遺跡と基地の噂話
休暇2日目、ユウとトリスタンはソルターの町の外にある市場をぶらつく。昨日は行商人の集団の護衛依頼を引き受けた後、昼から2人で賭場へと行ったがユウは微妙に負けてトリスタンは勝った。その結果が現在も表情に少しだけ表れている。
「ユウって戦うときはいい判断したり幸運だったりするのに、博打だとその辺が駄目になるんだな。いっそのこと、魔物と戦っているつもりでやったらどうだ?」
「博打で命なんてかけたくないよ」
「ああなるほど、ユウは自分の命がかからないと実力を発揮できないのか」
「何だか嫌だね、それ。まるで真っ当な仕事ができないみたいじゃない」
「あながち間違いじゃない気がするな」
にやにやしながら相棒に指摘されたユウはふくれっ面になった。これでも1度は町の中に戻ろうと必死に努力した身なのだ。そんな危険と隣り合わせでないと生きられないような言われ方は心外である。
そんなつまらないやり取りをしながら2人は市場を巡っていた。昨日はトリスタンに付き合ったので、今日は逆というわけだ。
市場には様々な屋台や店舗があるが、ユウが目を向けたのはとある串屋の屋台である。
「おじさん、その串肉を1本ください」
「あいよ! 熱いうちに食ってくれ」
「うん、おいしい。そうそう、この町だと今、冒険者の間だと冬の森にある広大な遺跡っていう所が話題なんだってね」
「らしいな。けど、最近じゃこっちではあんまし聞かなくなったけどな」
「どうして?」
「あの遺跡の隣に集落ができたからだよ。こっからだと行くのに何日もかかるから不便だって、あの村みたいなのができてからこっちじゃあんまりその手の話は聞かなくなったね」
「そうなんですか」
「ただ、最近向こうから帰ってきた冒険者に聞いた話だと、大体一通りめぼしいもんは取り尽くしたらしいね」
「え? それじゃ、もう遺跡の探索は下火になっているんですか?」
「どうだろうねぇ? まだいけるって魔石っていうもんを集める連中や、更に奥へと行く連中がいるとは聞いたな」
「まだ探索できる場所はあるんですね」
「にいちゃん興味ある口かい。まぁ冒険者だろうからね。仕方ないか。けどよ、気を付けな、遺跡に出てくる魔物は厄介らしいよ? 犠牲になった冒険者が何人かいるって話だ」
「ありがとうございます」
1本食べきったところで話題に区切りがついたユウは屋台から離れた。
次いで寄ったのは果汁を売っている露店だ。喉が渇いたと言い出したトリスタンが買い求める。
「お姉さん、林檎の果汁はあるかい?」
「あらおねーさんだなんて、嬉しいじゃないか。あるよ、はい」
「ありがとう。んー、さっぱりしていて旨いね」
「うちのは選りすぐったものだけを使ってるからね。当然さ」
「俺たち、近いうちに遺跡の方へと行くんだけれど、あっちでもこれが飲めるかな?」
「あー、難しいんじゃないかしらねぇ。ほら、あっちってば、魔物が出る冬の森の中を通らなきゃいけないじゃないか。あれってかなり大変らしいわよ」
「行くだけで大変ってわけか」
「そうなのよ。そのせいで向こうで買う品物は何でも高いらしいわね。あたしが聞いた話じゃここの倍くらいはするそうだよ」
「倍? そんなにするのか」
「あたしも初めて聞いたときは目玉が飛び出るかって驚いたもんさ。運ぶのは大変で大した数も持って行けないってんじゃ、仕方ないんだろうけどね」
「なかなか厳しそうだなぁ」
「ほんとだよ。ああそうそう! それと他にもあったわ。あっちじゃ物を売り買いするときは気を付けなよ。タチの悪い商売人だか行商人がいるって話さ」
「そんなのがいるのか」
「ほんとイヤよねぇ、人の足下を見るヤツなんてさ。冒険者が遺跡から持って帰ってきた価値のある物を安値で買い叩いて、それをよそで高値で売っちまうそうだよ」
「冒険者がそんなことを知ったら怒るだろう」
「そりゃ怒るさ。秋頃に刃物沙汰になって向こうの冒険者ギルドが仲裁に入ったって話だよ。ただ、大半は冒険者が何も知らないのをいいことに好き勝手してるらしいけどね」
「うわぁ、たまらないな、それは。で、その価値のある物っていうのは発掘品? それとも魔石?」
「どっちだったかしらねぇ。発掘品の方じゃないかしら」
買った果汁を飲みきるまでトリスタンは店主と雑談にふけった。
とりとめもない話の中にはたまに非常に価値のある話がある。しかも、同じ話を複数人から聞いたとなるとその信憑性も高くなるというものだ。
市場の人々が大体共通して話すことのひとつに遺跡の隣にあるルインナルの基地の物価高がある。誰もがソルターの町の2倍は高いと口を揃えて主張するのだ。さすがにしゃべる人の大半がそう告げてくると無視できない。
そのため、ユウとトリスタンは消耗品を多めに買い足しておくことにした。ルインナルの基地に長期滞在するといずれ現地で買い直すことになるが、手探りの段階で赤字が続くときに少しでも出費を抑えたいと考えたからである。
現在、2人はとある雑貨店に来ていた。使い捨ての松明を買うためだ。トリスタンと初めて出会った都市の下水路で学んだことだが、長期間地下に入るときは使い捨ての松明と油の組み合わせが経済的なのである。その分荷物としてかさばるが、その辺りは兼ね合いだ。
対価を支払って買った松明を荷物にくくり付けていると、店主が独りごちるのをユウは耳にする。
「ここ最近は、あんたのようなよそ者が安心して物を買えるようになって良かったわい」
「前は買えなかったんですか?」
「この町の北側に貧民街があるじゃろ、そこ出身の冒険者どもが自分の町は自分で守るなんて言い出して、よそから来た連中に嫌がらせをしてたんじゃよ」
「うわ、何て言うか、厄介ですね」
「まったくじゃ。しかも北側だけならともかく、こっちにまでわざわざしゃしゃり出てきたもんじゃから、夏頃までは本当に面倒なことになっておってのう」
「冒険者ギルドは何もしなかったんですか?」
「注意はしとったそうじゃが、それだけじゃったな」
「それじゃ、今はどうしておとなしくなったんです?」
「別におとなしくなんてなっとらんわい。単に町から出て行きよっただけじゃよ。ほら、どこじゃったかな。冬の森の」
「ルインナルの基地ですか?」
「あーそこじゃよ! 遺跡で稼いで自分たちがよそ者よりも優秀であることを証明するなんてゆーとったな」
「それって、冒険者の名前やパーティ名はわかりますか?」
「冒険者はパトリックじゃ。確かパーティ名は春の大地なんてゆーとったかいのう。で、そいつの下ででかい顔をしとったのがロビンで、鋭い矢っつー集団を率いとったな。確かいくつかの連中が集まってクランなんてのも作ったそうじゃが、そっちは知らん」
雑談が終わるとユウとトリスタンは荷物を背に雑貨屋を出た。その後、薬屋に行って松明の油を買うなどして出発の準備を整えてゆく。
そうして日没後、2人は六の刻頃に酒場へと向かった。店内の席は3分の2ほどが埋まっている。どちらもカウンター席に座って料理と酒を注文した。
給仕女によって注文した品々が目の前に置かれると2人は食事を始める。今日あったことを話ながら必要な情報をまとめていった。
すると、隣で酒を飲んでいた中年の冒険者が2人に話しかけてくる。その男は結構酔っ払っていたが、ソルターの町とルインナルの基地を往復する行商人の護衛を務めていると主張していた。その男が気になる話をトリスタンにしゃべってくる。
「先月の末だったかなぁ。身なりのいい連中と一緒にあっちの基地に行ったんだ。何でも遺跡を探検するんだって言ってたな」
「探検隊か。何て名前の?」
「気高い意思だったけぇな? そんな感じだったぞ。隊長ってのがティパ市の貴族の三男坊だそうだ。家の御用商人の支援を受けてやってきたらしい。名前は、えーっと、シーグルド・アベニウスだったかな」
「貴族が来ているのか」
「そーなんだよ、めんどくせぇ。まぁでも、実際にオレたちが話をするのは副隊長のテオドルってヤツだったけどな。なかなかのやり手だったって雇い主が言ってたっけ」
「商売人がそういうんだからすごいんだろうな」
「たぶんな。けど、あの探検隊、基地の方では面倒事に巻き込まれてるらしい。1回町に戻ってまた向こうにいったときに、地元の冒険者連中と揉めてたみたいなんだよな」
「それで? あ、おい寝るな」
より詳しく聞こうとしたトリスタンだったが、それ以後男は前後不覚に陥り、言語不明瞭になってしまった。
それでも聞き捨てならない話を聞いてユウたちの酔いはいささか酔いが醒める。どうやら純粋に探索に打ち込める状態ではないかもしれない。
不安に思いつつも2人は自分たちの食事を続けた。




