遺跡の近くに作られた集落
冬の森の中を歩き続けた商売人と行商人の集団は6日間かけてルインナルの基地にたどり着いた。移動中に新年を迎えているが気にした者はほとんどいない。それどころではないからだ。
ともかく、空の色の朱が色濃くなる頃に目的地に到着した。基地は簡単な堀と柵で囲われている。その周囲は雪かきがされているのでその防柵の様子も何とか窺えた。
開かれた簡易の門から集団に所属する人々は次々に基地の中へと入ってゆく。中はいくつかの掘っ立て小屋が身を寄せ合うようにして建っていた。さすがに町と比べると規模は小さく静かだ。
珍しそうにユウとトリスタンがその様子を眺めているとアルビンから声をかけられる。
「2人とも、報酬はもらったのか?」
「もらいましたよ。それにしても、やっと着きましたね」
「ここからまた帰らないといけないと思うと気が重いよ。森の中は視界が悪いから困る」
「確かに」
「お前たちはこれからここにしばらく滞在して、遺跡に入るんだったよな」
「そうですよ。しばらく色々と調べてからになりますけれどね」
「何かいい物があったら、ワシに回してくれよ」
「善処します。ところで、アルビンさんはこの基地にしばらく滞在されるんですか?」
「そのつもりだ。ただ、初めて来たから何がどうなってるのかわからない。それを確認しながらになる。何か儲け話が転がってるといいんだがな」
「僕も遺跡で何か大発見をしたいです」
「その意気だ。儲かるならこれからしばらくはこことソルターの町を往復することになる。縁があったらまた会って話をしよう」
報酬を受け取って雑談も終えたユウはアルビンと別れた。トリスタンと一緒に掘っ立て小屋の集まりに向かう。その中から1軒の酒場を見つけた。急造された木造の掘っ立て小屋の店舗に入ると、冒険者、大工職人や人足、その他隊商関係者が食事や酒盛りをしている。バートと他3人の冒険者の姿もあった。
カウンター席に座ったユウとトリスタンは給仕に料理と酒を頼む。
「僕はエールと黒パン2つとスープ、それに肉の盛り合わせをお願いします」
「全部で銅貨7枚と鉄貨60枚だね」
「そんなに?」
「あんた、見ない顔だからここに来たばかりだろう。そういう冒険者はみんな驚くんだ。ここじゃ何でも物の値段は高いからな。気を付けることだね。で、払うの?」
「ええ、はい」
相棒の注文も聞き取った給仕が去るとユウはお互いに顔を見合わせた。先にトリスタンが口を開く。
「ソルターの町で聞いた通り、物価がえらく高いな」
「2倍くらいだっけ。確かにそんな感じだね。東端地方みたいな銅貨単位の生活だと見るべきだろうね。これは明日からの生活も考え直さないと」
「どうするんだ?」
「稼げることがわかるまでは、とりあえず食費を節約しようと思う。とは言っても、酒場での注文を減らすくらいしかできそうにないけれど」
「だよな。これは駄目なら早めに見切りを付けた方がいいかもしれん」
「僕もそう思う。他にも厄介なことがありそうだし、なかなか大変そう」
2人が話をしている間に給仕が料理と酒をカウンターに置いた。口を付けると味は町と大差ない。
ユウたちはとりあえず空腹を満たすことから考えた。
翌朝、ユウとトリスタンはルインナルの基地の冒険者ギルド派出所へと向かった。遺跡についてはもちろん、他にも知りたいことを教えてもらうには都合が良い場所なのだ。
冒険者が出入りする急造の掘っ立て小屋を見つけた2人は自分たちも中に入る。何人もの冒険者が自分たちの用を済ませるべく何かしらの会話や作業をしていた。雰囲気は悪くない。
受付カウンター前に並ぶ他の冒険者の背後に立って自分の番がやって来るのを待つ。受付係の手際が良いのか、すぐに順番は巡ってきた。ユウが目の前の職員に声をかける。
「おはようございます。昨日ここに来た冒険者なんですけれども」
「あーはいはい。そいう人はあっちの職員に話を聞いてくれ。こっちは手続き専門なんだ」
しゃべり始めた途端に言葉をさえぎられたユウは受付係が指差した方を見た。受付カウンターの端に別の職員が座っている。
多少面食らったユウだったが仕事をしてくれるのならばと黙って指示に従った。今度はその職員の前に立って話しかける。
「おはようございます」
「はい、おはよう。こっちに回されたってことは来たばっかりの冒険者だね。それじゃ、まずは冬の森についてから説明しよう」
有無を言わさず話し始めた職員はもう何度も話したであろう説明をを淀みなくユウとトリスタンにしてくれた。冬の森から始まり、広大な遺跡、そしてルインナルの基地についてだ。
確認の意味も込めて聞いたことのある話にも耳を傾けた2人だったが、意外にも自分たちが大体知っていることに驚く。町の噂話や冒険者の説明は思ったよりも正確だったわけだ。
しかし、知らない話も当然ある。例えば、遺跡の入口は基地の近くにあること、その入口には有志による木造の階段が設置されていること、遺跡には常時何組もの冒険者が入っていること、現在は3層目に下りる方法を探索中であること、遺跡内で出てくる魔物の種類などだ。あるいはルインナルの基地についてもあり、冬の森の魔物が割と襲撃してくるので防柵の外は安全ではないこと、この基地の警護をする仕事もあるが負傷した冒険者が中心になって就いていること、基地周辺の雪かきの仕事もあることなども教えてくれる。
「とまぁ大体こんなところかな。今まで質問されることが多かったことも含めて一通りは話したよ」
「僕たちには関係なくしゃべっていましたよね」
「中にはこっちの話を聞こうとしない冒険者もいるからね。とりあえず話す必要があるんだ。誰であってもね」
「質問はしても良いんですか?」
「もういいよ。こっちで答えられる範囲になるけど」
「トリスタンは何かある?」
「それはまぁ色々とは。一番気になっているのが、価値のある発掘品の発見が一段落したって話をソルターの町で聞いたんだが、実際のところはどうなんだ?」
「残念ながら事実だよ。冬に入る前には下火になったんだ。けど、魔石ならまだ取れるみたいだね。これは特定の場所あるいは室内にあるようなんだ。それを探し出せたら一稼ぎも二稼ぎもできるよ」
「その口ぶりだとなかなか探し出せなさそうだな」
「地下1層はね。大体今の遺跡の入口から数日以内はここ数ヵ月で多くの冒険者が探し回ったから仕方ないよ。ただし、それ以上先はまだはっきりとしていない。というのも、広すぎて往復の日数がかかりすぎて割に合わないから、地下1層の全容もまだ判明していないのが実情なんだ」
「ということは、例えば片道20日程度の場所だったら、まだ手つかずってことか」
「その通り。地下1層は魔物もほとんど出てこないと聞くから、食料を持てるだけ持って探索するのも悪くないと思うよ。実際、そういうパーティもいるしね。それ以外の地下1層を探索しているところは、正直苦しいと思う。だからこの基地から引き上げることも検討している冒険者もいるね」
「地下2層は行けるんだろう? どうして行かない奴がいるんだ?」
「魔物が待ち伏せや奇襲を仕掛けてくるから油断してなくても危険なんだ。実際、遺跡で死んだ冒険者の大半は地下2層なんだよ。それだけに、腕に覚えのある冒険者だけが下りてるんだ」
肩をすくめた職員を見ながらトリスタンが黙った。簡単に稼げる場所はもう何もなくて、今は危険な場所が探索の中心になっていることがはっきりとする。
先程聞いた魔物の種類からその危険性を推測したユウは知っていれば何とかなるのではと予想した。もちろんどうにもならないこともある。しかし、かつて別の遺跡で遭遇したことのある魔物も少なくないので、やってやれないことはないと感じていた。
相棒の質問とその回答を聞きながらそんなことを考えていたユウは次いで自分が質問する。
「次は僕の質問ですけれど、地下3層に下りる方法は見つかりそうなんですか?」
「まだだね。地下2層で崩落して降りられない階段や開けられない門なんかはいくつも見つかってるが、突破する方法が見つかったという話は聞かないね。まぁ、今は続報を待っているところかな」
「たくさんの冒険者が探してもまだ見つからないんですか?」
「大半は当面の生活費を稼ぐ方を優先してるよ。それに、地下3層に下りる方法を探しているのは主に明るい未来っていうクランと気高い意思っていう探検隊なんだけど、こっちに情報を回してくれないからよくわからないんだ。しょうがない面はあるんだけどね」
職員の話を聞いたユウとトリスタンは顔を見合わせた。探検隊の方は聞いたことがある。
ユウは若干難しい顔をした。




