可能な限り避けたい者たち
遺跡の地下1層は稼げなくなりつつあり、今現在の探索の中心は地下2層であることが判明した。このため、腕に覚えのない冒険者は稼げなくなりつつあり、遺跡から離れる者も現れている。これについてユウとトリスタンは特に言うことはなかった。
気になるのは、遺跡探索クランの明るい未来と探検隊の気高い意思である。片方はソルターの町で名前を聞けなかったクランを連想し、もう片方は隊長がティパ市の貴族だ。あまり良い感じがしない。
若干難しい顔をしたユウが職員に更に尋ねる。
「その遺跡探索クランと探検隊について詳しく教えてくれますか? 特にリーダーや主要メンバーなんかを。揉め事に巻き込まれると厄介そうなんで」
「慎重だね。でも正しいと思うよ。わかった。知ってることは話そう。こっちにとっても頭の痛い話なんだよ」
小さくため息をついた職員はユウの要望に応えて話し始めた。
遺跡探索クランの明るい未来はソルターの町の貧民街出身であるパトリックという冒険者が代表を務めている。元はソルターの町を拠点にして冬の森を探索していた。しかし、広大な遺跡が発見された後はルインナルの基地に拠点を移して現在に至る。このクランは遺跡を探索するために複数の冒険者パーティを傘下に収めているが、いずれもソルターの町でしかも貧民街出身者で固められていた。よそ者、特にサルート島の外部からやって来る者を敵視しており、遺跡で稼いで自分たちがよそ者よりも優秀であることを証明しようと奮闘している。数が多いこともあってルインナルの基地でも幅を利かせており、他の冒険者からは嫌われている状態だ。ちなみに、パトリック自身も春の大地というパーティを率いている。
この遺跡探索クランの中でも特に厄介なのは鋭い矢だ。リーダーのロビンはクランの勢力を背景にある意味パトリック以上に基地内で威勢を張っている。気に入らないことがあればすぐに喧嘩を仕掛けてくることで有名で、負けたらパーティメンバーやクランの力を借りて復讐する厄介な冒険者だ。
探検隊の気高い意思はシーグルド・アベニウスが隊長を務めている。この人物はティパ市の貴族の三男坊なのだが、広大な遺跡の話を聞きつけて去年この基地にやって来た。実家が懇意にしている商人の支援を受けているだけあって、何であれ金がかかっていることが窺える人員と装備である。本人によると幼い頃から冒険に憧れていたそうで、今回は夢を実現するための絶好の機会と捉えているそうだ。今のところ遺跡の探索に夢中だという。
この探検隊の隊長は貴族だが、実際に隊をまとめているのはテオドルという副隊長だ。シーグルドを支援する商人が推薦した探検家らしい。何度も調査隊および探検隊を率いた熟練の年配の壮年という触れ込みだ。今のところその評価は崩れていない。
そしてもう1人、探検隊で注意すべき人物がいる。それはヴィゴという隊員だ。この人物もシーグルドを支援する商人が推薦したらしいのだが、自分で傭兵兼冒険者と名乗っている以外は素性がよくわからない。ただ、非常に好戦的な人物で戦えれば何でも良いという考えだという。シーグルドとテオドルの命令には忠実だが、逆に言うとそれ以外は聞かないらしい。
説明を聞いたユウとトリスタンは頭を抱えた。探検隊はまだしも、遺跡探索クランは問題しかない。
かなり渋い表情のユウが職員に尋ねてみる。
「昨日ここに来てから今まで平穏に見えましたけれど、実は毎日のように喧嘩や騒乱が起きているなんてことはありませんか?」
「実を言うと秋頃まではよくあったんだ。特にロビンのヤツがしょっちゅう喧嘩をしかけていたからね。さすがにパトリックも止めに入ることはあったけど」
「今は落ち着いているんですか」
「1度派手に負けたことがあったんだ。秋の終わりに探検隊がやって来たんだが、パトリックたちが連中を追い返そうとしたことがあるんだよ。そのとき、ヴィゴっていう隊員にロビンをはじめ10人くらいがやられたんだ」
「うわ、10人も!?」
「さすがに基地内で何十人も暴れられたらこっちもかなわないから止めに入ったけど、あのときは大変だったなぁ」
「それでもう喧嘩はなくなったんですね」
「表面上は。パトリックたちは探検隊を相変わらず敵視してるし、ロビンはいつキレるかわからない状態なんだ。実際、去年の年末に1回キレてるしね」
「また探検隊に突撃したんですか?」
「いや、そのときは全然別の冒険者が相手だったそうだ。なぜか機嫌の悪かったロビンと酒場で肩がぶつかってそのまま喧嘩になったらしい。かわいそうに、手ひどくやられてここを出て行ったよ」
想像以上に危ない話が出てきたことにユウとトリスタンは再び頭を抱えた。遺跡の探索から戻って来ても基地は安心して使えない。
こちらもかなり渋い表情をしているトリスタンが職員に尋ねる。
「その遺跡探索クランを避ける方法っていうのはあるのか?」
「極力目立たないようにするしかないね。探検隊の方はヴィゴがいるからロビンも近づかないけど、他の冒険者には相変わらず横柄だから」
「問題しかないんだから、冒険者ギルドで何とかできないのかよ?」
「やりたいのは山々なんだが、遺跡の探索で成果を上げてるのも確かなんだ。最近は探索も低迷しつつあるし、今あのクランに抜けられるとこっちも困るんだよね」
「ちっくしょう。一番割を食うのはこっちかよ」
「これでも前に比べたらマシになった方なんだ。何とか耐えてほしい」
何ともひどいお願いを職員からされたユウとトリスタンは大きなため息をついた。しかし、ここで目の前の職員に何を言ったところで何も変わらないことは理解している。なので、ここは引き下がった。
派出所の掘っ立て小屋から出た2人の足取りは重い。この後もやることがあるが肝心のやる気が湧いてこなかった。
しばらく黙って歩いていた2人だったが、やがてトリスタンが口を開く。
「ここ、やめておいた方がいいんじゃないか?」
「すぐに帰りたい気持ちはすごくよくわかるよ」
「今ならまだアルビンさんもいるだろうし、何とか帰りの護衛として雇ってもらうよう頼めるぞ」
「魅力的な提案だね。でも、目の前に遺跡があるのに1度も入らないっていうのはなぁ」
「遺跡とは全然関係のないところでやる気を削がれるっていうのがな」
「アルビンさん、僕たちが遺跡に興味を持っていたのを評価してくれていたから、このまま行ってもがっかりされるだけだと思う」
「そうだな。ああそうだった」
ぼんやりと歩いていた2人は何軒かの店の前を通り過ぎた。このルインナルの基地は遺跡の発掘に湧いた去年の後半に建設されたものなので、まだ店の数も種類も少ない。武具屋、雑貨屋、薬屋、古着屋、買取屋、宿屋、酒場、その他という状態だ。
そこでユウはソルターの町で聞いた話を思い出す。発掘品の買い取りで買い叩かれるという話だ。せっかく基地内を歩いているので様子を窺おうとしたが、売り物もないのに中に入るのも気が引けた。代わりに雑貨屋に入る。いくつかの品物を手に取って店主に値段を聞くと料理と同じように値段が大体倍になっていた。
探索に必要な物はソルターの町で買ったので今は店巡りをする必要はない。ならば、基地内で色々と話を聞こうとしてユウは止めた。まだ昨日この基地に到着して丸1日も経っていない。誰が誰だかわからない状態だ。考えなしに他人に声をかけると大変なことになりかねなかった。
何とももどかしい思いをした2人だったが、そのとき遠くをバートが歩いていることに気付く。周りには誰もいないので1人のようだ。
思い切ってユウが声をかける。
「バート!」
「ユウにトリスタンか。もう遺跡には入ったのか?」
「昨日の今日でまだ入れるわけじゃないでしょ」
「なんか暗い感じだな。何かあったのか?」
「冒険者ギルドでこの基地と冒険者の状態を聞いてね」
「あー、うん、あんまりいい話は聞かねぇな」
「それで、ちょっと話を聞いてほしいんだ。何ならエールをごちそうするよ?」
「よっしゃ任せろ!」
急にやる気になったバートに後押しされたユウは近くの酒場に入った。急造された木造の掘っ立て小屋の中はそこそこ人がいる。
テーブル席をひとつ占めたユウたち3人はエールを注文した。そうしてやって来た木製のジョッキを片手にユウとトリスタンの相談が始まる。
結論から言うと、どうにもならなかった。さすがに一介の冒険者ではどうにもならなかったのだ。しかし、これについては2人も承知の上である。色々と吐き出したかったのだ。
言いたいことを言えた2人はすっきりとした表情でバートと別れる。あとは遺跡に入ってどんなものなのか探るだけだった。




