになってみないとわからないか」
顔見知り程度の付き合いの冒険者たちが占めるテーブルへと2人は目を向けた。給仕が持ってきた料理と酒を旨そうに口に入れて談笑している。機嫌の良さから今回の探索は成果があったようだ。毎回ああなのかはわからないが羨ましい話ではある。
別の話題に移り、2人がそのまま雑談を続けていると店内に客が増えて来た。出入口から外の様子を窺うとほとんど暗いことに気付く。今の時期だと五の刻辺りだ。遺跡に入っていた冒険者がそろそろ戻って来る頃である。
もうしばらくしたら夕食かなと思いながらユウが相棒と話をしていると、カウンター近くにあるテーブル席を占める客の声が入ってきた。特に重要そうな話ではない。しかし、冒険者のする話とも少し違った。
背を向けてその話を耳にしていたユウはちらりとそちらへ目を向ける。その先には随分と良い武具を身につけた男たちが座っていた。その中でも、くすんだ金髪の獰猛な顔をした戦士風の男が気になる。
あまり見ていては気付かれるのでユウは視線を他にも向けた。すると、装備が良い男たちは周囲からたまに目を向けられていることに気付く。気になっているのは自分だけではないと知った。そこへ隣から話しかけられる。
「ユウ、どうした?」
「ちょっと後ろのテーブル席に座る人たちのことが気になって見ていたんだ」
「俺たちよりも装備がいいな。でも何て言うか、ちょっと冒険者と雰囲気が違うような」
「新しく来た人たちかな」
「さぁな。あんまり見るのも何だし、詮索するのは止めておこうぜ。今の俺たちはちょっと厄介な状態だしな」
途中から小声でしゃべってきたトリスタンの言葉にユウはうなずいた。これ以上厄介事を背負う気にはなれない。
そのとき、背後から再び声をかけられた。今度は声の主を知っているので驚かない。仲間を引き連れたキャレである。
「よう。俺たちはもう帰るから、一言挨拶に来たぞ」
「そうなんだ。さっき遺跡から戻ってきたって言っていたから、これからしばらくは休みかな?」
「そうだぜ。久しぶりの地上だからな。目一杯羽を伸ばすさ」
楽しそうに返答してきたキャレにユウは顔を近づけられた。そして、小声で話しかけられる。
「あんたらの後ろのテーブルにいる連中、誰だか知ってるか?」
「知らないよ。何となく冒険者らしくないようには見えるけれど」
「なかなかのカンだな。その通り、あの探検隊気高い意思の連中だ」
「え、あの人たちが?」
「ああ。あの厳めしい顔の巨体が副隊長のテオドル、ヤバい顔つきのヤツがヴィゴだ。気を付けろよ」
それだけ言うと顔を話したキャレは明るく挨拶をして酒場を出て行った。
先程のテーブル席に再び目を向けようとしたユウは思いとどまる。気付かれるのは良くない。
昨日まで通っていた酒場の方が気楽で良いとユウには思えた。




