初めてこの遺跡を探索して
真っ暗な通路に弱々しい松明の明かりが揺らめいている。強い風に煽られると消えてしまいそうだ。そんな明かりが2つ並んで動いている。
いくつか角を曲がると急に通路の空気が冷え込んできた。正面からの冷たい空気が全身を撫で回す。露出した肌の部分が特に冷えた。
はるか先の通路全体が篝火の明かりによって照らされている。壁に沿って上に登れる木製の階段もあった。近づくと遺跡の入口であることがはっきりとする。そこから武装した男たちが4人下りてきた。
遺跡に入って行く冒険者たちとすれ違ったユウとトリスタンは雪に埋もれつつある階段近辺に差しかかる。人が通る場所だけ雑に雪がかき分けられていた。その部分を通って階段を上る。地上も遺跡の中のように暗かった。砂時計でおおよその時間は計っていたが、正確な時間はわからないので今が何時かは知れない。
雪が降り積もって歩きにくい地上を進んでルインナルの基地へと向かう。往来する冒険者たちがかき分けた筋が雪の上に見えるので迷うことはなかった。簡易な門を潜ったときに門番から今が五の刻から六の刻の間であることを教えてもらう。
「やっと帰ってこられたね」
「地下を延々と歩き回るのは久しぶりだったな」
基地の中を歩きながらユウとトリスタンは初めての広大な遺跡探索の感想を口にした。そこから徐々に会話が増えてゆく。
酒場に入ると半分以上の席が埋まっていた。カウンター席に座ると給仕に料理と酒を注文する。このとき、ユウが注文したものはいつもとは違った。物価高に合せて値段を抑えるべく質と量を削ったのだ。
カウンターに並べられた料理と酒をユウは眺める。黒パンが1つだけ載った皿、肉入りスープ、そして薄いエールの入った木製のジョッキだ。黒パンの数は減り、肉の盛り合わせはスープに変わり、そしてエールは薄くなっている。
苦労して遺跡から帰ってきた後の食事で好きな物を好きなだけ食べられないのは悲しいことだ。しかし、物価が高い場所で収入を得られる目処がついていない以上は我慢である。
まるで水袋から水を飲んでいるような感覚に襲われながら木製のジョッキを傾けたユウは料理に手を付けた。さすがに黒パンの味は同じだ。そして、肉入りスープは温かい。
「落ち着くねぇ」
「これで思う存分飲み食いできたら言うことはないんだろうけどな」
「そのためにはあの遺跡で稼げるようにならないと。ただ、冒険者ギルドで聞いた通り、地下1層は何もなかったよね」
「発掘品はもちろん、魔石もなかったな。さすがに魔物とすら1回も遭えないとは思わなかったぞ」
「同じ冒険者パーティと出会った回数の方が多かったなんて予想外だよね。そのうちの1回はキャレのパーティだったし」
2日間に渡って遺跡を巡ったユウとトリスタンは結局歩き続けただけだった。まさかここまで手応えがないとは思っていなかったので戸惑っている。
そして、手応えがないと言えば、遺跡の端がまったく見えないことがユウを少しだけ不安にさせていた。何も見えない中で自分を支えられるものもなく歩き回っているような感じがするのだ。狭すぎるのは残念だが、広すぎるというのも考えものである。
物を口にしたことで空腹感が強くなった2人はしばらく食べることに集中した。皿の中身が大半なくなり、薄いエールの代わりを給仕に注文したところでトリスタンが口を開く。
「これからどうする? 近場は何もないことがわかったから、遠くに行ってみるか?」
「その意見には賛成なんだけれど、地下1層を探し回っても得られる物はほとんどないと思うんだ。あの遺跡がどれだけ広いかはわからないけれど、あんまり遠くに行っても遺跡の全容がどんなものかわかるだけのような気がするんだよね」
「地下1層ではどう頑張っても稼げないってことか」
「うん。地下2層はまだ魔石なら取れるらしいから、そっちに行くべきじゃないかな」
「そうなると、前にキャレが言っていたみたいに、できるだけ遺跡の入口から遠い階段を選んだ方で下りるわけだな。2日、いや3日くらい先まで進むか?」
「3日にしようか。そこから1日で行ける範囲を探索するんだ。これで手応えがないようだと、この遺跡は諦めた方が良いかな」
「1日で滞在費と活動費が銅貨10枚から11枚かかるもんな。切り詰めてこれじゃ、長く無収入ではいられないか」
「何かあったら良いんだけれどね」
「次の探索に期待しようぜ」
最後を明るくまとめたトリスタンが木製のジョッキを傾けた。喉を鳴らして飲みきる。
その後はとりとめもない雑談に終始し、ユウはここには賭場も娼館もないという相棒の愚痴に付き合った。
翌日、ユウとトリスタンは次の遺跡探索に向けての準備を進めた。冒険者ギルドに行って最新の遺跡情報を聞き出し、不足している消耗品を買い足す。
特に使い捨ての松明の消耗が予想の2倍だったので多めに買った。1日を鐘8回で分けたとき、活動時間で4回分、夜の見張り番を交代で担当するなら2回分必要になることがわかったからだ。使い捨ての松明はかさばるのが厄介だが視界を確保するためには仕方ない。
このように2人は1度遺跡に入ったときの教訓も踏まえた上で必要な物を取り揃えていった。朝の間にはやることを終える。
昼からはやることもなくなったので2人は酒場にこもった。今日は朝から雪が降っており、昼から更に強くなったからだ。ただでさえ冷え込んでいるというのにこんな天気では外に出る気にはなれない。
それは他の人々も同じだった。冒険者をはじめ、人足や行商人も酒場のテーブル席やカウンター席を占めている。昼間だというのに夜並に盛況だ。
どうにか開いているカウンター席を見つけた2人は荷物を置いて座ろうとした。すると、ユウの席の隣に座る男が顔を向けてくる。
「もしかして、ユウか?」
「あれ、レンナルト? どうしてここに?」
ロルトの町で別れた冒険者同士がルインナルの基地で再会したことにお互いが驚いた。相手の事情がわからないだけに疑問ばかりが頭の中に浮かび上がってくる。
「オレたちは魔塩の山脈の探索にがっかりしたからこっちに移ってきたんだ。あっちはひどいよな。塩ギルドの言いなりだなんてよ」
「僕も似たような理由かな。魔塩の山脈の遺跡探索には早々に見切りを付けたんだけれど、知り合いの手伝いをしていたからこっちにやって来たのは最近なんだ」
「手伝いって、何をしてたんだ」
「魔塩の採掘だよ」
「当たればでかいらしいな」
「当たればね。レンナルトは見切りを付けたらすぐにこっちに来たの?」
「そうだぜ。地下1層は稼げないから地下2層で今は活動してるんだ」
「ユウ、早く給仕に注文しろよ」
既に席に座っていたトリスタンにユウは袖を引っぱられた。慌てて振り向いて給仕にエールを注文する。まだ席にすら座っていないことにそのとき気付いた。
その間に今度はトリスタンがレンナルトに話しかける。
「レンナルトは今1人なのか?」
「そうなんだ。仲間は宿で寝てる。オレはちょっと1杯引っかけたくてここに来たんだ」
「宿も隙間風が吹いて寒いよな。かろうじて遺跡よりましって感じだし」
「壁際の寝台は間違っても使えねぇな。あれじゃ眠れねぇぞ」
「さっき地下2層で活動しているって言っていたが、どんな感じなんだ」
「魔物自体の強さもそうなんだが、待ち伏せと奇襲がきついな。ずっと気を張り詰めたままでいなきゃいけないんだよ。戦闘が延々続いてる感じだ」
「もしかして、野営のときもか」
「ああそうだ。絶対に通路で横になるなよ。気付く前に近づかれてお終いだ」
「寝るなら小さい部屋で出入口がひとつの所を選ぶようにはしているが」
「それが正解だ。あいつら、天井からでも襲ってくるからたまんねぇんだよな」
渋い顔をしたレンナルトがしゃべるのを止めると木製のジョッキに口を付けた。
給仕から木製のジョッキを受け取ったユウが口を付けてからレンナルトに話しかける。
「ところで、この基地に来てすぐ色々と話を聞いて回ったんだけれど、厄介な人たちがいるらしいね。明るい未来とか」
「あのクランか! まったくムカツクよな。よそ者はおとなしくしてろだなんて言って、こっちの邪魔をしやがって」
「え、遺跡の中でも何かしてくるの?」
「行き先がかち合ったら追い払われたり、魔物をなすり付けてきたりするんだ。しかも、この基地でも嫌味を言ってきたりするしな。特にロビンってヤツには気を付けろよ。まったく、とんでもない連中さ」
知り合いの冒険者からも問題の言動がある者たちだと知らされたユウとトリスタンため息をついた。これはいよいよ気を付けないといけない。
それからの2人はレンナルトから危ない話を色々と聞いた。
 




