遅い乱闘
遺跡の探索から戻って来た日、食事をしていた酒場でユウとトリスタンはクラン明るい未来の乱暴さを目の当たりにした。しかも、その相手が知り合いの冒険者パーティ暖かいナイフだったので気分が悪い。後のことを考えて助けなかったので尚更だ。
勝ったクラン側はその場で気勢を上げた。最後まで立っていた人数は4人と半数以下だったが、それでも勝ったことには違いない。相手側を応援していた酒場の客に見せつけるように勝ち誇っていた。
特にロビンはそのやり方がひどく、最後に戦っていた相手レンナルトの頭を踏みつけて酒場の客を挑発する。
「はっ、どうだ見たか! てめぇらよそモンとは格が違うんだよ! こんなクズどもがオレたちに勝てるワケねぇだろが! 身の程を知れってんだ! これに懲りたら、さっさとここから出て行けってんだ! 遺跡はオレたちのモンなんだよ!」
挑発されている酒場の客の表情はかなり悪かった。睨んでいる者や木製のジョッキを握りしめている者もいる。中には青筋を立てて立ち上がろうとしている者もいるが、仲間に体を掴まれて抑えられている者もいる。
同じようにロビンたちの様子を見ていたユウもいくら何でもやり過ぎだと思った。発言はまだしも、負けた相手の頭を踏みにじるのはまともではない。
ただ、これだけ言われても客が1人も野次を飛ばさないというのはおかしいとユウは思った。腕力勝負の気が荒い冒険者が多いのに誰も何も言い返さないというのは普通はない。
冒険者ギルドの職員から未確認の話として聞いたことをユウは思い出す。遺跡を探索する中で冒険者が死んでしまうことは珍しくないが、その死因は必ずしも遺跡や魔物が原因だとは限らないらしい。というのも、武器による致命傷で死亡し、身ぐるみを剥がされている者がいるとたまに冒険者ギルドへ報告されることがあるからだ。職員の推測では、収入不足で困った者が被害者を襲ったのではと推測している。ただ、不思議なことにその奪われた武具や道具は基地内で売られた形跡がないのだという。もしかしたら商売人か行商人と裏で組んでいるのではという話だった。
しかし、本題はここからだ。このような追い剥ぎが発生する遺跡内だが、単に殺されているだけという冒険者の死体も見つかることがあるらしい。武具や道具は手つかずなのだ。現金だけは抜き取られているらしいのだが、遺跡にはさすがに人を殺すスリはいない。そうなると誰が何のために殺したのかだが、冒険者の間では遺跡探索クラン明るい未来に明確に敵対したパーティだと噂されている。特にクランリーダーのパトリックにいずれも敵対していたらしい。
この酒場にいる客はこの噂を知っているのだろう。そして、実際に殺された知り合いがいたのかもしれない。当時の事情を知っている者ならば尚更動きづらいだろう。証拠がないから冒険者ギルドも手を出せないとなると尚更だ。
当初はユウもじっとしていようと考えていたが状況は変わりつつあった。ロビンによるレンナルトへの追撃が終わらないのだ。さすがにあれは危ない。知り合いがこんな喧嘩であんな死に方をするというのは寝覚めが悪すぎる。
「ユウ、さすがにあれは危ないぞ」
「わかってる。僕が行くから荷物番をお願い」
カウンター席から降り立ったユウが静かに動いた。これなら集団戦の間に参加しておけば良かったかなとという思いが今更脳裏をよぎる。不安そうに見守る相棒の視線を受けながら目立たないように端を歩いた。
しかし、当然ものには限度がある。途中で相手に見つかった。目を剥いたロビンが顔を向けてくる。
「ああ? まだバカがいたのか」
「喧嘩の勝負については何も言わないけれど、いくら何でもやりすぎだよ。終わった後にずっと追撃するなんて」
「テメェ死にてぇようだな」
「ああ、やっぱり全然話が通じないんだね」
言葉のやり取りはできているようだが会話が成立していないことにユウはため息をついた。とりあえず、レンナルトへの追撃が止んだので最低限の目的は果たす。
先程から奇妙なほどに静かな店内でユウはロビンと対峙した。相手は完全にいきり立っているが怖いとは思わない。レンナルトとの対戦を見ていても特殊な攻撃方法はないようだ。貧民街出身であることから我流で戦い方を身に付けたのだと推測する。
噂が正しいのならば遺跡探索クランが殺すのはクランリーダーのパトリックと敵対した者だけだ。ということは、ロビンと戦って勝っても殺されるわけではない。そんな淡い目算が脳裏に浮かぶ。
ユウはつまらない考えを追い払って目の前のロビンに集中しようとした。しかし、そのロビンの言葉を聞いていくらか渋い表情をする。
「おい、オメェら、このイキがったバカを潰すぞ」
ロビンの後方で様子を見守っていたクラン側の3人がその声に反応した。全員が獰猛な笑顔をユウに向ける。
相手の体勢が整う前にユウは動いた。正面に立つロビンに拳を構えて突っ込む。軽く拳を打ち込むと余裕の表情で横に避けられた。しかし、それは予定通りである。
そのまま更に奥へと進んだユウは構えてすらいなかった3人のうち、真ん中の男に体当たりした。更に支えきれずに床へと尻餅をついた男の側頭部を蹴り飛ばす。無防備状態で蹴られた男が床に転がって動かなくなった。
開始早々1人を倒したユウは反転し、向かって左側にいる男に次の狙いを定める。拳を構えた男に対して腹に一発右拳を打ち込み、構えが下がったところへ左拳で相手の顎を殴った。更に床に倒れたところに顔面を蹴るとこちらも動かなくなる。
目を見開いて呆然とする3人目の男へと一気に近づいたユウは条件反射的に構えた相手の顔に殴りかかった。右に旋回しながら身を守ろうとする男の腕を殴って身を固めさせる。そして、がら空きになった相手の腹を蹴って相手を後方へと吹き飛ばした。その際にロビンも巻き込まれる。倒れた相手に近づくと1人目と同じく側頭部を蹴飛ばして昏倒させた。
その間に起き上がったロビンへと顔を向けながらユウは店内のどよめきを耳にする。しかし、それに反応することはない。まだ勝負は終わっていないのだ。
怒りに震えるロビンが立ち上がるのを見たユウが声をかける。
「もうやめない? ねぐらに倒れている人を運ぶ人が必要でしょ」
「るせぇ! ざけんじゃねぇ! ブッ殺してやる!」
遺跡内だと本当に殺しにかかってくるんだろうなとユウはぼんやりと思った。目の前の様子だとこの酒場内でも殺しそうな勢いだが。
対峙したユウとロビンだが、すぐにロビンが動いた。猛然と殴りかかってくる。そして、ひたすら左右の拳を打ち出し続けた。こうやって勢いでひたすら押すのだ。戸惑ったり躊躇ったりして動きを止めるとこの勢いに飲み込まれてしまう。
先程の喧嘩の様子を見ていたユウはロビンの戦い方を理解していた。足を止めなければ飲み込まれないし、飲み込まれなければいずれは相手の息切れを期待できる。そのときはそう遠くない。
肩で息をするようになるほどロビンの拳を打つ速度と打ち出す回数は減っていった。それでも闘争心が衰えないのは大したものだが、一発も当たらないのであればそれも恐れるようなものではない。
充分に勢いが衰えたところでユウは反撃に出た。あまり勢いのないロビンの右拳を避けながら左拳を相手の顎に打ち込む。それで片膝を付いたロビンの顔面を全力で蹴り飛ばした。鼻血を出しながら相手が床に倒れるのを目にする。最後に動かないことを確認した。
それまで静かだった酒場の客が爆発的に湧く。誰もが満面の笑みを浮かべてユウを称えた。
皆から口々に褒めそやされるユウだったがそれどころではない。レンナルトをはじめ、床に倒れた者たちを介抱しないといけないのだ。周囲の酔っ払いに目を向けながら声をかける。
「喜ぶ前にちょっと手を貸してください!」
「そんな連中そのまま転がしときゃいいぜ!」
「僕の知り合いを介抱しないといけないんです!」
「ああ、それはしょーがねーなぁ」
何人かの酔っ払いに手伝ってもらってユウはレンナルトたち4人を少し奥の場所に移動させた。他の客がテーブルを直したりクラン側の面々を店内の片隅に転がしたりする中、手渡してもらった木製のジョッキから薄いエールを垂らして傷を洗ったり手拭いで傷を拭き取ったりする。それから、レンナルトの知り合いという人たちに宿まで運んでもらうことになった。
ようやく一段落着いたユウは席に戻る。トリスタンにねぎらいの言葉をかけてもらったがあまり嬉しくはなかった。これからのことを考えると頭が痛い。
とりあえず荷物を担ぐと相棒と共に酒場を出る。本当に先程は出て行くべきだったのかという迷いがまだあった。




